つぎもがんばりましょう
34567番 ゆっきーさまのリクエスト 初めて『寝た』翌朝の2人
ぽっかりと目が覚めた。
なんだかよくわからないが、とてもいい気分で目覚めた直後、持て余すほどの身体のだるさに気付いて、顔をしかめる。
「起きたのか?」
掛けられた声があまりに近くて。理由を認識する前に、鼓動の方が先に反応を返す。
いつもなら、私が起きだし(起こされ)てから掛けられる言葉。またはこれが火村の部屋であっても、少なくても隣の布団までの距離はあるはずなのに。
今朝は直接鼓膜を震わせるほどに、近い。
昨夜のこと。
見えないけど、素肌の触れ合う感触が、『思い出す』なんて悠長なことをしている間も与えてくれず、どうごまかしようもなく伝えてくれている。
もうしばらく、さっきのいい気分の余韻にボーっと浸っていたかったのに。
「どうした?」
「な、んでも……」
ない、と言い掛けたが、声のあまりの枯れ具合に驚いて中断する。
でも顔に血が昇るのは、残念ながら途中で止められなくて。頭の中ではいろいろと渦巻いていたのだが、傍から見たら、ただぼっと赤面しただけにしか見えなかったことだろう。
実際その通りなのだが、なんか悔しい。
睨みつけるために首を巡らせようとして、枕がないことに気がついた。
今まで火村がこのアパートに泊まるときには、クッションを枕代わりにしていたが、ベッドには当然だが枕は1つしかない。私はふだん、枕がないと眠れないのだが……
くそう、火村め。私が朦朧としているのをいいことに、ちゃっかり自分が使いよったな。
まぁ、結局は朝までぐっすりだったのだから、今日のところは許してやってもいいけど。
初めての翌朝。
『世界が変わって見える』なんてよく聞くけれども、そんなのは大げさな言い回しだとずっと思っていた。
でも…… は、恥ずかしながら、そのとおりかもしれない。
飢えて切ないばかりだった想いが、満たされているのがわかる。
頭の中がふわふわする。
心も負けないくらいふわふわしてる。
あいにく身体だけは悲鳴を上げているけれど、満たされた想いがぎゅうぎゅうに詰まっていて、もし怒りとかを感じたとしても、1分と続きそうにない。
しみじみと込み上げてくる幸せは、昨日よりもたぶん今朝の方が上。
目の前にいる男は、見た目は全然変わらない。
なのに、この雰囲気の差はどうだろう? やわらかい視線も、ごく自然に髪に触れてくる指も、さっき掛けてくれた声の口調も。
全身で所有権を主張されているようで、ちょっと笑える。くすぐったくて、素直に嬉しい。
昨夜のことは、はっきり言って後半になるにつれ記憶が曖昧になっている。ただ、今まで経験したいろいろな感覚のMAX値を、それはそれはたくさん更新したように思う。
恥ずかしさも、痛みも、悦びも。
労るように耳元で何度も名前を呼んでくれる声や、硬直する身体をなだめるように撫でてくれる手が、火村が最大限に気遣ってくれているのを伝えてくれていたが、それに応えてやれる余裕は私にはなかった。
嬉しかったのに、目を開けてそれを伝えられない自分を悔しいと思った。
顔、見たかったな……
自分が火村の名前を呼べたかどうかも定かではない。けれどその成果が、火村のこの優しい視線なのだとしたら、乗り越えた甲斐があったというものだ。
向こうもそう思っていることだろうが、私は、火村を、手に入れた―――!
すぐそばにある横顔をぼんやり眺めたままでいると、火村は苦笑して私の髪をくしゃっと掻き回した。そのままベッドの脇に落ちていたシャツを拾って、煙草とライターを探り出して火を点ける。
俺も欲しいな……
と思ったけど、ここで頭をハッキリさせてしまうと、せっかく今のところマヒしているらしい羞恥心が、一気に回復するのが分かりきっているので、やっぱりねだるのは止めにする。
その時になってやっと、火村が今まで、起きていたのに煙草を吸っていなかったことに気がついた。やっぱりまだボケているらしい。ちゃんと灰皿も、ベッドの脇に置いてあったのに。
視線で訊いてみると、
「起こしちまいそうで動けなかったんだよ」
という返事が、苦笑と共に返ってきた。
「腕も痺れてたし。……さっき、アリスが寝返りうった拍子にずり落ちてくれて、正直助かった」
それってもしかして、腕枕、してくれてた……?
