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         共同作業

1500番 じむさまのリクエスト    「たこ焼きにチャレンジする二人(料理でも可)」 



「……でな、結婚式ってのは別れる切れるはご法度なはずやのに、何でケーキ入刀なんかなぁって……」
 アリスの真剣な目は、前に座っている火村ではなく、じゅうじゅうと音と煙の立ち昇るテーブルの上に向いている。
「どうせ最初の共同作業やったら、ケーキの最後の飾り付けに、新郎新婦の人形飾るとかやなぁ……」
「失敗して転げ落ちたらマズイじゃねえか」
「うわ、そら確かにシャレにならんわ」
 くだらない世間話をしながらも、手は休めない。ワープロを叩いている時より熱心なんじゃねえか、と火村に思わせつつ、アリスは串を使って、くるくるとたこ焼きをひっくり返す作業に没頭していた。
 
 珍しく電車で外出した帰り、アリスがいきなり「たこ焼き食べたい」などと言い出したため、自分で焼くことのできる、大阪駅近くのこの店に入った。「焼きながらの方が絶対ウマイ」という、アリスの意見である。

 普段、料理音痴なアリスからは想像できないほど器用に、ひょいひょいと面白いようにひっくり返していく。
「お前、本当にこれだけは、いつ見ても上手いよな……」
「恐れ入ったか! ……だけ、は余計やで」
 半ば呆れたように言う火村に、アリスは得意満面で答えた。
「ふふん、この道30年の熟練の技や。こんどウチ来たら作ったろか?」
「たこ焼き用の鉄板なんかあるのか?」
「あったりまえや。ここをどこやと思っとるん? 天下の大阪やで。たこ焼き器くらい、どこんちにもあるわい」
 胸を張るアリスの言葉は言い過ぎじゃないかと思われるが。他の地域に比べたら、格段にポピュラーなのは確実だろう。
「大阪の子供はなぁ、ご幼少のみぎりから、このテクニックを仕込まれて育つもんなんや」
 これもまた、断言するには乱暴な意見であるが。有栖川家ではそうだったらしい。
 『熟練の技』というよりは、未だに面白がってやらせてもらってる子供みてえだな、と火村は思ったが、賢明にも口には出さなかった。
「他の技も、もうちょっと仕込んでおいてもらったらよかったのにな」
「なんやて?」
 しかし代わりに口にしたのがこれでは、大して変わりなかったかもしれないが。

 ちょうど焼きあがった1つを口に運び、アチチ…と言いながらビールを一口含んで冷ます。はふはふ言いながら咀嚼する様子は本当に子供のようで、火村の笑いを誘う。
「……旨そうに食うよな」
 火村にしてみればこのたこ焼きというヤツは、焼きたてでは外側から少しずつ齧るしかない。特に中がまだ少しトロッとしていたりすると、確実に舌を火傷する、なかなかやっかいな食べ物なのだったが。
「焼くのは上手くても、中身が心配だからな…… やっぱりアリスんちのは遠慮しとくよ」
「あーっ、言うたなー。もうお前には食わせたらん」
 次のを口に放り込もうとしていた手を止め、アリスは恨めしそうに火村を睨んだ。
 ……実は本人も内心そう思っていたのだ。自分ちのは、なんかおいしくない、と。

 黙り込んだアリスを見て、火村はどうやら図星らしいと見当をつける。
 (冗談だったんだがな……)
 たこ焼きなんぞ、ソースと青海苔とかつおぶしの味に紛れて、美味い不味いなどないと思っていたのだが。
「……なんで味が違うんかなぁ??」
 アリスはため息を吐いた。
 1人暮らしも結構長い。立派に一本立ちし、一応ちゃんと自炊もしているのだ。が、たこ焼きに限らず、自分の作るものはイマイチおいしくない。
 料理の本も一応買ったこともある。
 といっても、「50cc? 目分量でこんなもんかな」「これは……ないから、代わりにこれでええやろ」といった調子で大変大雑把なものだから、いつも本の写真とは、姿も量も (お味の方も、多分…絶対……) 似て非なるものが出来上がるのだったが。
 ……食えりゃいいのだ。
 だがしかし、火村に作ってもらう食事より格段に落ちることは、自分の舌が1番良く知っていた。

