日だまり
777番 hal さまのリクエスト 甘々スイートでラブラブなほのぼのヒムアリ
「おーい、こんちは〜〜」
年季の入った階段を昇り、通い慣れたドアをココンっとノックする。
返事がない。ばあちゃんが、今は2階に居るはずだと教えてくれたのに。
「火村ぁ? おるんやろ」
ドアに手を掛けると簡単に開いたので、勝手に上がりこむ。ひょこっと覗いてみて、思わず笑ってしまった。
眠ってる……
書きかけの論文を冬は炬燵になるテーブルに広げたまま、周りに散らばる資料の間にうつ伏せになってすうすう寝息を立てている。
そして、猫が……
私が笑ったのは主に猫たちに対してなのだが、3匹とも火村のそばでいっしょに寝ていたのだ。
ウリはちょっと離れた窓際で、私が中に入ると気が付いてニャーと挨拶を。
モモは火村の隣で、顔だけ上げて私を一瞥すると、何事もなかったかのように再び眠る体制に。
コオに至ってはモモより上、火村の頭の脇あたりで同じようにうつ伏せたまま、起きる気配もなかった。
平和やなー。
うららかな日差しの中、半分開いている窓から時折優しい風が入り込んでいて、こんな中で昼寝をしたら本当に気持ちがよさそうだった。
見ているうちに私もその中に混ざりたくなる。実は締め切り明けでやって来たのだ。
モモはどいてくれそうになかったので、反対側に散らばっていた資料をどかして場所を確保する。
顔の位置を合わせるようにして横になると、少しだけ横顔が見えた。
私の大好きな横顔。
見ているとなんだか胸の中がざわざわする
(火村のアホ。こんな角度やったら、こっそりキスもできんやんか……)
せっかく会いに来たのに、その目は閉じられていて私を映してもくれない。手を伸ばして髪をかきあげても、目覚める気配はなかった。
「夢の中やったら、逢うてくれるか……?」
早く逢いたい。疲れていたこともあって、私は速やかに眠りに落ちた。
指先が何かに当たる。猫とは違う感じにぼんやり目を開けると、目の前に見慣れた顔があった。
「アリス……?」
まだぼーっとする頭を軽く振り、猫に倣って伸びをする。擦り寄ってきた桃を撫でてやりながら、今日は何日だったかなと考える。確か大阪の先生は締め切りがあると言っていたはずだが…… ここに呑気な顔で寝ているところを見ると、珍しく早めに片付いたのだろう。
「こらコオ、アリスが起きちまうだろ」
アリスの顔の前に、ふんふんと匂いを嗅ぐように近づいた小次郎を片手ですくいあげる。二ャ、と抗議の声が上がるが、抱き込んで黙らせる。
これは譲らない。
俺以外にアリスを目覚めさせるヤツを許すほど、俺は寛大じゃないのだ。
これほどの独占欲を持っていることを、教えてやれば喜ぶのだろうが、生憎それほど素直でも優しくもない。
アリスは自分のことを負けず嫌いの意地っ張りだと言うが、俺に言わせればこんなに素直なヤツはいないんじゃないかと思うくらいだ。
確かに、内心を素直に口にしてなるものかと頑張っているのは解る。しかし視線や表情、態度のひとつひとつはとても正直で、雄弁に俺のことを想っていると気づかせてくれる。
そして俺は、卑怯にも気づかない振りをしたり、お見通しとばかりにからかいの種にしたりするわけだ。
好きだとかなんだとか、俺の方からはあまり口に出したことはない。
アリスが甘い言葉を欲しがっているのを知っていながらはぐらかしている。口にしてやるのはベッドの中での睦言か、寝顔に対してだけ。
そう、例えば今みたいな―――
そっと髪を手で梳いてみる。
無意識に擦り寄ってくるアリスに、押さえが効かない気持ちが湧き上がってくる。
(バカアリス。この角度じゃ、キスも出来ないじゃねえか)
無理やり顔を上げさせ、両手で頬を包んで口付けた。
気がつくと、アリスが薄く目を開けていた。眠り足りない、いかにも辛そうな顔で。
「アリス、愛してる」
いきなり言ってやった。この様子では覚えていないだろうから。
「…ん……ゆめ…?」
寝惚けているアリスを軽く抱きしめ、耳元に囁いてやる。
「俺のものだ。誰にもやらない……」
アリスは喉の奥でぐっと詰まるような音を出し、震える息をつきながら再び目を閉じた。
「……ええ夢やぁ…………」
閉じたまぶたの間から、涙が一筋流れ落ちた。
夢というのは、なんて都合がいいのだろう…… 目の前に火村がいて、とても欲しかった言葉を囁いてくれる。
舞いあがってしまうくらい嬉しくて、でも夢だから悲しい。
この原稿しているあいだ、火村に逢いたくてたまらなかった。
あんまり我慢しすぎたからこんな夢見るんかな? それとも、ずっと原稿を頑張ってたご褒美やって、神様が見せてくれたんかな?
