おてほん
8008番 えりこさまのリクエスト 小説にちょっと恋愛色が必要になって、でもうまいのが思いつかなくて困っていたアリスが
火村の自分への口説き文句にくらくらきて、これ使わせてもらおーっていう感じで
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(またしてもクリアできてません(>_<) すみません、すみません……<(_
_)>)
困った。
親愛なる我が担当、片桐さんから進行状況確認の電話が入ったとき、私の筆は、ちょうどパタリと止まってしまっていた。幸い締め切りにはまだ間があるが、このままでは間に合わなくなるのは目に見えている。
『話の筋はほぼ決まってるっておっしゃってたじゃないですかー。あれからまた変更されたんですか?』
「いえ、以前お話ししたとおりです。けど……」
『けど、何です?』
「いや、その…… ラブシーンなしにしちゃあきません?」
『え…』
と言ったまま、片桐さんは暫し言葉に詰まった。
『どうしても、って訳じゃないですけど…… クリスマス特集だからロマンチックに行こう、っておっしゃったのは、有栖川さんですよ?』
「それはそうなんですけど……」
そうなのだ。今抱えているのは、クリスマスを題材にした短編。
クリスマスに殺人の話は書きたくなかったので、ミステリ色は何かがなくなる程度にとどめて、それを探す恋人たちの話にしようと思っていたのだ。
が、しかし。
私はどうも色恋沙汰の話が苦手だ。
作者の過去の経験を反映してか、キャラクターには惚れっぽいヤツも多く(そう、自分でもメンクイの自覚はあるのだ)、片想いはしょっちゅうさせているのだが、恋人のいる人物はあまり書いたことがない。
曲がりなりにも一応プロとして作家を名乗っている以上、いつまでもこんなことではいけないとは思うのだが、いかんせんキーを叩く指が一向に動かないのだ。
『有栖川さんらしいですねぇ…… まぁ、まだ時間はありますから、なんとか頑張ってください』
と言う、なんとも有難くも情けないお言葉を頂戴して電話は切れた。
事件解決の後に、なんとか甘いシーンの1つくらいは入れたかったのだが、思い浮かぶのは、平凡で月並みなセリフばかり。もっとこう……、読んでいる人にも幸せな気持ちを味わってもらえるような、そんなセリフはないものだろうか。
うーーーん。
思い余って私は火村に助けを求めることにした。アイツならきっと、何か気のきいた言葉を言ってくれるに違いない。
だがしかし。正直に白状するのは私の(なけなしの)プライドが許さなかったので、私は火村を、貰い物の日本酒で釣った。ホイホイと釣られた火村の、「じゃあ、つまみは買って行くから」という、気のせいでなければ嬉しそうな返事を聞いて改めて、逢うのは久しぶりだったと気がついた―――
これは取材なんだから酔っ払わないように――― 旨い酒と火村を目の前にして、あまり飲まないようセーブするのは結構辛いものがある。さっさと済ませてしまいたい。
「なぁ〜、火村ぁ、なんかしゃべってー?」
おお。ちょっと酔ったフリをしてみたら、なんだかイイ感じだ。
「なぁなぁ、何かかっこええこと言うてみて?」
「なんなんだよ、いったい」
「じゃあクイズな。クリスマスにー、大好きな人といっしょにいます。そのとき火村はなんて言うでしょーーか?」
「はぁっ!? おい、もう酔ったのか? それのどこがクイズなんだよ」
「ええからええから〜〜」
しかし…… 我ながらアホ丸出しやな。やっぱり少しは酔っているのかも――うん、きっとそうに違いない。
うう、こんな芝居するくらいだったら、素直に協力を頼んだ方がよかったかも……
「なぁ……」
返事がないのに焦れて火村の顔を覗き込んだとき、ふと目が合ってしまった。不自然でない程度に逸らしたが、火村はふうんと呟くとニヤリと笑って唇を指でなぞった。マズイ。
「察するところ、アレだな。本格推理作家の有栖川先生は、クリスマスに甘い時を過ごす恋人同士の語らいが書けなくて、スランプに陥っていらっしゃる」
「…………」
「それで自分の恋人が吐いたセリフを、そのまま転用しようと目論んだという訳だ」
「うーー、……なんでそんな、完璧に判るん?」
いつも思うのだが、私という人間はそんなに判り易いのだろうか……?
