観 察
72227番 ちあこさまのリクエスト こたつと猫、そして寒さなんか全く関係ないアツアツのヒムアリ!
コタツの中に足が4本。火村とアリスの。
ご飯のときはアッチとコッチであぐらを組んでいたから、真ん中は広々してたけど、今は両方からにょっきり伸ばされてて少し狭い。
『あー、やっぱしコタツええなぁ。俺も買おかなぁ〜』
アリスが布団を持ち上げて肩まで掛けているせいで、スースーと風通しがいい。もーアリスってば、ちゃんと僕みたいにおとなしく入ってなきゃダメじゃんか。
文句を言おうと思ってソッチを向いたら、アリスの手の指がわさわさ動いてて、それを見てたらなんだかうずうずしてきた。あれは、僕に遊んで欲しいって合図と見た。
むにっと足の上に登ってソッチに向かう。
『おわ!?』
途端にぐらっと足が動いて、僕は落とされないようにぎゅーっと踏ん張る。
『ひゃはは、こしょばい〜〜』
僕の爪は小次郎と反対でいつも出てるので、それで桃にはバカにされたりするんだけど、普段はむやみに立てたりしないよ? だって歩きにくいし。でも今、この暴れる橋を上手に渡るためには必要かも。
『ウリちゃん! やめれ〜』
『何やってんだ、ウリ』
僕を呼ぶ声がして、火村の足の指がピコピコ動く。火村式、僕に構って欲しいの合図。
でもゴメン。今忙しくて火村とは遊んであげられないんだ。またあとでね。
とか思ってたら、遊んであげようと思っていたアリスの手がにゅっと伸びてきて僕を捕まえた。
『こりゃ。ここでおとなしくしとれ』
顔だけ布団の外に出るようにして、アリスのお腹の上へ。
「やぁアリス、何か用事?」
僕の顔が見たいの? それとも相談?
せっかく声を掛けてあげたのに、アリスは聞いてない。
なんだー。僕を抱っこしてるのに、顔は火村に向いてるじゃんかー。
そりゃあ、アリスの1番は火村だって知ってるけどさ。
僕の前足を取って肉球をにぎにぎ。んー、それも気持ちいいんだけど……
『ん? アカンか? うー、モゾモゾすんなー!』
アリスの手が緩んだ隙にゴソゴソと抜け出す。やっぱりコタツの中の方がいいや。
『何遊ばれてんだよ、お前は』
『あー、行ってもうた』
『振られたな』
『じゃかしいわ』
火村も遊んで欲しそうだったし、やっぱり公平にしてあげないとね。
コタツの中の火村のとこに行くと、火村は僕の顔のあたりを探り出して、足の指をグルグル回す。親指でのどや耳の後ろをぐりぐりされるのも気持ちいいけど、ひょこひょこ動く足を捕まえるのも楽しい。
『おーい。ウリは何を暴れとるん? こんな狭いとこで』
『運動』
『外でやらせぇ、外で』
『まあまあ、気にするな』
そうこうしているうちに、ずっと前にアリスがお土産に持ってきた猫じゃらし棒がコタツの外から差し込まれて、僕はもうそれを追うのに夢中になってしまった。
一頻り運動して、僕はまたコタツの隅に落ち着いた。はー、年甲斐もなくエキサイトしちゃったよ。
でも火村はまだ遊び足りないのか、未だに足をブラブラさせている。もーおしまいだよ。あとはコオにでも遊んでもらってよ。
僕が相手にしてあげないでいると、火村は誘う相手を僕からアリスに変えた。猫じゃらし棒を使って、アリスの足の上でフラフラと泳がせる。
「それじゃアリスに見えないでしょー?」
ダメじゃん。
そんなことにも気づいてないのか、火村は猫じゃらし棒で、アリスに触らないようにしながら何度も往復させる。足の先から上の方まで、ゆっくりと、何度も何度も。何かに似てるな。えーと、えーと……
そうか。ハンティングだ。
僕たちも獲物を捕まえるときは、どこに跳び掛かろうか、じっくりと狙いを定める。その視線に似てる。
相手に気づかれないように、こっそりと急所を探して。
僕は火村がアリスのどこを狙っているのか見守ることにする。
早く決めなよ。獲物に逃げられちゃうよ?
