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         いいフミだせよ?

1123番 悠 架那さまのリクエスト    問題ありありな内容の手紙なんかで揉めてくれたら楽しいかな  



 どないしょう……
 ウリを膝に抱き、まとわり付いてくるコオの背中を無意識に撫でながら、俺はぼんやりと考えていた。
 火村の留守中に見つけてしまった、明らかに女性からだと判る手紙。俺はこの手紙に対して、どういうリアクションをとるべきなのだろう。
 差出人が女性だからといって、中身がラブレターであるとは限らない。
 いや、火村がわざわざ保管している以上、絶対に違うと言ってもいいだろう。そのはずだ。たぶん。
 けど、背伸びをしなければ届かないようなところに置いてあったのは、俺に見られたくなかったから……?
 ―――隠さなあかんような手紙なんか? なぁ、火村………





 私に寄りつかずに独りで遊んでいたモモが、この部屋で1番高い本棚の上から、わずかに空いたスペースを目掛けて、勇ましくも一気に飛び下りる。その拍子に、上からパサッと落ちてきた手紙の束―――
 何気なく手に取ってからギクッとした。輪ゴムで括ってあって、全部で4通。女の子が喜びそうなファンシーな封筒で、宛先はもちろん 『火村英生 様』
 慌てて棚の上に戻したけど、座り直してから、今更のように心臓がドキドキしてきた。
「桃〜〜 オマエ、わざとやないやろな……?」
 かわいいのだが、火村を挟んで私とは敵対関係にあるこの勝気なお嬢さんは、そ知らぬ顔をして部屋を出て行ってしまった。私に懐いているコオは、彼女の出て行ったドアと私の顔とを困ったように見比べ、静観しているらしいウリは、「しょうがないな」という風にニャーと鳴いた。



 読むのはもちろん、じっくり見たりするのはルール違反だと思ったけど、俗物な私の目はあの短時間にけっこうしっかり観察してしまっていた。

1 しっかり封は開けられていること。
 火村宛のラブレターの末路は知っている。
 直接には絶対に受け取らない。郵送されてきた手紙には必ず目を通すが、そういう内容だった場合は気の毒だが即刻ゴミ箱行きだ。そんな場面には何度も遭遇している。(私が火村に手紙を書かない理由の1つでもある。同じ運命を辿るんじゃないかと思うと怖い)
 捨てられてないということは、そんな手紙じゃないってこと。そうやろ?
 ……それとも取っておきたいような人ができたってこと?

2 割と最近のものらしいこと。。
 ホコリが積もったり黄ばんだりもしてないし、なにより1番上にあった封筒に貼られていた、丸くてかわいらしい切手は、今年発売されたものだ。
 この年になって火村にペンフレンドができた? 女の子の? まさか。

3 リターンアドレスがないこと。
 差出人の名は、なかった。輪ゴムで止めてあったので、1番下のヤツしか見なかったけど、あれは全部、同じ人の手によるものらしく見えた。
 リターンアドレスがない手紙、というのは失礼に当たる。嫌がらせとか、誹謗中傷のたぐいも多い。作家仲間の中には、恐いので (または失礼なので) 開封せずに捨てる、という人もいるくらいだ。
 あの手紙もそうなんかな……? そういうのは普通、味も素っ気もない白封筒で来たりするんとちゃうかな。
 ラブレターだったら、恥ずかしくて名前を書けない子とかもいるかもしれない。大人のすることではないが、火村が日々相手にしているのは学生だ。告白の最後に、ひっそりと名前が添えられていたりするのかも。

 ……ああ、結局私の考えはそこに戻る。

 自分に優しいように解釈して、火村が過去に事件で関わった人からのものかな、と思う。
 それだったら捨てたりしないだろうし、リターンアドレスがないのも、なんとなく解る気がする。
 隠してた、っていうのも、私の思い過ごしだろう。きっと。
 それにしたって何通も、ってことは、アイツは返事を出しているのだろうか。あんなかわいらしいレターセットを使うような子を相手に? 何度も……?
 私が火村から手紙をもらったことなんて、あっただろうか? 人のことは言えないが、せいぜい年賀状が来たことがあるくらいで、それも最近は全然だ。最もそれは、正月はたいてい一緒に迎えるようになってしまったからなのだが……




「よぉ、待たせたな」
 ぼんやりと考え込んでいた私は、掛けられた声に文字通り飛び上がった。
 気がつくと辺りは薄暗くなっていた。火村が電気を点け、カーテンを閉める。
 ウリが火村を出迎えて、なにやら話し掛けている。今日の報告をしているのだろうか? 
『桃があの手紙、アリスに見せてもうて。先生、どう言い訳します?』 ……とか?
 膝の上が寂しくなったので、私は傍らのコオを代わりに抱き上げた。
「何してたんだよ。部屋が暗いから、てっきり昼寝してるのかと思ったぜ」
「あ、うん、考え事。……こんな部屋で本が凶器やったら、他殺か事故死か判らんかもなぁ、って……」
「……書くんじゃねえぞ? そんなバカなこと」
 図書館なんかと違って今にも崩れてきそうな、部屋をぐるりと囲う本棚を見渡していくと、どうしても一点で視線が止まりそうになる。手紙が置いてある、あの場所。
 視線をごまかす苦肉の策として、コオを高い高いしてみたりして。
 ……何やってんねん、俺………


