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        いざ恋を! (タイトルと中身は一致しておりません……)

13510番 雪夜さまのリクエスト    まだ片思い同士の火村とアリスで、学園祭ネタなんていいなあと  



 火村はふて寝を決め込んでいた。
 世間は休日だったが、学園祭の今日、学校は今頃大賑わいのはず。
 日頃の研究成果を発表する者、はともかく、お決まりの模擬店で活動資金を稼ぐサークルや、どこぞのクラブ主催の講演会やコンサート等の準備で、ここ最近大学の中は慌しい空気に包まれ、誰もが忙しく飛びまわっている。その様子に、火村はどうしても醒めた目になってしまうのを止められなかった。
 大学生にもなって――大学生だからか――前夜祭から後夜祭までハイテンションで騒ぎ続ける、というのが火村には理解できなかった。いや、理解はしているつもりなのだが、自分には真似できない。
 騒ぎたいヤツは騒げばいい。ただし自分のことは放っといてくれ。
 実はすっかり覚めてしまっている目を無理矢理閉じれば、去年まで誰よりも嬉々として誘いに来ていた人物の姿が、鮮やかに思い浮かんだ。

「アリス……」
 もう1ヶ月以上も会っていない。
 春に印刷会社に就職して以来、行けばいつでも喜んで迎えてくれたが、アリスはいつも忙しそうで、火村の目にはとても疲れているように映った。社会人なら当然のことなのかもしれない。でも……
 自分には実感として解らない。
 極端に会う機会の減ったアリスに今まで以上に執着する自分を、火村は自覚していた。
 夏休みは結構頻繁にアリスのアパートに泊まりに行ったが、その間何度も好きだと告げてしまいたくなって、もう少しで抱きしめてしまいそうになって、さすがにこれはマズイと思った。
 少し会うのを控えた方がいいかもしれないと、覚悟を決めた。
 でもその覚悟は火村だけのものだったので、休みの最後の日に「もうこれでしばらく来れなくなるな」と告げると、アリスは酷く寂しそうな顔になった。言葉だけは取り繕ったように威勢が良かったが、見るからにカラ元気なのがありありと判るほど。
 あのときの顔が、今も火村の目に焼き付いて離れない。会わずにいればいるほど、鮮やかに浮かび上がって火村を狼狽させる。

 電話でさりげなく聞き出したところでは、この時期も仕事が忙しいらしく、学園祭に誘うことはためらわれた。
 こんなバカ騒ぎのためにわざわざ疲れた身体で来ることはない。後で怒られるかも知れないが、もし休めるものならゆっくり休んでいて欲しい―――





 しかし、もう既に怒っている者がここに約1名。
「なんで、なんでアイツ以外の口から聞かなアカンねん」
 昨日偶然に会った学生時代の知り合いから、既に学園祭が始まっていることを聞かされたアリスだった。
 別にそれ自体は怒るほどのことでもない。忙しくてつい失念していたが、思い出してみれば確かに毎年この時期だった。自分が忘れていたのだから、火村だって忘れていたのかも知れない。
 でも、なぜだかそうは思えなかった。故意に伝えられなかったような気がした。
 ―――避けられてる?
 そう思いついてしまったとき、胸の奥が痛んだ。
 ―――なんで? 火村!
 痛くて痛くて、身動きができないほどだった。
 だから極力考えないように、京都に向かう電車の中でも怒りの方に目を向けることにしてきたアリスだった。

 前はこんなじゃなかった。忙しい時は別にしても、会いたい時に会いに行けた。
 でも―――
 この想いに気づいてしまった今では、気づかれるのが恐くて。そんなに頻繁に会いに行くのはおかしいんじゃないか、なんて思うようになってしまって……
 火村が来てくれるのを待ち望み――それも最近は全然だ――自分からは行動できなくなってしまった。
 こんな大義名分でもなければ堂々と会いに行けなくなってしまった。
 なのに、それを教えてくれないなんて!




 普段よりウルサさ1.5倍の学生と物珍しそうな一般のお客さん、受験の下見を兼ねたような高校生などでごった返す構内を、模擬店の呼び込みにも、漂うおいしそうな匂いにも釣られることなく、アリスはわき目も振らずに社会学部の研究棟へ直行する。図書館かもしれなかったが、いなければ誰かに訊いてみよう。
「なんや有栖川やないか? えらい珍しいなぁ」
「おー、オマエちっとも変わっとらんなー。とっても勤め人には見えんで」
 火村が去年までいたゼミ室にはしょっちゅう入り浸っていたが、院生室にはあまり馴染みがない。それでも顔見知りになった者が何人か部屋に残っていて、こそっと覗き込んだアリスに気軽に声を掛けてくれた。
「放っとけ。……火村は? おらんの?」
「ああ、アイツ今日は来てへんで」
「なんで?」
「なんでて…… アイツがこんなお祭り騒ぎに付き合うかって」
 同感、という肯きがそこにいた者たちから返ってくる。
「でも、去年まで俺とあちこち回ってたで」
「アホウ。そんな芸当、有栖川以外にできるかい。俺らではアイツは連れ回せんて」
「って、俺は猛獣使いか」
 ―――まだアイツに、俺の代わりになるような友達はいないらしい……
 そう思うと、悪いとは思いつつも、なんだかほっとしてしまうのを止められないアリスだった。
 