アリスに気づかれないように左右に泳ぐ猫じゃらし棒。そのフワフワの先っぽをじーっと観察しているうちに、だんだんと目が離せなくなってきた。
隙間から入るちょっとの明かりでも、そのポワポワはぼんやり浮き上がって見える。ピョコピョコと上下に揺れながら、ユラユラと左右に動く。標的はアリス。アリスのどこを狙う?
ピタリ。
一瞬止まったそれが、次の瞬間、一直線に―――
「そこかぁぁっ!」
『うぎゃーーーーーっ!!』
アリスのつま先でブンブンと踊り狂っているポワポワに、僕は気がついたら必死で躍りかかっていた。
気がついても止められない。とにかくコレを捕まえないと!
『なんやなんやなんやーーー !? 』
は。
シマッタ。
火村のヤツ。
もしかして、アリスじゃなくて、やっぱり僕が誘われてた……?
ヤラレタ……!
我に返ったのは、慌てて足を引っ込めようとするアリスの靴下に爪が引っかかり、ズルリと引きずられて明るい外に顔が出たときだった。
「ごめ〜ん」
僕はビックリ顔のアリスと、びよーんと糸が飛び出てしまった靴下、両方に謝った。
『ヒ〜ム〜ラ〜〜〜』
『ん? なんだ?』
『とぼけんな! オマエの仕業やろ』
アリスが僕を連れたまま、わさわさと這って火村のところへ移動する。
いつもいつも、アリスは火村に向かって勝負を挑みに行く。……負けるのに。
『その根拠は?』
『そうに決まっとるから』
『……なんで日常では論理のカケラもねぇんだよ、お前は』
『論理を持ち出すほどの状況かこれが。頭を悩ますとしたら、せいぜい 《なんで火村助教授ともあろう者が、時としてこんなしょーもないイタズラ小僧に成り下がるのか》 ってとこくらいや』
『そりゃ、《恋人の気を引くため》 に決まってんだろ』
『………』
ぐっと言葉に詰まって、力が抜けて、はいアリスの負け。
僕の観察によると、アリスはしょっちゅう火村にマウンティングされている。だから火村の方が偉いっていうのは、もうさんざん思い知らされてるはずなのに。人間って、ほんと覚えが悪い。
『……君、頭ええふりして、ホンマは阿呆やろ?』
『恋は盲目、ってね』
『しれっと言うな!』
『俺は俺に骨抜きなアリスを見るのは気分いいけどな。お前はお前に骨抜きな俺を見るのは嫌か?』
ん? と火村が覗き込むと、アリスの顔が見る見る紅く色づいていく。
『……もう黙れアホぉ………』
アリスは火村から真っ赤な顔を隠すように俯いたけど、僕の居場所からはそれがよく観察できた。火村の方は、勝ったからかすごく嬉しそうにニコニコだ。
いや正確に言うと、もうどうしようもないほどニヤニヤだ。
何時ものことだからそれはいいんだけど、2人の世界を作っておきながら、片手間で僕を構うのは止めて欲しいなー。僕はおざなりに背を撫でるアリスの指から抜け出し、またコタツの中に戻った。
あー、静かになった。
暫くしたら今度は火村の向かい側じゃなくて、隣の辺からアリスの足が入ってきたけど、僕はもう遊んであげないよ。なんだか疲れちゃった。
火村もちょっかいを出す相手を、今度こそアリスにしたみたいでなによりだ。
平和だなぁーーー
糸がびょーんと飛び出たアリスの靴下にはちょっとそそられるんだけど、今日の観察はもうおしまい。またさっきみたいに、してヤラレたりしないように。
「おやすみぃ〜」
突つき合い、ときどき絡まる足を横目で見ながら、僕はゆっくりと目を閉じた。
H14.1.14