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        vsラフレシア (タイトル変更/笑)

55555番 萌梨さまのリクエスト   何今の?当てられたような気がする。くらくら
……というようなバカップル的はなし。
 




 このホテルはなんだか危険だ。
 石垣島リゾートホテルでの『トロピカル・ミステリー・ナイト』というたいへん美味しい企画――仕事は得意分野。かつ英気をも養ってもらえる(更に僕も遊べる)――を、編集部内での争奪戦に競り勝ち、有栖川さんにお願いするのに成功した。
 有栖川さんはモニターとしての役割を完璧に果たし、主催者側にもたいへん満足していただいた。まではよかったのだが……
 どうもいけない。
 英気を養う代わりに、鋭気がどんどん抜け落ちているような気がするのは、僕の気のせいだろうか?


 ホテル・ラフレシア。
 世界一のもてなしをしたいという志により、世界で1番大きな花の名がつけられたというこのホテルは、その目標どおりに、あまりの居心地の良さで人々を虜にしているらしかった。
 昨日鍾乳洞で出会ったご夫婦がさんざん褒めちぎっているのを聞いた時は、はっきり言って眉唾だと思ったものだ。しかしその後、タクシーの運転手の評判を聞いて、一気に信憑性が高くなる。
 思い返してみれば、切れ者と評判の火村さんが着くとすぐに寝こけてしまったのも、ホテルの魔力に早々にやられてしまったからかも知れない。
 思う存分リラックスして頂いて、その後で犯罪に関する本を書いて頂くべく原稿依頼を! と手ぐすね引いて待っているのだが、肝心の火村さんは、穴熊みたいに部屋に閉じこもったきりで。これじゃいつになったらチャンスが訪れることやら。この件に関しては、有栖川さんからの協力がなぜかほとんど得られないのだが、火村さんを部屋から引っぱり出すくらいのことはお願いしたいものだ。
 その有栖川さんに至っては、『読者が何人いてるかなんて、どうでもいい』なんて、どこかトロンとした目で言いだして僕を慌てさせてくれるし。
 あの時は本当にラフレシアの毒に当てられたんだと思った。だから慌てて注意したのに……
 ゲームの方は、さすが有栖川さんというべきパーフェクトな回答を見事に出してくれたが、とろけそうな顔でハムを頬張っている幸せそうな姿を見ていると、どうにも昨夜の冴えが信じられないような気がしてくる。
 それじゃ困るんですよう。腑抜けにするために誘ったじゃないんですから。
 有栖川さんには、ここで養った英気を基に、これからバンバンと良い作品を生み出してもらわなくては!





 朝食を食べ終えても火村さんが姿を見せないため、有栖川さんはフロント前の内線電話を掛ける。
 まず部屋から出てきてもらわなくては話にならない。せっかく石垣島まで来たのだから、火村さんにはホテルのサービスばかりではなく、周りの景色も堪能してもらいたい。
 そうしてすっかり寛いで頂いたところで、今夜にでも話を切り出すのだ。
 受話器を置いてVサインを出す。さすがは有栖川さん。起きたばかりらしい火村さんを、午後から竹富島に行こうと誘い出すことに成功した模様。
 あ、嬉しそう。
 有栖川さんは早速に竹富島に関する情報収集を始める。『付き合うてられへんわ』 なんて呆れ果てたような声を出しながら、何なんですかその生き生きとした満面の笑みは。
 でも、昨日から現れはじめていたトロンとした表情よりは、よほどこの人らしくて安心できるものだった。


 お昼近くになり、僕らはようやく火村さんと顔を合わせることができた。
 昨日とは全然違う、精気に溢れた顔。別に昨日も僕の目には普通に見えていたのだが、やはりお疲れだったということなのだろう。
『片桐さんのおかげ』 だなんてリップサービスまでしてくれるとは、かなり機嫌がよさそうだ。
 よっしゃー! これで執筆の件も、半分は貰ったも同然だ。頑張れ自分。
「で、上手く行ったのか? ラフレシア殺人事件は」
「誰に言うてんねん。俺は有栖川有栖やぞ」
「だから心配してんだろーが。いつも奇抜な推理で、間違った選択肢が行き止まりだということを示して頂いて、こっちは助かってるがな」
「むーーーーー」
 僕が内心ガッツポーズを取っている隙に、有栖川さんと火村さんの会話は滑り出す。と言うより急発進? ゆっくりと休養をとったせいか、火村さんは舌の方も絶好調のようだ。
「ま、まあまあ。現実の事件とミステリは違いますから…… 有栖川さんの推理はパーフェクトでしたよ」
「それ、あんましフォローになってないような……」
「そうですか。よかったなアリス、片桐さんの顔を潰すようなことにならなくて」
「放っとけ」
 有栖川さんは子供みたいにイーっと歯を剥き出した。
「なんやもう。せっかく石垣島まできて寝てばっかやったヤツに言われとうないわ。おかげて予定が立てられへんかったやないか。謝れ」
「拗ねんなよ。昨日はお前の方が仕事だったんだろうが。片桐さんと」
「ふん。昨夜の有栖川有栖様には、捜査にしゃかりきにならんでも、友人と一緒にバーに飲みに行くくらいの余裕はあったんや。事件の前には鍾乳洞探検に行く暇もあったし」
「………」
「あそこで君と寺坂さんらに会わんかったら、更に散歩にも出かける予定やったんや。ひ・と・り・でな」
 ああ。それじゃ火村さんを喜ばせるだけのような気が。
「バー行く前に部屋に電話したんやぞ。それやのに出んかったってことは、そん時にはもう散歩に出てたっちゅうことやないか。君1人でずるいわ。俺かって夜の浜辺、歩いてみたかったのに……」
 有栖川さんの繰り出す恨み言は、聞けば聞くほどに、構ってもらえなくて寂しかったという意味にしか聞こえない。
「まだ今夜があるだろ?」
「…………」
「付き合ってやるよ。夜の散歩もホテルのバーも。―――お望みなら1晩中でも」
 最後のボリュームを落としたセリフに、有栖川さんはポンと音がするほど赤くなった。全くこの人は。
 お熱くて結構なことで。