「しゃーない、迎え行くか」
「え、マジか? これから?」
 これで火村に会えなかったら、何のために来たのかわからない。
「泣かせるなー。なんならチャリ貸したろか?」
「え、ホンマ? 助かるわー」
「そん代わり、絶対連れ出せや。……アイツ最近、何か知らんけどいつにも増してピリピリしてんねん。ここらでちっとガス抜きさせたってや」
 自転車置き場まで連れだって行く途中聞かされた火村の様子に、アリスの表情が曇る。それと同時に、なんだかんだ言っても心配されてるんだなーと感じた。
 コイツええヤツやん。火村は、自分で言うほど独りじゃない。
「んじゃ借りてくわ。サンキュな」
「おー、頑張れよー」
「あとで何か差し入れしたるよ。たこ焼きでええ?」
「どーせなら女子テニスサークルのにしてくれ。正門近くに店出てるはずやから。ヤローのは要らんぞ」
 笑って了承して、アリスは自転車を漕ぎ出した。これはなんとしても火村を連れ出さねば。






「君、なんでこんなとこでウダウダしてんねん。まだおねんねかい。今日はお祭りやんか!」
 いつの間にかまた、うとうとしていたらしい。開口一番そう叫ばれるまで、火村はアリスが来たことに気がつかなかった。
「……アリス? なんだ、仕事だって言ってたじゃねえか」
「そんなもん、朝早よから行って終わらせてきたわ。おかげで世間は休日やっちゅうのに5時起きや」
「いつもそうしてりゃいいんじゃねえか?」
「うるさいわい」
 枕元に座り込んで、起きぬけのはずだというのに減らず口を叩く男を、アリスは睨み付けた。
「……なんで教えてくれんかった?」
「別に――忙しそうだと思ったから」
「それだけか?」
 本当にそれだけか、隠し事はないか。アリスは一生懸命に火村の顔を覗き込む。得意のポーカーフェイスに騙されたりしないように。
「忙しいんだろ? こんなとこ来てる暇があったら、ゆっくり休んでた方がいいかと思って」
「そら忙しいけど、こんな、特別な時くらい…… 一緒に遊びたいと思って悪いか!」
 今にも泣きそうな顔を見てようやく、火村はアリスが怒っているだけでなく、どうやら悲しんでいるらしいと気がついた。自分には取るに足らないものでも、アリスには学園祭に何か思い入れがあったのかもしれない。
「あぁ…… 悪い。こんなのが特別だとは思ってなかったんだ」
「別に、謝ってもらうことやないけど……」
 珍しくしおらしい火村に、アリスは急に自分が恥ずかしくなって目を逸らした。
「んで? 何でここでゴロゴロしとるの。君はちゃんと学校行かな」
「アリスが働いてんのに、1人で楽しんじゃ悪いかと思ってさ」
 ウソだ。1人であの喧騒の中にいるのは耐え難かったから。1人でいたって、楽しめるワケがない。
 何を見ても去年までのアリスが見える自分を、火村は持て余していた。誰よりもお祭りを楽しみつつ、驚いたことに、こんな騒ぎに興味のなかった自分をまでも楽しませてくれた、不思議な存在。
「アホ。学校行事にはちゃんと参加するのが学生の仕事やろ。……でもそしたら、2人で楽しみに行こ。ほれ、早よ起きんかい」
 アリスが火村の手を取って引っ張り起こす。
 この手を離したくないと2人とも思ったが、必要以上に未練がましくならないようお互いに苦労した結果、それぞれ相手の気持ちには気づくことなく、何事もなかったかのように離れていった。



 言いたいことはたくさんあった。

 なんで来るんだ。疲れているはずなのに。
 久しぶりに会うアリスは、夏よりも更に痩せたようで気に掛かった。
 なんでそんなに嬉しそうな、悲しそうな顔を見せる? どちらにしても抱きしめてしまいたくなる。
 自分と同じくらい会いたいと思ってくれていたのだろうかと、勘違いしてしまいたくなる―――
 危うい衝動がますます増大していることを絶望的に自覚しつつ、火村はのろのろと着替えを始めた。

 自分の仕事が忙しそうだから? 本当にそれだけ?
 気遣ってくれるのは嬉しい。けど、会えない方がしんどい……
 自分がいつも忙しくしてるから火村は会いに来てくれなくなったのか。
 今日だって暇そうに寝てるくらいなら、火村の方から来てくれればいいのに―――!
 でもそんなこと言えるはずもなく、アリスは火村が着替えるのをぼんやりと見ていた。






「あれ、お前…… なんだよ、この自転車」
「君んとこの部屋のヤツが貸してくれてん。あ、差し入れのたこ焼き代、お前も半分出せや」
「ああ? なんだよそれ」
「君のこと頑張ってちゃんと引っ張り出せや、って、応援してくれてん。だからそのお礼せな。……君のこと、えらい心配しとったで?」
「ちっ。誰だよ、チクショウ……」
 表面的にはいつもの会話を交わせることに安心する。
 まだ大丈夫。まだこうして会っていても大丈夫……
「君のこと連れ回すんは俺の芸やて言われたで。真似でけへんて。もっとみんなと仲良うせなアカンよ?」
「うるせえよ」
 猿回しの猿よろしくのこのこ連れ出された自分を見て、そいつはどう思うだろうと火村は苦笑した。確かにアリスにしかできない芸当だろう。そうしてみると、自分にとってアリスが特別だというのは、結構周知の事実なのかもしれない。それはそれでピンチのような気もするが、アリスがここにいるという事実の前には、些細なことのように感じた。あとでからかわれたら、それはその時のことだ。



 こんな状態がいつまで続けられるだろう―――?
 甚だ心許なかったが、今日のところは貴重な1日を一緒に満喫するんだ! と2人は内心決意していた。
 デートみたい、かな…… なんてお互いにちらっとそう思ってしまったこと、それぞれは知らない。


H12.1.13


うぅー、なんだか難しかったです。どちらも中途半端ーーーー(T-T)
それぞれの一人称にした方がよかったかも(-_-;) むー
そして学園祭はいったいどこへ……