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          三者三様

42000番 佐和海月さまのリクエスト      ネコ3匹視点のヒムアリ 



 どこを捜したって、火村さんより素敵な人っていないわ。
 ほんの仔猫の時から独りで生きてきたあたしなのよ。人間と一緒に住むことになるなんて、考えてもいなかった。
 だって人間なんて、あたしの獲物を横取りしようとして追い掛けてくるばっかり。あたしが獲ったんだから、もうあたしのものなのに。たまにかわいい人間の仔がいるから触らせてあげようかと思ったって、油断するとすぐにヒゲを引っ張ってきたりして。もちろんお返しに爪を立ててやったけどね。そうするとすぐに泣き出して、今度は母人間があたしを追い払いにくるのよ。なによ、アンタの躾がなってないんじゃないの。

 でも火村さんは違う。
 誰もいないと思って、雨の冷たさに不覚にも泣き言を吐いていたびしょ濡れのあたしを、抱き上げてあったかいコートの中に入れてくれた。その頃はまだ人間なんて天敵だと思ってたから、もちろん暴れて引っ掻いてやったにも関わらずよ。
 あったかいお家に連れて来てくれて、おばあちゃんと2人で優しく介抱してくれた。

 だからあたしも野良だった頃の気ままな習慣を改めて、火村さんやおばあちゃんが自慢にできるような、立派な家猫になる覚悟を決めたの。前からこの家にいたウリもコオも、私より年上のくせして、てんで子供なんだもの。
 何の警戒心もなくデロンとお腹を出して寝ちゃうし、爪の出し方もしまい方も知らないなんて信じられない。全く、猫なら猫らしくしてて欲しいものだわ。狩りだってあたしがいちばん上手だし、いちばん身軽なんだから。
 この2匹に影響されないようにしっかりやんなきゃ。あたしはレディになるんだから!

 でも1人だけ。その人間の前では、あたしはどうにもレディらしく振舞えない。
 アリス。
 火村さんの友達だかなんだか知らないけど、しょっ中やって来ては火村さんを1人占めして行くの。ウリもコオも懐いてるみたいだけど、あたしまで手懐けられると思ったら大間違いなんだから!
 だいたいあたしは、火村さんとおばあちゃん以外の人間は信用していないのよっ。
 それなのにアリスったら、すっかり仲間みたいな顔で私のことを呼んだり撫でたりして、馴れ馴れしいったらないの。それが結構気持ちよかったりするもんだから尚さら腹が立つんだわ。

 なんでアリスのことがそんなに気に食わないのか、本当は解ってる。
 アリスが火村さんの1番だから。ズルイわ、あたしがなりたかったのに―――
 でもね、アリスがしゅんと萎れてると、不思議なことに全然嬉しくないの。
「全く、いつまで火村さんを悲しいままにしておくつもりなの? いつまでもウジウジしてないで、さっさと仲直りしなさいよ!」
 てな感じで、しっぽでペシンと叩いてあげる。ライバルを励ましてあげるなんて、あたしってなんて優しいのかしら。ま、時々はあたしも、お土産を貰ってることだしね。

 しっかりやんなさいよ。
 さもないと、今度アリスが来たって火村さんの膝は貸してあげないからね!


「ああ、おばあちゃん行っちゃったね……」
「僕たち一匹ずつにご挨拶してたから、きっと何日かお留守だね」
「大きな荷物だったしね。いいわ、火村さんのお布団で寝るから」
「どうかなぁ? アリスがくるかもしれないよ?」
「えっ、ホント!?」
「どうしてよ?」
「さっき火村が電話してたよ。相手はアリスみたいだったから……」
「えー。やだわー」
「なんで? モモちゃんだって缶のごはん好きでしょ?」
「そうだけど……」
「きれいな跳ねるボールも好きでしょ? あれもありすのおみやげだよ?」
「そうだけどっ! それとこれとは別なのっ!」
「喧嘩するなよ。……それより小次郎はアリスが好きなのか? それともお土産が好きなのか?」
「え。えっと…… 両方!」



