報復措置 (厳重注意
!! 『ペルシャ猫の謎』を未読の方は読んじゃダメです)
92500番 夏々桜さまのリクエスト フィールドワークに一緒についてきたアリスが火村を庇って・・・。
(アクションとか危機一髪とか、そういった要素は一切ございません)
「先日の武庫川の事件では、なかなか面白い解決策を披露されたようですな」
地道に頭を下げて現場に入れてもらっていた駆け出しの頃と違い、最近は不可解な謎が散りばめられた事件になると、警察の方から火村にお呼びが掛かるようになってきた。しかし、その場の全員が諸手を上げて歓迎してくれるのは大阪府警の船曳班くらいのもので、当然ながらまだまだ煙たがっている人も多い。
「あの男には我々も手を焼かされましてね。ちっとも納得してくれへんのですから。ま、犯人も捕まったことやし、もう関わり合いにならんでもすみそうですがね」
その筆頭が彼、兵庫県警の野上巡査部長だろう。
「先日最後の手続きに伺った時に、先生に言い聞かせられた説について話してくれましたよ。いかにも不本意といった調子でしたがね。……無理もないが」
内心おもしろくないのを押し殺している人も多いのだろうが、この人ほど露骨に態度にあらわす人も珍しい。いっそ無邪気と言いたいほどで、それを向けられる身としては閉口してしまうのだが、小説の登場人物にいたらちょっといいキャラクターかもしれない。今度使ってみようかな。
「世界には自分と同じ顔をした人間が3人いる、とか言いますな。それを見た人間はまもなく死んでしまうとか? いやはや」
叩き上げの彼からしてみれば、部外者が大きな顔をして現場にしゃしゃり出てくるのが癇に障ってならないらしい。それでも追い出すようなことをしないのは、火村にそれなりの実績があるからだ。認めざるを得ない悔しさが、態度の端々に現れている。ねちねちと繰り返される嫌味にも。
「なんにせよ、私なんぞには思いもよらなかった案ですわ。今回も楽しみですな」
………………。
普段火村をこき下ろす機会がないからだろう、今日の彼はなかなかに饒舌だ。いつもの仏頂面も緩みがちで、大人げないにも程がある。頼みの綱の樺田警部も、毎度のことだと取りなそうともしないし。
火村は柳に風と受け流しているが、腹の虫がおさまらないのは私の方だった。
うぬぅ。
『火村の敵は私の敵』、というほど大げさなものではないのだが、大事なヤツが馬鹿にされてるのに平然としている方が人間としておかしいだろう? 友人だったら――決して『恋人だから』ではなく――当然のことだ。
というわけで、私には腹を立てる権利があると思う。うん、あるはずだ。
「そんなん、もしかしたらどっかにいてるかも知れへんやないですか」
相手にしたらダメだと頭では解っているのに、我慢できずについ、ポロリと口に出してしまった。
「おや? さすがに不可解な知識をぎょうさん頭の中に蓄えとられる先生方は違いますな。あの先生のお友達だけのことはある…… 生憎、私は自分の見たものしか信じない質でしてね」
言うだけ言って満足すると、背を向けてそそくさと行ってしまう。捜査中に向こうから話し掛けてきたくせに、いかにも 『無駄口を叩いて時間を無駄にしてしまった』、というように。
くっそー、どうしてくれようこのオヤジ。
………。
ふと。
湯気が出そうな私の頭に、ふと閃いたもの。
『この男に自分のドッペルゲンガーを見せる』
…………。
うっかり浮かんでしまったその子供じみた思いつきに、私はとんでもなく誘惑された。もちろん本物は無理だから、そっくりさんだ。野上そっくりに変装できる人間がいないか捜してみようかな。
幸い私にはいくつかのアマチュアの劇団に伝手がある。頼めばやってくれそうな人間を、誰か紹介してはもらえないだろうか?
そうして県警の周囲を2、3日うろついてもらえば―――
万が一にもそっくりさんが捕まってしまうなんてことになったら冗談ではすまないが、果たしてこれは犯罪になってしまうのだろうか? 嫌がらせには違いないけれども……
「―――アリス、なに考えてる?」
私が具体的に何人かの顔を思い浮かべて検討していると、火村から醒めた声でチェックが入った。
「べ、別に何も……」
「白々しいんだよお前は。何を考えてるか知らないが止めとけよ」
む。
「せやかて、君は悔しないんか」
「だからと言ってバカな真似されるくらいなら、言われっぱなしの方がまだマシだ」
「バカ言うな」
「じゃあアホな真似だ。するなよ」
「…………」
畜生。なんで止める。せっかく私が敵を討ってやろうというのに。
「不満そうだな」
「…………」
悔しいを通り越して、なんだか物悲しくなってきた。
「説明しなきゃわかんねぇか?」
「そら、アホなことやてわかってるけど……」
コイツのために私が悔しい思いをして、バカは百も承知な考えを捏ねくり回したりしているのに、当の火村は涼しい顔で私に説教なんかするのだ。
「馬鹿。違うよ」
まただ。よっぽど読みやすい顔をしている私が悪いのか、こちらが何も言っていないのに返事が返ってくる。毎度のことだが情けない。
「わかったからもう言いなや」
ふん。どーせ俺なんかな。
自分でも分かっているのだ。火村から見たら私の企みなど、さぞかし底が浅いことだろう。
「だから違うってのに」
「何が」
「説明してやるから機嫌直せ」
何を説明してくださるというのかこの先生は。なぜ馬鹿なのかを説明されて、私の気分が良くなるとでも?
「お前がその、何だか解らねぇがその案を実行したとする」
「ふむ」
「お前のことだから、何かしらボロを出して失敗するだろ」
「……もしかして喧嘩売っとるんか?」
「お前に隠し事は無理だろ。悪事ならなおさらだ」
そりゃ火村が聡すぎるからだろう。私に関しては特に。他人相手なら、少しは別なはずだと思うのだが。
「それで?」
「失敗したら俺だけでなく、今度はお前にも嫌味の矛先が向くぞ」
う。確かにな。
「そら、ヘマしたら俺のせいやし、しょうがないけど……」
あまり考えたくもないし、精神衛生上にもよろしくなさそうだ。でも、それで火村への攻撃が少しは分散されるのなら―――
「俺が困る」
びっくりした。
「お前に矛先が向くのは、俺がイヤだ。我慢できない」
「な…っ」
びっくりした。あんなにも飄々と受け流していた火村が。
「腹が立って報復したくなるし、アリスと違って俺ならちゃんと成功させるし」
「喧嘩売ってんなら買うで」
「成功させちまったら、さすがにもうお呼びが掛からなくなるかもしれねぇしな。そしたら俺が困るだろ」
びっくりした。私よりずっと大人だと思っていた火村が。
「だから、俺の研究のためを思うなら止めといてくれ」
確かに彼らに表立って反発されないのは、火村が謙虚な態度で臨んでいるからだ。それにしても。
「…………」
ダメだ。顔が笑う。火村のヤツ、めちゃめちゃカワイイことを言うではないか。
「気持ちだけ貰っとくから」
「……よしゃ、わかった。そん代わり、取り敢えず今回の事件もサクっと解決せぇ。あのオッサンらに負けんな。思い知らせたれ」
いつの間にか直った上機嫌を抱えて、私は感謝の代わりに発破を掛けた。
「勝ち負けで参加しているつもりはねぇんだけどな…… ま、いいか」
これ以上彼らに、火村に文句をつける隙を与えないために。
悔しいが流石だと、今まで以上に認めてもらえるように。
H14.11.11