待っててな、火村…… これ上げたらすぐ、君んとこ、行く、から……
目が覚めると、テーブルに向かった火村の背中が見えた。
右手を忙しく動かしながら、左手でモモの背中を撫でている。いいなーと思って見ていると、僕も撫でてとコオが寄って来た。どちらかというと撫でてもらいたかったのは私の方なのだが、苦笑しつつも小さな頭をよしよしと撫でてやった。
「起きたのか?」
振り返らないまま火村から声が掛かる。その声に、何だかドキッとした。
思い出した。
夢…… なんだか、とてもいい夢を見ていた。とても……
「どうした、アリス……」
火村がくるりと振り返った。ドキドキして目が合わせられない。
「ゆ、夢、見てた……」
「へぇ、どんな?」
「どんなって……」
…………
言えない。言える訳がない。
黙って俯いていると、火村が近づいてきて私の耳元で囁いた。。
「誰にもやらない……。 ―――って?」
「ええっ!?」
耳を押さえて跳びすさった。一気に顔が赤くなるのがわかる。
「な、なん……」
何で!? あわあわしている私に火村がわらった。
「夢じゃねえよ。アリスが寝惚けてんの見たら、たまに言ってやりたくなった。覚えてねえだろうと思ったんだけどな」
いつものニヤリではなく、猫たちに見せる優しい笑みでもない。ぶっきらぼうだけど実は照れているような、私以外には絶対に見せて欲しくない笑い方で、なんだか鼻の奥がツンとした。
「……嫌だったか?」
「いややない…… 嫌なワケない。火村!」
ふるふると頭を振って、泣きたいのをごまかしたくて火村の首筋にしがみついた。
「……もしかして、今までも俺が寝てる時、言うてくれてた?」
「時々、な」
「い、いじわる、っ……」
こんなに大切な言葉を、人の眠っている間に。私に聞かせてもくれなかったなんて。
「お前だって、人が寝てる間にいろいろやってくれてるじゃねえか」
「―――っ」
なんてことだ。
火村が眠っていると思って囁いていた言葉も、全てお見通しなのだろうか。仕掛けたキスも?
「そんなん、不公平やぁ……」
悔しくて、廻した腕で火村の背中を叩いた。
「しょうがねぇだろ、目が覚めちまうもんは。それに、俺が聞きそびれてる言葉もたくさんあると思うね」
「知らんわ。でも……キスしてくれたら、許したる」
「了解」
しがみついたまま言うと、火村は即座に実行してくれた。
私が10回も許さざるを得ないようなキスだった―――
「今度は俺が起きてる時に言うてな」
「アリスが言ってくれたらな」
何を言うか。
「俺かて、火村が言うてくれたらや」
お互いに難問を出し合って苦笑する。私たちは似ているのかも知れない。
「愛してるよ」
―――不意打ち。
前言撤回。私が真っ赤なのに対して、なんだこのしれっとした顔は。
……でも、約束だから。
「お、俺もや。愛してるっ―――」
大の男2人の告白合戦を、ウリたちが不思議そうな顔で見詰めていた。
H11.8.7
今の時期クーラーのない2階での昼寝は、人間はともかく猫には却下されそうなので、春だと思ってください……
まー、なんなんでしょうね、この人達は(呆れ)
火村が甘いセリフ吐くのってどんな時? と考えた結果、アリスが眠ってる時ということになりました。