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          冷たいキス

28000番 えりこさまのリクエスト    「冷たいキス」 何も二人がけんかして、とか言う意味ではなく、
そのまんま、体感温度が冷たいという意味で。
だんだんと、外れていってます……(o_ _)o





 昨夜、戯れに交わしたキスを思い出す。
 ひんやりと甘く冷たいキス。本気が半分からかいが半分で、じゃれ合うように自分の熱を分け与えた。
 そのせいだろうか。こんな夢を見たのは。

 ―――アリスの、冷たい唇の、夢―――




「あっつー」
 風呂から上がって、アリスは冷蔵庫に直行する。ビールかミネラルウォーターかと見ていると、小さな棒付きのミルクアイスを咥えて戻ってきた。
「いる? お徳用ファミリーパック12本入りポケモンアイス」
 お前な。本当に勧める気があるなら、戻ってくる前に言えよ。俺の隣にどっかりと座り込んだ後では、欲しけりゃ自分で取りに行けと言うつもりに決まっている。
「ふん、ケチくせえ」
「君に言われたないわ」
 確かに。俺が買う時にはたいていそのような、箱入りのソーダアイスかなんかで済ませている。間違ってもポケモンなんぞついてはいないが。
「ほとんどはお前の為に買ってあるんだろ」
「ウソこけ。俺が行かんでも、ちゃんと消費されてるやん」
 まあ、あれば食いたくなるのが人情というものだ。
「今から贅沢アイス食っとったら、真夏になったとき困るやろ。そんでも俺は仕事が終わったら、ご褒美にハーゲンダッツのデカイの買うんだもんねー。文句言うならやらんで」
「いらねえよ。それより、冷凍庫の整理してからでないと入らねえぞ」
「…………。そ、そんなん、わかっとるわ!」
 どうだか。
 冷たー、歯にしみる〜 とかなんとか賑やかな声を上げつつ、アリスはあっという間にアイスを攻略していった。頭の部分を齧り取ってシャクシャクとやったあとは、棒の左右から。残った部分もきれいに舐め尽くして、もともと小さかったアイスは短時間で跡形もなくなってしまった。
「……何じーっと見てんねん」
「冷たくて気持ちよさそうだと思って」
「やっぱ欲しかったんやろ? 意地っ張りやな〜」
「そうだな… 一口くらい、くれてもよかったんじゃないのか?」
「な〜に甘えたこと言、う……」
 憎らしいことを言う口を、問答無用で塞ぐ。
「ん、アホっ、…な、に……」
 いつもとは違う、ひんやりと冷たい唇。
 悪態を付くのは一瞬ですぐに応え始めてくれるが、普段は柔らかく絡み付いてくる舌が、冷たい分かたく、よそよそしく感じられる。それが気に入らなくて、同じ温度になるまで意地になって貪り続けた。

 ついでに調子に乗って平熱以上になるまで煽り続けたりしたから、バチが当たったのかもしれない。






「……むら、火村っ」
 身体を揺り動かされて、ハッと目を開ける。一瞬、ここがどこだか判らなかった。俺の肩に手を置いて、心配そうな顔で覗き込んでいたアリスと目が合う。
「えっと、大丈夫か? 君、ずっとうなされとって、その、呼吸おかしなってたから、俺……」
 しどろもどろのアリス。
 そうか。いつものように気付かない振りをしようにも、いつまで経っても飛び起きないし、だんだん様子はおかしくなるしで、迷ったあげくに揺り起こした、ということらしい。
 上がってしまっている息を整え、起き上がって自分の手に視線を落とす。夢の中で、俺はこの手の中に、確かに抱いていたのだ。
「……手、洗う?」
「いや……」
 応える声が掠れていた。
 おそるおそる、といった風情で訊いてきたアリスの顔が探るように傾く。いつもの悪夢では、俺の手が真っ赤に染まることを知っているから。眠ったふりをしていても、俺が手を洗い、水を飲む音を聞いているから。
「……今日は、手は汚れてない」
 そう言うと、アリスはあからさまにほっとしたように笑って、身体の力を抜いた。あたかも、それ以上の悪夢なんてあるはずがないとでもいうように。
「水、持ってくるから」
 ああ、俺だって、そう思ってたさ。今の今までは。





 渡されたミネラルウォーターを一気に飲み干し、コップをサイドテーブルに置くなり、アリスの腕を引いて口付ける。倒れ込んできた勢いそのままにベッドに押し付け、熱を奪う。
 水で冷やされた俺の唇より、当然高い、熱。確かに感じるその熱を奪うように、アリスの唇を貪る。
 さっきまでの悪夢を打ち消したい一心で。

