待ち人 到着
大阪に向けて走り去った新幹線を見送って、アリスは改めて周囲を見渡した。この京都駅の新幹線のホームは久しぶりだ。大阪に住んでいると、学生の分際でも何年かに一度くらいは新幹線を利用する機会はある。また通学路として在来線を利用しているので、京都駅はおなじみの駅だ。だが、この新幹線のホームだけは別だ。通過することはあってもここで降りることもここから乗ること滅多にないと言っていい。
八条通りのここからは少し遠いが、三方に広がる山々の緑は途切れながらでも見え、大阪との違いを実感させられる盆地の景色に、何となく安堵する。英都大学に通って3度目の夏。蒸し暑さには閉口するが、それなりにこの地に馴染んできたなと思うのはこんな時だ。
向かいのホームに東京行きの「のぞみ」が到着した。こちら側に次に着く列車は、広島行きの「こだま」だ。多分、あいつは乗ってはいないだろう。
9月になったばかりのウィークディの午後。利用客はビジネスマンや年輩の大人がチラホラいるだけで、少し前の夏休みの喧噪が嘘のようなのどかさだ。アリスは、自動販売機で缶コーヒーを買うと、近くのベンチに座り込んだ。
京都の街に残暑をもたらしている秋の太陽は、容赦なくホームの温度を上げている。ハンカチで額の汗を拭いながら、改めてこんなところで待っている自分がおかしくなった。
その電話が鳴ったのは、昨日の夜のことだ。大抵夜は二階の自室で過ごしているアリスが、階下に下りたのを見計らったかのようなタイミングだった。
「はい、有栖川です」
『―― 火村ですが』
「火村!?」
『アリスか?』
「ああ、そうやけど ――― 久しぶりやな。帰って来たんか?」
『いや、まだ実家だ』
「げ、東京からかいな。どないしたんや?」
『ばあちゃんに連絡を取ったら、お前から何度か電話があったって聞いたからさ。何か用があったのか?』
「あ?ああ、いや…大したことちゃう。そろそろ帰ってへんかなて思うたから」
『なんだ、そうか。じゃあ、邪魔したな ―――』
「ああ、おい、切るなや。大したことはないけどな。映画の招待券をもろたから、一緒に行かへんか誘うつもりやったんや」
『映画?…彼女でも誘えよ』
「う…それが、上映してるんはホラー映画やねん。…9月いっぱい行けるんやけど、付き合うてくれへんか?」
『……』
「すまん、今頼むこととちゃうわな。帰ってきたら連絡してくれや。待ってるからな」
『……』
「火村?どうかしたんか?」
『あ?いや、なんでもない』
「そうか?なんや、元気ないんとちゃうか?」
『…別に、変わりないさ。映画、帰ったら付き合うぜ。但し、昼飯付きならな』
「なんやねん、それ。逆やないか?」
『付き合ってやるんだろ?一人で見るのは嫌いな、誰かさんに』
「…くそ、嫌なやっちゃな、相変わらず」
『……』
「なんや?溜息なんかついて」
『…お前は、相変わらず其処にいるんだな』
「はぁ?」
『…そうなんだよな…』
「―――火村?…聞こえへんで」
『いや、何も言ってないさ』
「―――なあ、火村。早う帰って来いや。実家も大事やろうけど、君があの下宿におらんと、なんや物足りんわ」
『……』
「あはは、勝手なこと言うてるわ、俺。けど、用が済んだらホンマに早う帰って来い。あ、家におるんやから、帰って来いと言うのは変か。ええっと、戻って来いかな?」
『――― 帰るさ。明日、帰る』
「は?明日?…明日、かえ…戻って来るんか?」
『ああ』
「そうか、ホンマに明日、帰って来るんやな!」
『なんだよ、嬉しそうな声だな。…そんなに俺に会いたかったのかよ』
「アホか。まあ、一緒にホラー映画を見て、ビールを飲む相手がおるっちゅうのがええと思うだけや。夏の醍醐味やで」
『へ、ヤロウ同志で色気のない話だな ――― ったく、お前と話してると ―――』
「…なんやねん?」
『いや、世の中、つくづく平和だなと感じるぜ』
「―――なんかムカつく」
『ははは、気にするな。』
「お、笑うたな ――― なあ、火村。明日迎えに行ったろか?」
『ああ?なんだ、それ』
「京都駅の八条口まで行ったるわ。何時頃こっちに着く予定なんや?」
