いくらでも出てくるけど
3000番 葉山来幸さまのリクエスト 「お互いの長所と短所」について二人で言い合いっこ。あまあまでひとつ
「なぁ、俺の長所と短所って、何やと思う?」
「なんだ、エッセイのお題か?」
「雑誌のアンケートや」
世間の皆様が忙しく働いている水曜日。
マンションの一室に働き盛りの男が2人、昼も近いというのに、まだベッドの上でうだうだゴロゴロしてるのは小さな贅沢気分。
「自分では何だと思うんだ?」
「長所は、うーん…… 好奇心が強いとこ?」
「短所じゃねえのか、それ」
「やかましい。で、短所はー、えー、意地っ張りなとことー……」
( メンクイなとこも )
内心こっそり付け加える。おかげで1度恋人の横顔に視線が止まると、なかなか引き剥がせなくて困るのだ。逆にきれいな女性に目を奪われて、隣からゲンコツを食らったりすることもあるのだが。
「俺から見れば、計画性のないとこだな。いっつも締め切りにピーピー泣いてるじゃねえか」
「なんやてえ? 計画はちゃんと立てとるわい」
「じゃあそれが実行できないとこ。約束した日にはるばる来てみりゃ、まだ修羅場の真っ最中ってことが何度あったかなぁ?」
「むぅ……」
悔しいが、本当のことなので言い返せない。
「それから体力がないとこ。運動不足なんだろう?」
「なるべく歩くようにはしとる。遠くまで散歩行ったり……」
「その割には成果が見られないようですが?」
「……君かて大学まであんな近いのに、いっつも車やん。そっちのが運動不足や」
「車は、いつ警察からお呼びがかかっても直ぐ動けるようにだろ」
「ふん。健康言うんやったら、そのヘヴィスモーカーなんとかせえ。こっちまで副流煙で死んでまうわ」
「なんだよ、いっつも俺から貰いタバコしてるくせしやがって」
「ばあちゃんや猫たちにも悪いねんで?」
「……婆ちゃんの前では控えてるよ」
知ってる。君は子供やお年寄りのいるところでタバコは吸わない。
そういう気遣いがごく自然にできる、そんな優しさがスキ。
「そんで? 長所は?」
「……と、それはまあちょっと置いといて」
「なんでやねん」
「まあまあ。俺はどうだ? 俺の長所と短所」
「くそぅ。その、俺で遊ぶとこは短所や! あとなぁ……」
「ちゃんと長所も、だぞ」
「うるさいわい」
長所なんて、いっぱいあり過ぎて困る。ちょっと考えただけでも両手の指に余る。
でも、それをひとつひとつ教えてやるのも悔しいやんか。火村はまだ1つも言うてくれへんのに。
「タバコ… はさっき言うたな。うん、ネクタイ、かな? きちんと結ぶのがイヤなんやったらしなきゃええのに、だらしなく結ぶんが好きっちゅうのはなんやねん」
「へっ、いつまで経っても学生みたいなカッコしてるヤツに言われたかないね。お前こそ髪を切れ。伸び過ぎだ」
「これは… たまたまこの前まで原稿しとったから、切りに行けんかっただけやん。好きで伸ばしてるんと違う」
「余計悪いじゃねえか」
火村の手が髪を梳いていく。この感触は嫌いじゃないけど。
「俺は、も少し短い方が好きだな」
「……明日切ってくる………」
今日は行かない。せっかく火村が来てくれているから。
「あと、物持ちが良すぎるっちゅうのは、長所なんかな? かわいそうにあのベンツくん、そろそろ暇が欲しいんと違うか?」
「お前の青い鳥だって、失速寸前じゃねえか。ま、タダで連れて来た割には、よく飛んでるよな」
「……うー、長所やって言うてるのに」
「だから俺だって誉めてるだろう」
何度となく繰り返されてきた、不毛な会話。
それが楽しくて、私も火村も車を買い換えないのかもしれない。少なくとも私の方は、いよいよ動かなくなるまでは、かえるつもりはない。
いつまで持ってくれるかはわからないが……
「なぁなぁ、さっき置いといた俺の長所は?」
「そうだな…… ヒムラヒデオに一途なとこ」
「…っ、アホかっ…… そんなん、アンケートに書けんわ」
「知るか。で、俺の長所は?」
「んーー、猫と子供と年寄りに優しいとこ」
客観的に見ても、長所であろうところを挙げる。でもそれを知ることができる人は少ないだろう。ばあちゃんとウリたちは、火村が自分たちの前で見せる顔が、外で見せている顔とは違っていることに気づいているだろうか。
「ふーん? 誰か抜けてやしませんかね」
