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500番  葉山来幸さまのリクエスト   火村を「守ってあげたい」アリス





 タイムマシンが欲しい―――



「え、帰ってまうの? 泊まってけばええやん」
 フィールドワークの帰り、車を駐車場でなくマンションの前に止めた火村に、慌てて声を掛ける。。
「疲れてるんやし、明日ここから出ても間に合うやろ」
 帰したくない。今日は、現場が凄惨だったから。
「なぁ、ええやろ。帰らんといて」
 不安そうな顔をして見せる。私にだってこれくらいの芸当はできるのだ。私の方がダメージを受けたから一緒にいて欲しいのだと、そう思ってくれるように。
 一緒にいたい。今夜は火村が、あの夢を見てしまうんじゃないかという気がして。



 火村のために、何をしてあげられるだろうと考える。何でもしてあげたい。でも結局は、何もかも自分のためのような気がするのだ。
 フィールドワーク先で嫌な思いをしたり、逆恨みされたりしないように祈ることとか。
 いつも笑っていようと思うこととか。
 火村に抱かれながら、思いっきり抱きしめ返すこととか。
 話してくれるまで、何も訊かずにいることとか。
 こちら側に引き止めたいと願うのだって、みんな私がそうしたいからだ。私が、火村が辛いのが嫌だから。

 何が本当に火村のためなのかわからない。


 やっちゃいけない事は、なんとなく解る。
 いくら火村のためだといっても、私は火村をかばって怪我をしたり、ましてや死んだりなんて絶対しない。
 だって、もしそんなことになったら火村はどうなる? 火村に余計な負い目を負わせたくはないし、死んでしまうのは自分もイヤだ。
 火村に逢えなくなる。忘れられてしまう。そんなのは嫌だ。
 それに、自惚れだと笑われても仕方がないけど、……火村が壊れてしまいそうな気がするから。

 それから、私は犯罪者にも絶対なっちゃいけない。
 私が犯罪者になったら、火村はどうするだろう? 私の罪を暴くだろうか。犯罪者リストに私の写真を加えるだろうか。それとも、信念を曲げて庇ってくれるかな……
 どうするにせよ、それは火村を打ちのめすに違いない。そんなこと、絶対にさせられない。

 ―――やるなら、完全犯罪だ―――






 ――ほら、やっぱり。

 真夜中の悲鳴。
 飛び起きた背中が顫えている。火村は嫌がるけど、こんな時、私は君に独りでいて欲しくないのだ。
 もう、知らない振りなんかしない。
 起き上がって、そっと火村の両手を取り、そのまま持ち上げて私の顔に押し当てる。ビクッと引っ込めようとするのを許さずに、頬を擦り寄せた。
「ほら、なんもついとらんよ。きれいな手やん」
 微かに震えているのが哀しくて、胸に抱き込んだ。優しくも力強くもなれる大きな掌と、なんでも器用にこなす長い指。私はこの手が大好きなのに。火村はこの手を許せないのだろうか……



「なぁ、もうやめよ……」
 こんな悲しいこと。
「今でもその人のこと殺したいて思てるわけやないんやろ? そん時の自分が許せんだけなんやろ? 
……でも、でもな、もう忘れてもええやん。昔のこと、いつまで引きずればええのん? 俺かて……」
 いいさ、言ってしまえ。
「人を殺したいと思ったことなんて、俺かてあるよ?」
 抱き込んだ両手が、ピクリと動いた。


「心配せんでも、君に俺を警察に捕まえさせるようなことはせえへん」
 顔を上げると、火村の昏い目がこちらを向いていた。私は微笑もうと努力する。どうせ泣き笑いにしかならないだろうことは承知しているけれども。
 本当は、いつも恨んでる。
 火村をこんなに苦しめてるんは、こんなにも火村を縛って放さへんのはどこのどいつや! って。
 できることなら、火村がそんなことを思いつめる前に出逢いたかった。こんなに追い詰められる前に親友になってなんとかしてやりたかった。
 でも、それは叶わなかったことだから―――




 ここにタイムマシンがあったら、迷わず火村の過去を探しに行く。プライバシーなんて知らない。
 変なおっさんと思われても、火村がそんなにも苦しむ事になる前になんとかして力になりたい。
 だめならいっそ、その前に俺のこの手でその人のこと……!