「あっ、なーんや!」
 と、ぶすくれていたアリスが突然目を輝かせて顔を上げる。
(おやおや、何か思いついたらしいな) 火村は自分にちょっと注意報を発した。
「火村にタネ作ってもらえばええんや! な?」
 簡単簡単…… とにこにこ笑い掛けてくるアリスに、(逆らえるヤツがいたらお目に掛かりたい)などと思いつつも、つい心にもない反撃をしてしまうところが火村である。
「なんだよ、大阪人なんだろ。練習して俺に本場の味を披露してやろうって気はねえのかよ」
「イ、ヤ。……なぁ、ええやろ? 1人でたこ焼き焼いたっておもんないもん。火村と一緒がええー」
 覗きこんでくる大きな目の向こうに、背負った期待と振ってるシッポが見えるような気がした。
「――わかったよ」
「ホンマ? やったー。本場の焼き方は教えたるからなー」
 1人で練習なんて、侘しくてかなんわ…… とかなんとかブツブツ呟きつつ、焼き上がったばかりのたこ焼きを頬張るアリスは、本当に嬉しそうだった。

「共同作業やんなー。ケーキ入刀よりなんぼか実用的や。楽しみやなぁ……」
「共同作業が楽しみだぁ? じゃあ今度俺が料理作ってる時、お前もっと手伝えよ」
「……手伝わん方が美味しくできるような気ィするんやもん」
「お前なぁ……」
 火村はため息を1つ。このワガママに付き合っている自分を、誉めてやりたい気分だった。
「いい加減、もう少し料理覚えろ。――心配なんだよ」
「せやかて………」
 アリスも、自分で美味しいものが作れればどんなにいいかと思う。火村にも、たまには俺がご馳走してやれたらええなー、なんて思ったりもする。
 でも―――


「―――心配、して欲しいんやもん」
 ぽつりと、呟かれた言葉。上目遣いで訴えてくるその目は、火村にとって警報発令の準備だ。
「俺が料理上手になったら、火村、もう来てくれへんのと違う……? 締め切り前とか、俺が相手してあげられん時でも、心配して様子見に来てくれるやん。それ、すっごい嬉しいんや。それやのに……」
 一生懸命言葉を紡いでいた唇が噛まれ、潤んだ目が前髪に隠れてしまった時点で、火村の陥落は確定していた。
「ばーか」
「……バカは禁句やって、何度言うたら……」
 情けない思いで顔を上げたアリスの目の前に、めったに見れない、優しい恋人の顔があった。
「いくら上達したって、締め切り前になんか作りゃしないんだろ。行ってやるよ…… その代わり!」
 一瞬で顔を紅潮させ、輝かせたアリスに釘を刺すように、火村は行儀悪く持っていた箸の先を突き付けた。
「普段からもっとましなもの食えるように、努力しろよ」
「…うん……」
「……教えてやるから」
「ホンマ!? 教えてくれるん?」
「手伝ってりゃ、自然に覚えるんだよ」
「おお、任しとき! せやから、いっぱい作りに来てな?」

 ようやく冷めたたこ焼きに手をつけながら、火村は料理教室のメニューを考える。
 共同作業〜♪ と食べながら浮かれているアリスの満面の笑顔を前に、(この顔見ながらなら、どんなものだって旨い。勝てる調味料があったら教えて欲しいよな……) などと、他人が覗いたら殴りつけたくなるようなことを考えながら―――

H11.8.29


今回はわがままアリスでした。
この火村は、私が殴りつけてやりたい。なんでそんなにアリスに甘いんだ?
……って、誰のせいじゃい(笑)