「………アリスガワアリスにも」
「誰に対するよりも優しいだろ?」
「うん… 優しい。けど……」
「けど?」
「優しいから、心配かけまいとして、なんでも1人で抱え込んでしまうとこは短所。そんとき、なんも力になれんのは、俺の短所。俺、役立たずやんなぁ。ごめん……」
ふいに泣きたくなって目を伏せた私を、火村がそっと抱き寄せてくれる。いつもいつも、私はこうやって慰められているのに。
「アリスがいつも俺を甘やかすところは、短所かな、長所かな?」
「……逆やないの?」
「甘やかしてるだろ。大切に想われてるな、ってひしひしと伝わってくるから、俺はすぐ有頂天になる」
「……俺からそれを取ったら、もう有栖川有栖やない。有栖川有栖の何割かは、もう火村英生でできてるんやから。せやから………」
「アリス?」
どうしてだろう。私はたまにこんなふうになる。
声が詰まり、身体が震える。幸せなはずなのに、恐くて恐くてたまらない。
「言ってみな。何が不安だ?」
「……約束せえ。絶対に肺ガンになったりしないて。フィールドワーク行って無茶なことしないて」
「お前こそもっとちゃんとした食事しろよ。締め切りの度に、今度こそ倒れてるんじゃねえかって心配させてんのは、どこのどいつだ」
「しょっちゅう見合い写真持ってくる教授もなんとかせえ。それから……」
「まだ、あるのか?」
「…………ったりしないて、約束………」
「うん?」
「……1人で……くな。絶対引き止めたるから、引き摺られそうになったら、俺に言え。黙って向こう行ったらアカン。そんなことしたら、火村の短所、みんなに大声で言い触らしたる! それがイヤやったら、1人で行ったらアカンで………」
時々、ふっと私の手が届かない所に行ってしまいそうな時がある。私では、犯罪者の恐ろしいまでの吸引力に引き摺られそうな火村を、引き止める枷にはなれないのだと、その度に思い知らされる。
私のことが好きだとか言うクセして、他の人間にフラフラするのはヤメロ。女嫌いっていったって、ちっとも安心できない。女好きよりタチ悪いわ。―――犯罪者に惹かれる、なんて。それが1番の短所。
私のこと、離さないとか言うクセして、向こうへ行った者たちが手ぐすね引いて待っている暗い穴のふちを、1人でフラフラ歩くのはヤメロ。そうしないと生きられないというんだったら、いくらでも付き合ってやるから。
「――どうしても止められんかったら、一緒に行ったるから………!」
「アリス……」
火村の力のない声と腕に焦れて、自分から口付けた。ぎゅうぎゅうとしがみ付いて、ようやくしっかりと抱き返してもらえた。
うん、それでこそ火村や。もっと壊れるくらい力いっぱいでもええよ。
安心するから―――
しばらく火村の腕の中で、ボーっと気の遠くなるような心地よさに包まれていたのだが。
「……火村ぁ、俺、腹減った」
「お前なぁ… そのムードのなさも短所だぞ」
「しゃあないやん。もう昼やし」
ふと我に返れば、おてんとうさんの光の中でこの態勢は、恥ずかしすぎるのだ。仕方がないではないか。
「料理上手は君の長所の1つやん。美味しいごはん、作ってぇな」
「なに甘えたこと抜かしやがる。手伝え」
「むー、優しくしてくれるんやなかったんか?」
「優しくはするが、俺は甘やかしはしない」
「ちぇ…」
どこが違うんや〜 とブツブツ言ってみたが、本当は解る気がした。だって「手伝え」と言われたこと、本当は俺の為になるもん。それに火村と一緒にいられるから、本当はちょっと嬉しかったりして。
「あんなぁ、さっき優しい言うたのは、火村の長所の1番やないよ?」
「あん? じゃあ1番はなんだよ」
「わからへん?」
君の1番の長所は、有栖川有栖を幸せにしてくれるとこ。
でも、それは言わない。
いっつも俺の考えてること、火村にはバレバレらしいやん。今度も、上手いこと見付けてな。
「ヒントは―――」
H11.12.4
『心の中では「万年新婚バカップルおのろけ全開状態」とか』 ……というコメント付きでしたので、遠慮なく(笑)
なんか長所も短所も際限なく出てきそうで、どこで打ち切ろうか迷いました。
ああでも、アリスはこんな甘えたじゃないよぅ……(>_<) げろ。
そして結局、アリスの長所をうやむやに誤魔化す火村であった(笑)