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          霹 靂

8000番 ちなつさまのリクエスト        「片桐さんから見たヒムアリ」     . 




 火村さんについて、ですか? 有栖川さんのお友達としか……
 そういえば、そちらの大学の先生でしたね。なんでも最年少で助教授になられたとか。
 やっぱり優秀なんだなぁ……
 え、フィールドワーク、ですか? 
 それについては、僕はよく知りません。皆さんの方が詳しいんじゃないですか?
 話してくれない? じゃあなおさら、僕なんかがしゃべる訳にはいきませんよー。
 ……まぁ、初めてお会いしたのは、とある事件の時だったんですけどね。
 事件についてもノーコメントです。軽々しく口にできる性質のものではありませんから。
 ええ、その後も何度かお目に掛かってますよ。
 有栖川先生のマンションにおじゃますると、たびたびいらっしゃってますね。学生時代からのお友達だとか。
 え、そういうのが聞きたい? ……と言われましても。
 困ったなぁ………
 
 


 僕は今、会社近くの喫茶店で大学生のインタビューを受けている。
 何で一介の編集者でしかない僕がインタビューなんぞをされているかというと、彼らは――いや、彼女らは英都大学の『有栖川有栖ファンクラブ』なのだそうで、どこでどう捜し当てたのか、有栖川さんの担当である僕の話が聞きたいと、遠路はるばるやって来たのだそうだ。
 ……と言っても、何か(なんとなく想像はつくが、言わぬが花、だろうな)のイベントのついでのようだったが。
 しかし…… 見事に女の子ばっかりだな。
 最近有栖川さんに女性読者が増えていることはもちろん知っている。
 でもミステリサークルといえば、まだ男性が主流だと思っていた。まあ、あながち間違いでもなく、よくよく聞いてみれば、彼女らはあくまで有栖川有栖ファンであって、『ミステリ研究会』というのは、別にちゃんとあるのだそうだ。そちらはやはり野郎が多いのだとか。
 ともかく、有栖川さんの作品についてとか、デビューの頃の様子とかを訊かれるままに話して聞かせた。もちろん、差し支えない程度にだ。有栖川さん本人が、他の雑誌のインタビューとかで答えている範囲まで。
 担当している作家のプライバシーをペラペラしゃべる訳にはいかない。
 不用意な一言がインターネットなどに載せられて全国に広まってしまう、という危険なこともある世の中なのだ。そんなことになって作家先生の逆鱗に触れてしまったら、僕なんかすぐにクビだろうな……
 有栖川さんとは、年齢が近いこともあって友達付き合いをさせていただいているが、大事な先生には違いない。面白半分に記事にされるわけにはいかないのだ。

 でも、彼女たちはそれで納得はしないのだった。
 ついうっかり火村さんの名前を出してしまったその途端、彼女らの目が輝いた―――




 どうにかこうにか。
 火村さんについては、ほとんど何も知らないで押し通して、皆様にはお帰りいただいた。実際、ほとんど知らないのだ。有栖川さんととても仲がいいらしい、っていうこと以外は。
 しかし…… なんだな。女性に受けている理由は、有栖川さんの人柄がにじみ出ている優しい文体と、キャラクターの魅力にあると思っていたのだが、どうやらそればかりでもないらしい―――
 さっきの女の子たちを見ていると、アイドルに夢中になるように、有栖川さん本人に熱を上げているようだ。
 英都大学といえぱ有栖川さんの母校だし、火村さんのところにもよく遊びに行くらしいから、彼女たちも有栖川さん本人に会ったことがあるのかもしれない。
 会った人が思わず惹かれちゃう気持ち、解るなぁ…… 


 さて、仕事仕事。
 相変わらず書類に埋もれた自分の机に戻る。締め切りの迫った先生に進捗状況確認の電話を掛け、鋭意執筆中(のはず)の方に激励のメールやFAXを送る。
 有栖川さんには、今日のことも報告したほうがいいかなぁ……?
 午前中にもらった別の先生の原稿のチェックをしようと腰を落ち付けたところで、先ほど火村さんについて1人が言った、何気ない一言がふと頭をよぎった。
『(有栖川さんと)ちょおっと仲よすぎると思いません?』
 あのとき僕は確か『羨ましいですよねー』とかなんとか頷いて、さらっと通り過ぎたはずだったが……
 ―――彼女たち、どういう意味で言ったんだろう………?

 なんだか、一旦引っかかるとどんどん気になってくる。
 仲が良すぎるって、良すぎるって……
 そりゃあ、有栖川さんから火村さんの話はしょっちゅう聞かされてはいるけど、何を話していても、気がつくと火村さんの話になっていたりもするけど、それって…… えぇっ?
 も、もしや、よもやまさか、そういう、そういう意味なのか……????
 ………ちょ、ちょっと待ってくれ!!

 




 そ、そう言えば最近有栖川さん、こっちに出てきても僕のうちに泊まらないよな。前はいつもうちをホテル代わりにしていたのに、最近は本当にホテルに泊まっているらしい。
 この前、そのホテルのバーで飲んだ時だって―――

   「有栖川さん、もう1杯いかがですか?」
   「んんー…… やっぱもう止めときますわ」
   「もう少し、いいじゃないですか。どうせ今夜はこのホテルに泊まるんでしょう?」
   「いや、もうホントに、これ以上は…… 火村に怒られてまう………」
   「火村さんに、ですか」
   「ん…。人前で酔っ払ったらアカンのやて」
   「あはは。火村さんって、なんか保護者みたいですねぇ」

 僕はあのときも、深く考えずに軽ーく受け流してしまったんですけど、目許を薄く染めてちょっとはにかんで笑った有栖川さんに、何か引っかかりを覚えなかったわけではないんですけど、何が引っかかったのか判らないままで………
 あれは、あれはそういう意味だったんですか?
 
 あ、有栖川さぁぁぁぁぁぁん!




 思わずチェック用の赤ボールペンをグーで握ってしまっていた。こ、こんなに動揺したまま原稿チェックなんかしたら、どっかでとんでもないミスをしてしまいかねないぞ。
 それは後に回すことにして、何も考えずにできる仕事がないだろうかと顔を上げたとき―――
「おーい片桐チャン。有栖川くんの進行どぉ? 今度若手作家の座談会やりたいんだけどさぁ、参加してもらえそうかな。訊いてみてくんない?」
「ええっ、い、今ですかぁ〜〜?」
 そんな急に言われても…… 一体どんな顔 (電話だけど) したらいいのか、わかりませんよぉ〜〜 
 ( 留守にしててください、有栖川さん……!)
 泣きそうになりながら、僕は受話器に手を伸ばす。

 ああ。気兼ねなく電話できる、数少ない作家の1人だったのに…… 今度からは深呼吸が要りそうだ。
 ( せめて、せめて原稿だけは、きちんと上げてくださいね。有栖川さん……… )
 これからの付き合いに緊張を感じながらも、僕はどさくさに紛れてそんなことを思っていた―――


H11.11.29


にぶパコ……(笑) こ、こんなはずでは……(^_^;)
森下くんに続き、片桐さんもどうやら火村のライバルではないらしいです。
うちの火村、ライバルいなくて物足りないかも(大笑)