 こんなに判り易いのに、結構長い期間気付かなかった自分の鈍さに呆れ返る。
 僕がこの2人の仲に思い当たってしまったのは、彼らを知る学生の思わせ振りな一言からだったのだが、まさか学生たちの前でも、普段からこんな会話を繰り広げているとでもいうのだろうか?
 それはそれで楽しいような気もするが、教育上、果たしてそれでいいのか……?
 いやまさか。
 きっと火村さんも有栖川さんも、ラフレシアの毒に当てられたせいで、箍が緩んでいるんだ。
 あの幸せそうな顔。きっとお互い以外、目に入っていないに違いないぞ。
 よもやまさか、2人してここに残って漁師になる、なんて言い出したりしたらどうしよう―――


「片桐さんもそれでええですか?」
「え、ええっ?」
 いきなり振られて飛び上がった。火村さんの視線が痛いと感じるのは、2人を肴に、勝手なことを考えていたせいだよな。まさか見透かされているなんてことは…… え、なんですって?
「だからー、今夜の予定ですよ。夕食後は散歩行って、それからホテルのバーで飲みませんかって」
 って、こんなに大っぴらに惚気られたあとで誘って頂いても…… 
「いえ、僕は……」
 有栖川さん。火村さんの『しょうがねぇな』ってな視線に気がつかないんですか? きっと内心、『そこがまたアリスらしい』とか思ってるんだ。『出来の悪い子ほどカワイイ』的思考に違いないぞ。
「何で? あの<星砂>ってバー、きっと片桐さんが好きそうやと思ったのに」
「昨夜遅かったんで、今夜はゆっくり休もうかな、なんて。はは……」
 ええ、ホテルのバーも夜の浜辺もとっても魅力的ですが、夜のデートにおじゃまできるほど、僕の神経は図太くないんですよぅ〜
 ああ。せっかく今夜は火村さんに直訴しようと意気込んでいたのに。これじゃ、アタックする以前に近づくことすらできないぞ。
 でもまぁ、しょうがないか。
 火村さんを誘ったのは、犯罪学の本を書いて頂くのがもちろん1番の目的だったけれど、有栖川さんに喜んでもらいたいっていうのも、ちゃんと理由の1つとしてあったんだから。
 それに、ここは火村さんに恩を売っておくのも1つの手かも知れないし。
 この次にチャンスがあったら、絶対譲りませんよ。いや、竹富島に向かう船の中とか、帰りの空港の待ち時間にだってまだチャレンジ出来そうだし。
 あー。今夜は僕の方から、ぜひとも<星砂>にご一緒しましょうと誘うつもりだったんだけどなぁ〜 人魚姫みたいに可愛い女の子ばかりだって話だし、未練が残るなぁ。
 2人が散歩に出かけたら、ちょっとだけでも独りで飲みに行こうかな…… 

『まぁ、いいか』
 編集者としての粘りと根性はしっかり持ち合わせていると自負しているのに、今回に限ってはあっさりと引いてしまってもいいか、なんて。僕もやっぱりこのホテルの毒に冒され始めているとしか思えない。
 きっとここには人を酩酊させて虜にする、麻薬のような空気が流れているに違いない。
 おお、なにやら阿片窟のようではないか。そんな怪しげなホテルを舞台に、有栖川さんに1本書いて貰うってのはどうだろう? 事件を未然に阻止する話なら書けるかもと、たしか昨夜言ってたよな。
 腐っても編集者。転んでもタダでは起きないのだ。
 頑張れ片桐。ラフレシアなんぞに、やられてたまるか。
 例え他の人々が、幸せ気分を満喫するあまり浮世を忘れてしまったとしても、僕だけは。
 2人が取って食われそうになったら、目を覚まさせてやらねばならない。

 それは独り者の僻みなのでは? という内心の声は無視して、僕はお2人の原稿とリゾートという一石三鳥を狙うべく、決意を固めるのだった。



H13.8.21


火村が下りてきてから寺坂夫妻が来るまでの時間を、ちょいと引き延ばしてみました。
あの後、竹富島へは行けたのかな?
成り行きで、『仕事に生きる片桐』てな話になってしまいました。不本意。バカップルが目立たん。