手
カチリ。
小さなライターの音が聞こえ、アリスは枕に埋めていた顔をやっとの思いで動かした。
―――どうりで、肩が涼しいと思った。
うつぶせた身体。その肩までかけられたはずの上掛けは、隣りで呼吸を整えていたはずの男が上半身を起こしたことにより、ほんの少しだけ、ずらされていたのだ。
紫煙がたなびく。
暗い部屋。
ベッドヘッドに備え付けられた明りが、火村の影を壁に映し出す。
その男の口元にも、小さな明り。
明りと明りに挟まれて、火村は少し疲れたような顔つきをして、煙草を吸っていた。
ゆっくりと、右手が持ち上げられ、煙草を挟み込む。
その手の動きに、一瞬、見惚れた。
わずかに上体を捻り、サイドテーブルに置かれた灰皿を取り上げ、火村の指先が、トントントンと灰を落とす。
それからまた、煙草を挟み込んだ指が口元へと移動するのを、アリスはどこか夢うつつの中で見守った。
―――火村の指は、どちらかというと長いと思う。
関節の部分が適度に節ばってもいる。
器用に指先が蠢くたび、手の甲に浮かび上がる筋や。
アリスの頤を攫うために近づいてくる時に見える爪の形。
煙草を挟んでいる、軽く曲げられたそのラインなど……。
人の手は、こんなにも表情豊かであったのか、と視線を奪われることも多々あった。
「―――なにを見てる?」
「え?」
「さっきからずっとさ。なにを見てるんだ?」
そんな言葉に、ようやく意識を取り戻したアリスはちらりと男の顔を見上げ……、言葉を失った。
煙草を挟んだままの手で、前髪をかき上げ、傍らのアリスを見下ろしている。
火村の表情が。
―――抱き合っていた時に見たものと同じだったから。
言葉を無くしてしまった代わりに、アリスは男の左手を取った。
目を合わせたまま、その指先に唇をはわす。
少しだけ、その感触に、火村の指先に力が篭もるのを、唇で感じた。
「アリス」
掠れた声だった。
その声にぞくりとして、慌てて目を伏せた。
狭まった視界。
火村の……―――
誰よりも、器用に。
そして、何よりも優しく、アリスの意識を奪う手が、近づいてくるのが見えた。
「あ……」
親指に、下唇をなぞられた。
思わず漏れでた声を合図としたように、その指が口腔内へと入り込む。
―――キスをしているようだ。
口の中に広がったキャメルの香りに、アリスはそんなことを思う。
舌先に、指の感触。
チロリと動かすと、面白がるようにそれは逃げていく。
「ん」
いつしか夢中になってしまった。
そんなアリスを見て、火村も煽られたのだろう。
するりと指が逃げていき、何を思う間もなく、先程よりも強い煙草の味を感じた。
絡み合い、睦みあう。
覆い被さってきた火村の重みを受け取りながら、アリスは手を伸ばす。
唇だけではなく。
目だけでもなく。
指先を。
全てを攫っていく、指先を。
ただ、求めて伸ばされたアリスの指に、骨の感触。
すぐさま絡め、ほっと息をついた。
―――そう……。
これが、火村の手だ。
アリスの全てを攫い、繋ぎ止めようとする……。
火村の一番正直な部分。
だから、アリスは火村の手が、好きなのだ。
拡散していく意識の中、そう結論づけたアリスは、密やかな笑みを浮かべると、絡めた指先に力を込めた……―――
す、すいません、自分の更新を凌ぎそうな勢いで頂いております。 火村の手が大好きなアリス、前から書いて欲しかったんです〜〜(>_<)o" あの、某所での争奪戦で勝ち取ったんですけど、頂いたばかりだったことを思い出して、1度は辞退しようとした んですけど…… あまりに未練がありすぎて、後悔のあまり貧血を起こしそうになったという曰く付き(爆) 徹夜チャット中に、あまり興奮してはいけませんね。あー、びっくりした。 |
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