 ボクの名前はコオとコジとコジロウと、あとコオちゃんとかいろいろある。他の2匹よりいっぱいあるのでちょっと得意。だから名前を呼ばれると嬉しくて、たーっと走って行く。たいてい抱っこしてくれたり、撫でてくれたり、たまにおやつをくれたりするしね。
 この家のネコはうりとボクとモモちゃん。
 それからニンゲンはおばあちゃんとヒムラ。それとときどきありす。ありすはたまにしかここに住んでないけど、やっぱりここのニンゲンなんだと思う。たまに来るお客さんとは違うし。
 モモちゃんはイヤだって言うけど、ボクはありすが来るのは大好き。おばあちゃんやヒムラみたいにおいしいご飯は作ってくれないけど、たまにしか食べられない缶のごちそうを持ってきてくれるんだ。
 また来てくれないかなぁ……

 ボクはお庭の木に登って通りを眺めるのが好き。塀の上とか、屋根の上とかも好き。今は寒いから、2階の窓の桟に上がってガラス越しの景色でガマンしてるけど、本当は外の方が好きなんだ。
 特にお日さまが沈む頃になると、あっちこっちからいい匂いがしてくるしね。
 遠くまで見えるから、おばあちゃんが買い物から帰ってくるときに途中までお迎えに行けるし、ヒムラやアリスの自動車が来るのもすぐに判るんだ。

 ヒムラが1人で自動車から出てきたときに「おかえりなさい」って言うと、ヒムラはボクの方を見て『ただいま』って笑う。ありすと2人で出てきたときは、ありすはボクに向かって『お〜い』って手を振るけど、ヒムラはボクをちらっと見て、あとはありすの方を見ている。
 ありすが1人で来たときは、ありすはボクに『おいでおいで』をして、その場でご挨拶する。そのまんまありすに抱っこされておうちに入ると、ヒムラはちょっとコワイ顔でボクを見る。
 睨まないでよ。……気持ちは解るけどさ。

 ヒムラは、ありすがよそ見してるのがイヤなんだよね? ぼくも撫でてもらうときは、ボクのことをちゃんと見ていてくれなきゃイヤなんだ。おんなじだね。
 ヤキモチっていうんだって、それ。
 だからボクはすぐにありすの腕から降りて、ヒムラの足にしっぽを巻きつけて「ごめんね」って言うんだ。そうするとヒムラはすぐに機嫌を治して、ボクを肩に乗っけてくれるから。
 でもね。そうしながらありすの方ばっかり見てるんだから。そしたら今度はボクが怒る番なの。

 いいもん。そういう日はありすと遊ぶんだもんね。ヒムラとは遊んであーげない。


「あっ、ありすだ」
「なんですって。やっぱり来たの?」
「火村が機嫌よく掃除して、どっさり買い物してきてたもんねー」
「あーもう。静かに過ごせますように、って願ってたのに。またバタバタとうるさくなるんだわ」
「ぼくたちにおみやげ、持ってきてくれたかなぁ〜?」
「どうかなぁ? お酒のことが多いよね」
「えーーーー、自分たちばっかしー!」
「あんたはいっつもがっつき過ぎなのよ。覗き込んで催促してたって、ご飯ができるスピードは変わらないのよ。却って邪魔になってるだけじゃないの」
「だって、おいしそうな匂いがしてくるんだもん」
「猫なら猫らしく、もっと毅然としていたらどうなの。猫って誇り高いものなのよ。あんた見てると、人間にベッタリの犬みたい」
「イヌじゃないもん!」
「もう、喧嘩ばっかりしてないで…… ホラ、アリスを迎えに行かないのか?」
「行くっ! ヒムラより先に行くんだー!」
「あたしはここで待つわ。どうせすぐに上がってくるんだし。どうぞ行ってらっしゃい」



「いらっしゃいアリス」
『ウリー、コオー、久しぶりやなー。元気にしとったか? ん?』
 久しぶりに見るアリスは、いつもと同じようにニコニコと元気そうだった。
 すぐに火村も降りてきたので、僕は場所を譲る。すこし離れた方が、アリスのもっと嬉しそうになった顔がよく見えるしね。