『そんなこと、まだ決めてねえよ。いいよ、迎えなんか』
「まあ、そう言わんと。えー、3時間くらいかかるんやったら午前中には無理やな?」
『おいおい、本気かよ?』
「本気や。潤いのある京都を離れて、大都会の風に当たってきた澄まし顔を見に行ったるわ」
『誰が澄まし顔なんだよ』
「ええからええから。ほれ、何時に着く?」
『……多分、3時過ぎになるだろうぜ。もっと遅いかもしれん』
「分かった。3時からホームで待ってる。感動の再会をしようやないか」
『再会って、大げさなヤツだな。ホントに時間なんてわかんねぇぞ。着いたら連絡するから、家にいろよ』
「ええねん、俺が待ってみとうなった。明日と明後日はバイトは休みやし…そやな、帰れへんようになったら、ばあちゃんにでも連絡しといてくれ。電話で確認するから」
『――― 暇なヤツだな』
「なんか、いい気分やんか。滅多に帰省せん君が、戻ってくるのを出迎える。熱い友情ごっこもたまにはオモシロイで」
『―――』
「せやから、絶対、帰って来いや。ええな、待ってるから」
『―――アリス…』
「お土産、大いに期待して楽しみにしてるからな!」
『…お前によく似た、金太郎飴を買って行ってやるよ』
「はぁ?金太郎飴ぇ?!」
『楽しみにしてろよ』
「なんか。別のモンにせぇ!…って、長うなってしもうた。電話代が大変や。ほな、明日な」
『ああ、明日 ―――』
博多行きの「ひかり」が到着するアナウンスに、アリスは我に返った。
遠方からの電話 ――― 確かにそうなのだが、実際以上に遠く感じた友人の声に、帰ると行った言葉に、耳元にリアルに伝わった溜息に、アリスは何故かたまらなく切なくなってしまったのだ。次第に明るさを取り戻していくような声音に、どうしてもその顔を見たくなった。でなければ、いくら暇でもこんな馬鹿な真似はしやしない。
今日は一緒に下宿に帰って、晩御飯を一緒に食べて、泊まり込んでやろう。荷物のひとつも持ってやる代わりに、当然のことのように火村に奢らせるのだ。
嫌がっても、近いうちに約束のホラー映画を付き合わせよう。昼御飯をご馳走するなら、その夜のビールくらい強請っても構うまい。
実家で何があったか、聞いても答える火村ではあるまいが、学生である以上、ここに、この地に、今の火村の日常がある。戻って来い、待っているから。
博多行き「ひかり」がホームに滑り込んでくる。次々に通りすぎる車両―――そのドアの窓の一つに、同じように目を凝らしている顔を見つけた。2週間ぶりのその仏頂面に、アリスは満面の笑みを浮かべた。
<むうさまよりコメント> 大阪のイベントでのオフ会 ――― チャットでしかお話ししたことのない方々と初めてお会いできることになり、 嬉しさと不安とで殆どパニック状態に陥りました。 この話はその前日に、舞い上がったテンションのままに一気にかき上げたものです。遠方から来られる皆さんを お迎えする関西在住の私の心情を、あのふたりに重ねられないかな、と。 気持ちだけ先走った駄作になりましたが、お会いできてお話ししたら、あさとさんは快く受け取って下さいました。 本当は先月の一周年記念に、もう少しマシなお話を献上したいと思っておりましたのに…申し訳ありません! いつの日にかリベンジできればと、密かに願っています。(さらに墓穴を掘りそうな気も…) |
はう。かねてからの野望の1つ、むうさんからのお話を頂くことに成功いたしました〜〜(>_<)o" ほんの一瞬しか生むうさんとはお話できなかったのですが、その一瞬に、「もらって下さいますか?」と 言っていただいた私の心境を、みなさま想像してやってくださいませ。なんとゆー棚ぼたラッキー! ヨロヨロ歩きながら、内心ふわふわと舞い上がってました。本当に、ありがとうございました! オフ会の前夜、翌日早起きなのにも関わらず、みんなチャットにうろうろしてたのが笑えましたね(^-^;) もー、みんな、遠足前の子供状態……(爆/人のことは言えないが/笑) え、リベンジ?(きらーん(゚-゚)☆ミ) |
H12.8.31