 ―――冷たい唇の、アリスの、夢―――

 何度キスしても、どんなに体温を分け与えようと頑張っても固く閉ざされたまま、時間と共にどんどん冷たくなっていく。
 唇も、身体も。
 俺の体温まで道連れにして。触れている唇から、身体が、心が、芯まで冷えていくような気がした。
 いつもの血に染まる夢の方が、これよりはずっとマシだ!
 さっきアリスが起こしてくれなければ、叫ぶことさえできずに、絶望に捕らえられたままになっていたかもしれない。人はそれを狂うというのだろう。

 温かさを確かめたくて、息つく暇も与えずにキスを続ける。
 アリスは俺の勢いに戸惑うように、それでも応えてくれる。普段はイヤだだのヤメロだのばかり言うくせに、こんなときだけはアリスは絶対に拒絶の言葉を口にしない。俺がダメージを受けていると、なんとかして癒そうと必死になって手を伸ばしてくる。自分の方が泣きそうな顔をして。この正直者が。
 自分の弱さ、余裕のなさを突き付けられているようで結構クルのだが、事実なのだから仕方がない。

 アリスは、俺がいつもの夢を見たのだと思っている。
 普段は肩や背中に回されるはずの手が、俺の手を探り当て、握り締める。自分の顔まで導き、頬に当てさせる。息苦しさに眉を寄せ、スタンドの小さな明かりでも判るほどに上気させた頬は、とても温かくて。唇を解放すると、猫のような仕草で俺の掌に頬擦りし、舌を這わせてきた。
 汚れてなどいないのだと、この手が大好きなのだと。一生懸命に伝えようとしてくれる。
 この温かさを失ってしまったら―――!
 さっきの夢を忘れたくて、俺はアリスに祝福された手で、温かな身体をしっかりと抱え込んだ。





「火村、暑い……」
 抱きしめていた腕の中から、暫くして遠慮がちな声が聞こえた。
 まぁな。この体勢は確かに、暑い。
「ちっと離れぇや」
 アリスは俺の腕から抜け出すと、はふー、っと息をついた。目が合うと、ふわっと笑って手を伸ばしてくる。
「そんな顔すんなや」
 どんな顔をしているというのだろう。俺の手を取り、ぱたんと肘から反転させて、握ったままお互いの顔の前へ。
「これくらいなら、我慢してやってもええよ」
 握った手からも伝わってくる、生きている証の温かさ。まぁ今の時期、このくらいで妥協した方がいいのだろう。

 いつものあの悪夢が最悪ではないのだ、と思う。アリスを失うことに比べたら、どんなことでも恐れる必要はないのではないかという気がする。そんな風に思えたのは初めてだ。
 付き纏う夢に怯える暇があったら、振り払う努力をするべきなのだろう。
 夢はただの夢だ。そう思うことができるかもしれない。そう思わなければいけないのかもしれない。
 だってそう思わなければ、今の夢も……
 本当にさせる訳には行かない。現実になんて、させてたまるか!



「アリス」
「ぅん……?」
 同じく眠れない様子のアリスに、言葉にして伝えてみる。
「夢は、ただの夢だよな……」
 微かに、息を吸い込む音が聞こえた。
「……って、今更や。アホぉ………」
 握ったままの手にぎゅっと力が入る。もう片方の手も重ね、その上に額を押し当てて、アリスは息を震わせた。
「やっと、解ったん……?」
 俺が夢に囚われることによって、アリスには俺を失う不安をずっと味合わせている。わかっていながら、どうしてやることもできなかった。どうしても夢から逃れられなかった。
 ……本当は、アリスがこの言葉を待っていたのを知っていたのに。

 夢は、ただの夢だ。
 冷たい夢が夢なら、紅い夢だって夢だ。
 どちらも過去にあったことでもなければ、正夢でもないし、潜在願望でもない。
 断じて、違う!

 解ったとは、まだとうてい言えないのかもしれない。これからも紅い夢は俺に付きまとうだろうし、悲鳴を上げて飛び起きたりもするだろう。
 でも。
 諦めるように、受け入れてきた。この夢は本当の自分自身を映しているのだと、ようやく手に入れた暖かさは幻でしかないのだと、いつでも確認させられているようだった。いつかこの夢のように、何もかも崩壊してしまうのだと、半ば信じ込んでいたような気がする。
 過去に抱いてしまった感情は本物だったから。自業自得なのだと。
 でも。
 信じないでいる選択肢もあるのかもしれない。何度夢を見たって、否定してもいいのかもしれない。
 否定、できるのかもしれない。



 否定したいと、初めて心の底から思った。
 夢に連れて行かせまいと俺の手を必死でつかんでくれている、この大切な存在のために。



H12.7.9


こんなに何度もキスさせてるのに、色気もなんにもない気がするのは何故だろう (笑)
途中からどんどん趣旨がズレまくっていって、なんだかなー、って感じです。
(前回のえりこさまからのリクの時も、私こんなこと言ってましたね/爆)
たかがアイス1本から、こんな方向に話が転がってしまうとは。いやはや…… (?_?)