聡いのは解ってるから、もう少し手加減してくれ……
「そっか。アリスは自分が酔った時の顔を知らないんだな」
「? 俺、どんな顔してるん?」
「酔って甘えてくるときのお前は…… そうだな、取りあえず誰にも見せたくない、かな……」
さっきまでニヤリだった顔が、なんだか優しくなったような気がした。鼓動が、1つ、打った。
「俺がいない時に、あんまり飲み過ぎるんじゃねえぞ。外泊する時は禁酒させたいくらいだ」
「えー、東京行った時とか、やっぱ飲むよ? たまに会う人ばっかりやし、たいていは片桐さんとこに泊めてもらうし……」
「だ・か・ら・だ。飲んでも酔っ払いにはなるなよ? いいな」
「ん……」
へへ。独占してもらってるみたいで、なんだかちょっと嬉しい。
「なぁ、立場弱いと無理やり飲ませられてしまうかも知れん。俺が片桐さんより優位に立てるように、ちょっと手伝うて? いいセリフが思い付かんのや」
「……それでも作家かよ」
「ミステリ作家やもん。ラブストーリーは苦手なんや。今度練習しとくから、なぁ……」
「ったく。クリスマスの恋人同士だったな……?」
「うん。俺を登場人物やと思うて、どーんと来いや」
火村は天井に向かって、1度大きく息を吐いた。
「あー、……好きだよ」
うんうん、基本やな。
「聖なる夜に、乾杯」
うひゃひゃ、なーんやそれ!
「あのクリスマスツリーよりきれいだ」
……君、実はもう酔うとるな。そうやろ?
「この日にお前と過ごせないなら、生きていく甲斐がない」
クリスマスごときに、何をオーバーな。
「今夜は、離さない」
次々と繰り出される寒ーいセリフに、最初は笑い転げていたのだが……
気がつくと火村の顔が近づいてきていて、私は思わず息を飲んだ。やる気のなさそうだった顔がいつの間にか真剣なものに取って代わり、声が… 艶を増したバリトンが私の耳もとで甘く響く。
「――逢いたかった」
「…………」
コ、コラ、何ムード出してるんや!
めったに見せてくれない優しい目で覗き込まれて、鼓動が跳ね上がった。
落ち着け、俺。これはただのセリフや。俺がした変な質問に答えてくれてるだけなんやから。
「メリークリスマス、アリス……」
ひ、卑怯もん……
……ああ、本当のクリスマスは絶対に火村と過ごそう。
その当日に、この言葉と気持ちをもらえないなんて、そんなのもったいなさ過ぎる。こんな巷に溢れかえっている、何の変哲もない言葉に、不覚にも泣きそうになった。こんなとこで泣いたら、後でさんざんからかわれるのがオチだ。がんばれ。
でも名前。他の誰のでもない自分の名前を呼ばれて、架空の誰かではなく、私に向けられた言葉なんだと思い知る。自分にだけ与えられた言葉に、私は追い詰められていく。
「愛してる………」
「………ひむら」
―――結局はその一言に尽きるのか。なんて独創性のないヤツや……
しかし、頬を両手で包まれて熱く囁かれたセリフに、私は為す術もなく陥落させられた。
「うん、この顔もいいな」
引き続いて包み込むように降りてきたキスも、私は当然のこととして、待ちかねたように受け入れた―――
肝心なのは台詞ではなく、表情とか口調とか、そういうもので雰囲気を盛り上げるものなのだと教わった。
でもそうしたら、どうやって書いたらいいんだ???
相手を大切に想う気持ち、それが文章の中で上手く表現できたらいいなぁ。
しかし……
『まだですかぁ? 有栖川さぁん』
電話の向こうで情けない声を上げているのは、言わずと知れた片桐さんだ。
「お願い。もう、もう1日下さい」
一応エンドマークをつけたものがあることはあるのだが、あれを雑誌に発表するのは、ちょっと……
『1日だけですよ? 約束ですよ?』
「はい……」
結局今回の短編は、登場人物を小さな子供にした、童話じみたものとなった。
「俺はまた、メルヘン作家にでも転向したのかと思ったぜ」
「ふん、何とでも言え」
「俺のすばらしいセリフの数々はどこへ行った?」
「モデル料よこせ、とか言われそうやから止めたんや」
本当は書いたのだ。一応。恋人同士な2人を。
しかし、どうやっても男の方が火村に見えてしまって、土壇場で闇に葬った。
だって、どうしてもできなかったのだ。火村が私にだけくれる言葉を、全国の皆様の目に晒すなんて。
いや別に本当に火村って訳じゃないんだから、構わないと言えば構わないのだが、私が、個人的に、イヤなのだ。
「取りあえず誰にも見せたくない、かな……」
いつかの火村と同じことを、こっそり呟いてみる。
「あん? 何か言ったか?」
「いや、なんも」
火村があの時、持っていると教えてくれた独占欲。私だって持っているのだ、もちろん。
恋愛シーンは、火村とは切り離して精進しよう。あれは全然別のものだ。ちょっとでも似てたら困るのだ。
火村とのことは、ひっそりと大切にしまっておきたい。いつか誰かに、こっそりと自慢したくなるまで―――
H11.11.11
なんか途中で趣旨が変わったような…… まあいいや。
くらくらするセリフなんて、私が書けませんです〜〜(号泣)
ああ、こんなところでアリスな気分……
なんだか、今までかっこいい火村を全く書いてこなかったことに今更気づきました……(T_T)
アリスをくらくらさせる火村? そんなの、ウチのどこにいるのぉ〜〜
よそさまを見習え、私……