 でもそうしたら、火村はきっと犯罪学者になんかなっていなくて、現在に戻ってきたら知り合いでもなんでもないことになってるのかも知れないけど。結婚の1つや2つ、してるかも知れんなぁ……
 それでもいい。
 本当はよくないけど、耐えられるか自信ないけど、でももう10年以上も火村がうなされる姿を見てきた。それが全部取り消しにできるんだったら……

 はは、アホや、俺。出来もしないこと考えて、それで落ち込んだりして。
 今できること考えな。



「ミステリ作家をナメたらあかんで。俺は完全犯罪企んどるんやから、とっ捕まって君を苦しめたりはせえへん。ちゃあんとバレんようにやるから」
 タイムマシンで過去の人間を殺してきたとしたら(どこがミステリ作家やねん! と一応自分にツッコんでおく)、捕まりはしないだろう。大学入学前なら時効も成立だ。
「考えるだけで犯罪なんやったら、俺なんかとうに刑務所行きや。……でもそんなんちゃうやろ? この手はまだ何もしてへんやないか! やってもいない罪を被せるんはかわいそうや! もう、やめよ……」
 震えるな、声。火村は黙って聞いている。
「嫌な夢見たら、ああこわかった、って、それで終わりでええやないか。それは夢や。ホンマにあったことみたいに苦しむの止めてや」
 私は一生懸命訴える。下心はありありだ。
「……なぁ、俺は今の君が好きや。それじゃあかんの? 火村が誰より優しいこと、俺が知っとるよ。俺の好きなヤツのこと、火村は認めてくれへんの? なぁ……」
 プライドなんかどうでもいい。媚びてると思ってくれても構わない。
 どんな情けない手を使ってもいいから、私のことをもっともっと好きになって欲しい。


 火村が、本当は向こう側へは行きたくないことを知っている。
 犯罪者に惹かれるという君を引き止めるためには、どのくらい重い枷になったらいいのだろう……?
『もっと好きになって欲しい』なんてえらいワガママやけど、好きになってくれた分だけ、枷の重みが増すってことと違うかな。
 引き止められるだけの重さになれて初めて、やっと君の役に立てる、ってことやろ?
 せやから俺は、もっともっと火村に愛されなアカンのや……!




「……手、放してくれるか」
 火村が言うのにはっとして顔を上げる。どうしようかと迷ったけどちゃんと私を見てくれていたので、言うとおりに、抱き込んでいた火村の手を解放した。
 どうするかと見ていると、火村はしばらく掌を見詰めながらためらっている様子だったが、やがて自分から手を伸ばして私を抱きしめてくれた。
 しっかりと廻された腕に込められた力が嬉しくて、暫くそのまま動けなかった。
 
 犯罪者なんかに負けない。
 過去になにがあったか知らないけど、私といることで、いい思い出だけを積み重ねてくれたらいい。
 そして私は君にいっぱい助けてもらう。そうして私の力になれたことで、ほんの少しだけでも火村が自分を許せたらいい。
 俺が自分のワガママでやってることも、結局は火村のためになることやと思ってもええかな?
 そしたら2人とも幸せになれて、一石二鳥や。

 幸せになろ、火村。
 いつかきっと、私は君の中で何よりも重い存在になってみせる。
 絶対に、引き止められるだけの存在になってみせるから。だから………



H11.8.12



ああ、リクエストと違う〜(泣) アリスが勝手にぐるぐるしてます。
ヒムラーの皆様すみません。セリフ1コしかないよ……