「今度の土曜の夜、空いてるか」
 幸い火村の追及はなく、私はありがたくその質問に乗った。
「なんや、どっか行くんか?」
「聞いてねぇのか…… いや。そっち行くから空けとけよ」
「うん……???」
 なんだか歯切れが悪いのは、火村も一緒だった。なんだか嫌な感じだ。いつもの火村らしくない。
 ―――あの手紙のせい?
 まさか、まさかその相手に会わせるとか言うんやないやろな!?
 ……私はかなり神経質になっているらしい。不穏な空気はみんなあの手紙に結び付けてしまう。
 火村がおかしいのがそのせいだったとしたら、私はいったい、どうしたらいいのだろう。もし、もしも火村に、その人の方がいいとか言われたら。
 祝福しなきゃいけない。解ってる。いや、解ってるつもりだった。いつまでも俺なんかとつるんでるより、好きな人ができたなら結婚して、幸せになった方がいいに決まってる、から……


「どうかしたか?」
「別に、なんも……」
 火村がじっと見詰めてくる。言うもんか。墓穴を掘るばかりだ。
 だがその迫力に押されてどうしても視線が泳ぐ。泳いだ視線は無意識に一点で止まる。私の視線を追っていたらしい火村が、はっと気づいた顔をして立ち上がった。背伸びをして取り出したのは、間違いなくさっきの手紙だった。
「――これか?」
 ……なんでわかんねん。見透かされているようで、めっちゃ悔しい。
「アリス?」
 覗き込むな。どういう顔したらいいのかわからん。



「それ、たまたまそこに置いたん? それとも、……隠しとった………?」
「―――隠してた」
 身体が顫えた。……やっぱり、やっぱりそういうことなん? 
 ……どうしよう。祝福する覚悟なんて、まだ全然できてない。
「……ま、まぁ、悪事は、露見するっちゅうこっちゃな。……言うとくけど、家探ししたわけやないで。桃のお手柄や。桃が……」
 祝福しなきゃいけない。祝福しなきゃいけない。火村が幸せになるなら、それは当然。
 でも、でもそれは遠いいつか。いつかそのうち。今すぐなんかじゃない。イヤだ……

「……なんて顔してんだよ」
「…るさいわ。どんな顔しようと、俺の勝手………」
「妬いたのか?」
「誰がや!」
 図星を指されると人はカッとなる、ちゅーことを知らんのか、コイツは。
「なんで妬かなあかんねん。ただ…… ぐちゃぐちゃしてイライラして、悔しいて悲しいて…… もう、自分でもよう判らん……」
 それが嫉妬というものだ。解ってるから、ツッコまないでくれ。
「アリス……」
「見るな。あっち行け……」
 私はコオを畳に下ろし、自分の膝を取り戻した。火村から顔が見えないように、膝に埋める。
 泣いてたまるか。……けど、ああ嫌だ。恨み事、言いたい。
「……なんで妬かずにいられると思うん? 君あてのラブレターなんて今更珍しくもないけど、内緒で大事にされとったら、気になって当たり前やん。世間一般の皆さんは、あんな思わせぶりなもん見てもうても平気でおれるもんなんか?」
 止まらない。
「こんなかわいい封筒で、あんな高い本棚の上になんか置いて。……隠しとるみたいや、ってちょっと思ったけど、まさかそんなわけないと思っとったのに……っ」
 サイテーや……
「そんなんやないと、思ってたのに…… 本当に、隠してたなんて、白状されたら…… もう… どうしてええかわからん―――」
「そんなんじゃねえよ。コラ、泣くなよ……」
「誰が泣くか、アホ」

 声も身体も顫えるのが悔しかった。
 頭の上に載せられた手を、振り落とせないのも悔しかった。自分のものではなくなるかもしれないと思ったら、もったいなくて自分から手放すことはできなかった。
 手が離れていったとき、なにかを永遠に失った気がして、俺はやせ我慢を放棄した――――



 
「アリス、見ろよ」
 ……何を見ろって? 手紙? まさか。
「ほら、読んでみろって」
「イヤや……」
 何でそんなもん読まなアカンのや。隠しとったくせに、今更……
「そんなんじゃねえから。ホラ」
「…………」
「アリス」
 俺は、ヒラヒラと火村が目の前に差し出している手紙を、しぶしぶ受け取った。


 そこには――――







 
  ヤッホー、火村君

  しばらく姿見ませんけど、お元気ですか?
  たまには返事くれてもええやん。つれないなぁ。


 早速やけど、実はねぇ、頼みがあるんよ。
 今度の土曜日午後8時、割烹 山重まで迎えに来てください。場所はアリスが知ってるはずです。
 中学の同窓会があるんよ。
 最初はみんな昔話に興じるんやけど、だんだん酒が入ると、この年になると話題がねぇ……
 孫の自慢話とか嫁の愚痴とかに、参加できんのに付き合わされる私がかわいそうやと思わん? 思うやろ?
 思うはずや。
 アリスもとんと寄りつかんし、2人で顔見せに来なさい。

 あー楽しみやわぁ。
 仲間のビックリする顔見れると思えば、2次会参加できんでも、まあしゃーない我慢するわ。
 それよりみんなに見せびらかす方が楽しそうや。
 何て言うて紹介しようかなぁ……v
 あ、ちゃんとネクタイしてきてな?
 それからな――――










「おかん………」
 2枚、3枚とある手紙の続きを読む気力もなく、私はぐったりと畳に懐いた。
 何が、何がヤッホーや。
「……俺になんの恨みがあるんやぁーーーっ!」
 この手紙のせいで、私は、私は………
「――というわけで土曜の夜、空けとけよ」
 頭を抱えて突っ伏した私の上を、火村の同じく疲れたような声が、非情にも追い討ちを掛けるかのように流れていった―――



H11.10.23


頭とオチはさっさとできてたんですが、途中アリスが泣き出して、収集がつかなくなってドロ沼に……(T-T)
まだまだ名残があるですね。最初からこーゆーオチにするつもりだったのに、なんで途中が修羅場かな……(号泣)