取り扱い注意
15000番 桐生空音さまのリクエスト 格好いいアリスと可愛い火村
(……(T◇T) ! ……だから私には無理なんだって……/泣)
月曜の朝が憂鬱なのは、なにも学生達ばかりではない。
それでもその日はまだいい方だと思っていた。こちらに来ていたアリスと一緒に週末を過ごし、いつもラッシュ時間が過ぎてから帰るアリスに、見送ってもらえるはずだったのだから。
ところが、である。
「なー火村、宿題出してええ?」
「は?」
朝食のお礼にと後片付けを買って出たアリスが洗い物をしながら、こたつで新聞を広げる俺に話し掛けた。
「気ィ悪うせんと聞いて欲しいんやけどな、俺な、ちっとばかし怒っとることがあるんやけど」
「……俺にか?」
「うん」
ちっとも怒っている風ではなさそうだが、言っている内容は穏やかじゃなかった。
「何に怒ってるんでしょーか? が問題や。今度会う時までに考えといて」
「と言う訳で、俺、怒ってるから。先帰るわ」
「ちょっと待てよ、アリス」
洗い物を済ませた後そそくさと帰ろうとするアリスを、俺は腕を掴んで引き止めた。
「なんだよ、何か不満だったのか? はっきり言えよ」
「せやかて、何べん言うても君は真面目に聞いてくれへんやんか。自分で考えんと気ィつかへんのやろ」
わずかに背けた表情は、少しだけ拗ねたような、悲しそうな顔。
[『からかうな』っていうなら、俺の生き甲斐だから止められないな」
「……情けないこと言うな。そんなんとちゃう」
「夜の部の『イヤだ』もきいてやれないことになっている」
「アホかっ! ……もう、やっぱええわ。君に悪気がないのは解っとるからな、腹が立つ、っちゅうほどのことでもないんや。ホンマは」
「なんだよ。気になるじゃねえか」
俺がアリスのためにと思ってしたことで、何かアリスの気に障ることがあった、ということか。
「朝っぱらからこんな話して、堪忍な」
せやけど君、夜は聞いてくれへんのやもん…… とかなんとかモゴモゴとぼやく声が続く。
「したら俺、帰るから。またな。……ばいばい、ウリ」
心配そうに見上げていた瓜太郎の顎をちょいと撫でてやって、カバンを肩に掛ける。
「送らんでええから、君はちょっとそこで考えてみ? ……ガッコ遅れんようにな」
最後に心配そうに付け加えて、アリスは出て行ってしまった。なぜだか逃げ出したような印象だった。
「なー、うり。なにがいけなかったんだろうな……」
『ニャー』という彼なりの返事が返ってきたが、いくら可愛がっていたところで言葉が通じる訳ではない。
アリスと一緒に部屋を出ていった小次郎が帰ってくる。
「アリスを送ってきたのか、コオ? 様子はどうだった? ん?」
抱き上げて訊いてみるが、小次郎は俺にではなく瓜太郎に向かってなにごとか話していて、これも参考にはならなかった。
クソ… お前たちには判ってるのか? まさか察しの悪い俺の悪口言ってんじゃねえだろうな……
「はー、緊張したぁ」
婆ちゃんへの挨拶もそこそこに出てきてしまったが、信号に引っかかったところでようやく、ほっと一息吐いた。まだ心臓が少し早い。いつか言ってやろうとずっと思っていたことだけれど、なかなか改まっては言い出しにくかったのだ……
さっきは『怒ってる』と言ったが、本当はちょっと違う。なんだか悲しいような気持ちになる。
火村のしてくれることは、ほぼなんでも嬉しい。けれどアイツはたまに間違える。
俺、女の子扱いして欲しい訳やないんや……
過保護やなぁって思う時もあるけど、それは決してイヤじゃない。甘やかされるのは大好き。けど、女の子扱いはちょっとな。
その差は微妙で、自分でもうまく説明はできないのだけれど……
違うと思った時にはその場で言うようにしているのだが、いつものじゃれ合いの一環として、聞き流されているような気がする。私を『守るべきもの』と位置付けているらしい火村の認識はずっと変わらない。
そりゃ私だって火村を『守りたい』と思っているからお互いさまかも知れないけれど、『守るべき』っていうのは、ちょっと違うような気がしないか?
えーと例えば、今の時期私が外出するとき、火村に笑われるくらいブクブクに着膨れてしまうのはなぜか?
答えは、火村が隙あらば自分のマフラーを(自分も結構寒がりのくせに!)私に貸してくれようとするから。
まぁ、好きな相手にマフラーを貸してやりたい気持ちは、私も解らんではない。だがしかし、それは相手が明らかに自分よりか弱い場合に限られるんじゃないのか? 同じくらいの防寒対策をしているのだったら、普通、野郎には更に貸したりはしないだろう?