「そろそろ起きるか?」
「ん? んーー……」
躊躇った長い返事をしていると、ふいにギクリとした顔で覗き込まれる。
からかうように笑っていた顔が、私が本当に動けないのだと分かった途端に、思いっきりうろたえたのが判って、笑いを誘われた。
「ヘイキやって―――」
―――たぶん。
答える自分の声も、くすくす笑いでさえも身体に響いた。名誉の負傷には程遠いけれども、なんて恥ずかしくも誇らしい不快なのだろう。
「……悪い」
「なんや。謝るようなことしたんか? 後悔してるん?」
「あー、いや。そんなにダメージが残るほど、下手なつもりはなかったんで……」
ベシ。
本当はグーで殴ってやろうかと思ったが、そんなことをしたら自分にどんなダメージが返ってくるか分からなかったので、目の前にあった額に、軽く空手チョップをお見舞いするだけでカンベンしてやった。
「イテえな、なにすんだ」
「俺のが痛いわ。阿呆」
「だから謝っただろう」
「…………」
確かに謝られた。しかし、なんか納得がいかないような気がするぞ。
「次は精進するよ」
つ、つぎー? あるのか? あるよな。そりゃ、やっぱり。
俺、平気やろか……?
「なぁ、ものは相談なんやけどな……」
「うん?」
「1回おきにせえへん? 俺と、オマエと」
「…………」
あ、すごく難しい顔してる。そうやろな。そうだろうな。当然だ。けど。
「俺ばっかし痛いの、ズルイやん」
火村はまだ唸っている。
「……痛くなければいいんだな?」
はいー?
「それはナニか。自分がヘタやったと認めると?」
ビシ。
問答無用でさっきの攻撃を返された。……イタイ。
「その大きな理由は、アリスが慣れていない所為じゃねえか」
「……慣れてた方がよかったとでも言うつもりやないやろな?」
「いや」
なんやそのしれっとした言い種は! 怒りで喚き散らしたいほどだったが、そんな体力は残っていない。
ただ口調とは裏腹に、廻された腕の力が思いのほか強く独占欲を主張していたので、これはこれで許してやることにした。
さっきから、甘いなー、俺。
「……痛くないよう、最大限に努力する。当面それで様子を見よう。どうだ?」
「…………」
昨夜のは最大限じゃなかったとでも言うつもりかい。様子を見るとかいって、俺が慣れるのを待つつもりやな。まぁ、コイツももっと上達するかもしれんし……
ずいぶんと疑わしかったけど。どんなに気を遣ってくれたとしても、無理なものは無理って思うけど。
でも。
取りあえず野望があるから。次回も、まぁ、許したるよ。
私にも、次回にチャレンジしたい課題がある。
次のときには、必ず目をあけておくんだ。どんな目で俺を見ているのか、どんな顔で俺の名前を呼んでくれているのか確かめたいから。
そして呼ぶんだ。私も、火村の名前を。
想いの全てを込めた呼び方で、火村がそうしてくれたみたいに―――
(蛇足)
だがその前に、1つ問題がある。―――次までに、火村用の枕を買っておくべきか否か。
我ながら健気な決意の裏で、私はこんなくだらない大問題にも頭を悩ませていた。ないと不便だし、もしも用意したとして、普段どうしておいたらいいのか。
普段から2つ並べておくなんて嫌だし、火村が泊まるときだけいそいそと出してくるのもアレだし。ダブルベッド用の長枕なんてのも恥ずかしすぎるし(第一、ベッドがダブルじゃないのに)。
まぁそれを言うなら、今まで使っていた予備の毛布だって火村専用みたいなものなのだが。それと同じことだというのに、突然こうも気恥ずかしくなるのはどうしてだろう……
なんて。こんなことで戸惑うのも今のうちだけで、そのうちに火村のパジャマや着替えや歯ブラシなんかが、この部屋に平然と出現するようになるのだろうか。
火村のいた痕跡が、キャメルの残り香だけじゃなくてどんどん増えていって、そしたら火村がいないときにも私を慰めてくれるかな。それともそうなったら、「部屋が狭くなった」って、私は文句を言うのかな。
早く、そんな風になれたらいい。
痕跡だけじゃなくて、火村本人がこの部屋で過ごす時間も、今までよりも増えるといいな。
そんなくだらなくも楽しい思いを巡らせながら、私はまた、うとうととまどろみのなかに戻りかけていた。
火村の腕の中で、こんなに安らかなうたた寝を迎えられるなんてのも初めてで、それを許してくれる火村が嬉しくて。私は温かさを堪能しながらうっとりと目を閉じた。
H12.9.27
みんなー、枕、どうしてますかー?(笑)
さて、果たしていつお初に持ち込めたのか決め兼ねてます。告白したその晩なのか、はたまた1年後とか
(^-^;)
最初から最後までぼんやりとフィルターがかかったようなアリス。きっとまだ疲れているんだね……(笑)