 それにしても、2人ともいい顔してるなぁ。
 火村は僕たちが遊んであげてるときよりもずっと優しい顔してるし、アリスはご馳走をもらった小次郎みたいにピカピカに嬉しそうだ。
 よかったね。前はこんなじゃなかったもんね。


 まだ小次郎も桃もこの家にいなかった頃。
 アリスは今みたいにしょっ中来てるわけじゃなくて、たまーに夜遅くなってから、ネクタイを締めて大っきいカバンを持って遊びに来るお客さんだった。
 昔のアリスは、火村が一緒のときはいつもにこにこしてたけど、火村がいなくなると途端にすごく寂しそうな顔になって、僕をぎゅっと抱っこしてたっけ。
『俺もここんちの猫やったらな…… そしたら、火村と一緒にいられるのに』
『なぁウリ、俺、ちゃんと笑ろてるよな? ちゃんと隠せとるよな?』
『もう、しんどい。……俺、隠し事には向いてへんねん』
『けどな、もし、もし気付かれたら終わりや。もう火村に会われへん。そんなん嫌や。なぁ?』
 なんて言ってるのかはよく判らなかったけど、哀しそうなアリスがかわいそうで、僕はじっくり話を聞いてあげて、一生懸命に慰めた。
『ひむら……』
 僕を抱きしめているのに、アリスはときどき間違えて火村の名前を呼んだ。そんな時はいつも泣きそうな声になってるので、きっと悲しくて頭が回らないんだろうと思って許してあげた。ナイショだけど、火村もたまにそうだったんだよ。

 アリスが悲しい顔をしなくなったのは、いつ頃からだったかな?
 それはよかったなぁと思うけど、代わりにときどき部屋から追い出されるようになった。ばあちゃんの部屋もあったかくて好きだけど、アリスが来てるときは一緒に遊びたいのにー。
 きっと今夜も。でもワガママは言うだけ無駄なんだ。
 いつか部屋に入りたくてバタバタしてたら火村が出てきて、やっと開けてくれたと思ったのに、それはそれは恐い顔で叱られた。ちぇ。火村がアリスと喧嘩してたとき、ずっと僕が慰めてあげてたのに。
 けど火村もアリスと2人で遊びたいんだと思ってガマンする。もうオトナだからね。明日になったら、また遊んでくれるもん。


「ああっ、また今夜も追い出すつもりなの? ひどいじゃない!」
「入れて〜 入れて〜」
「……いいかげん諦めなよ。こういう時はいっつも、絶対に入れてもらえないんだから」
「だって今日はおばあちゃんもいないのよ。寒いじゃないのっ!」
「ありすともっと遊んであげようと思ったのにー」
「怒られたくなかったら、静かにしてた方がいいと思うけど」
「今日はアリスのせいでうるさくて、炬燵でお昼寝もできなかったのよ。夜は炬燵も冷たいんだもの」
「だからさ、みんなでくっついてればあったかいのに、桃はいっつも嫌がるんだもの」
「あたしはアンタたちと団子になるつもりはないのっ! ……火村さんとならいいけどぉ」
「ヒムラは今日はありすとニンゲン団子になるんだよね。ボク見たことある」
「それが腹が立つんじゃないの! 全く……」
「けどヒムラも加減してあげなきゃダメだよね。あんまり圧しつぶされると、ありす泣いちゃうんだよ」
「―――」
「―――んもう許せなーい!」
「桃、いつまでも襖を引っ掻いてると、火村に怒られるってば」
『ウルサイぞ、桃!』
「……」
「……ほらね」
「……何であたしだって判るのよ」
「……」
「ヤキモチ焼きだからだよね」
「なんですって!?」
「馬に蹴られないようにね」
「ウマぁ? どこにいるの?」
「……明日になったら、あたしの方がアリスを蹴飛ばしてやるんだから!」



 猫たちの夜は、終わらない。

H13.1.31


どこで切ったらよいものやら…… と、井戸端会議の途中でぶった切りました。
有栖川先生によると、桃の一人称は絶対に『アタイ』なんだとか?
今どき聞かないよな、アタイって……(-_-;)