そりゃあ火村より逞しいとはお世辞にも言えないけれど、それほどひ弱でもないつもりなのだが。
同じ理由で、車や雨風や酔っ払いなどなどから庇ってくれようと前に立ったりするのも却下。…嬉しいけど。
機嫌を取るのに、モノで釣ったりしようとするのも却下。……嬉しいけどっ(特に食べ物)
ああだから、ダメだダメだ。奢ったり奢られたりはいいけど、差し入れ… も自分が行く時に返せるからいいけど、プレゼントで喜んでいるようじゃ、全然ダメだ。
火村にそんないらない気をおこさせないよう、まずは自分がしっかりしないとな。
俺、女の子とちゃうねんから。
火曜の晩に来るかと思いきや、火村はその日のうちの夜も遅くなってから、なんと花束を持って現れた。
「な、なんや、これ……」
「ゼミのヤツらに訊いてみた。恋人を怒らせた時はどうしてるのか」
「が、学生に訊いたんか? 火村先生の威厳、形無しやないか!」
そんなことをしたら、火村がケンカした恋人の機嫌を取るのに苦労しているらしいと、噂が尾ひれを伴って、あっという間に広まってしまうだろう。
「恋人に何をもらったら嬉しいかも」
「……それは女の子に訊いたんやな」
真っ赤なバラなんか持ってこなかっただけでも、褒めてやるべきだろうか?
……これは火村が選んだのかな? スイートピーにかすみ草、くらいしか私にはわからないが、淡い色合いの花を合わせて、優しくかわいい感じに仕上がった花束。とても自分に似合うとは思えないが、火村にはこれが私に似合うように見えるのだろうか……
「で、宿題は終わったんか?」
「……すまん。解けなかった」
「……せやろな」
お詫びに花束などを持ってくるようでは――― これは、極め付けの女の子扱いなのではなかろうか。
……なんて、実はちょっと、かなり嬉しかったりしてしまったのだが…… イカンイカン、しっかりしろ私。
「花瓶なんて気の利いたもんあらへんで」
大掃除の時くらいしか使わないバケツを引っ張り出して、花は取りあえずその中に浸けた。
―――花も火村も、ちょっとかわいそうだった。
「まだ怒ってるのか?」
「別に。ただちょっと悲しいかな、って」
「すまん。降参だ。答えは?」
「……君が俺から花束もろうたらどうや? 嬉しいか?」
火村はちょっと目を見開いて、しまった、って顔をした。……解ってくれたのかな? 本当に?
「けどこの花がイヤやったワケやないで? これはホンマや。……ありがと」
慌ててお礼を言う。本当は嬉しかった。火村が私のことを考えて、持ってきてくれたものだから嬉しかった。
素直に喜べる立場だったらよかったのにな……
「どうしたら許してくれる?」
「……今夜は独りで反省すること」
「……わかった。ソファで寝るのも久々だな」
「どっちにしろ今夜は仕事しようと思ってたんや。君は明日の朝早いんやろ? 俺、朝まで書くつもりやから、ベッド使うてええよ」
「いや。ここでいい」
明日は休みじゃないのに、それでも来てくれた。ベッドでゆっくり休んで欲しかったのに。
「カゼひくで?」
「お前のベッドで独りでなんか眠れるかよ」
侘しくて…… と火村は付け加えた。笑ってしまった。そして、ちょっと切なかった。
毛布だけでは寒かろうと、ベッドの上からありったけ持ってきた私を、火村は布団ごと捕まえた。
「っ、ちょお、重いっ……」
「1つ訊いていいか?」
「なんや?」
「……嫌われたわけじゃないと思ってていいんだよな……?」
そんな声、出すな。不安にさせたかった訳じゃないのに。
「悪かった」
「もう、ええから。……大好きや。おやすみ」
耳元に囁いてキスを1つ。どうかこれで安心してくれますように……
真夜中。ソファで眠る様子をそっと覗き込む。
独り寝の刑に処してやった火村は、拗ねた子供のような顔で眠っていた。
額にキスを落としてやりたくなったけど、そんなことをしたら確実に起こしてしまうので、それはしない。
怒ってなんかいない。ましてや嫌ったりなんかするわけがない。
ただ、たまに反抗してみたかっただけ。俺は女の子やない、って。でもそんな気持ちは、火村の立場では解らないことなのかも知れない。
だからこの話はこれでおしまい。長引かせるほどの問題じゃない。
独り寝の刑は、私に取っても同じく罰だったのだ。私だって、火村の隣で眠りたかった。うまく説明もできず、徒に火村を不安がらせた罰。私だったら、火村に嫌われたと思ったら平静でいられない。
ごめんな。女の子扱いなんかしたくともできんくらい、俺がしっかりしとったらええことなんやろうけどな……
火村が持ってきてくれた花束は、朝になったらインスタントコーヒーの空きビンに生けてやろう。有価物のゴミの日に出すつもりできれいにラベルを剥がしておいた、愛想のない寸胴なビンだが、バケツよりは数段マシというものだ。テーブルに置いたら、それなりにかわいく華やかになるだろう。
そしてコーヒーはいつものインスタントじゃなくて、取っておきの豆を使って淹れてやるんだ。
女の子じゃないけど、普通の男が女の子に求めるような優しさとか安らぎとか、もしもそんなものが私にあるなら、火村に全部あげたい。料理は全然下手だけど、おいしいコーヒーくらいなら私にも淹れてあげられる。
不安にさせてしまったお詫びと、精一杯の大好きな気持ちを込めて……
H12.2.11
目標! 火村にびしっと言ってやること!
結果… ご覧の通りの腰砕け〜〜(T_T) ウチのアリス、それしきのこともできないようです……(T_T)
「どこがかっこいいアリスやねん!」と言うツッコミは…… はい、甘んじてお受けいたしますです〜<(_
_)>
火村も、ただ情けないだけだし…… すみません。ぐぁ〜(玉砕)