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         ホラーな夜……   (どこがや?)

1900番 マドカさまのリクエスト     「2人でビデオ鑑賞」 ラブラブで  



 ああ、またかよ……
 リビングに準備万端整ったセッティングを見て、俺はため息をついた―――

 雷雨の中、ようやくマンションに辿りついた俺を、アリスはシッポを振らんばかりにして出迎えてくれた。むろん嬉しいことなのだが、素直に喜べず、なにかあるのでは? と勘繰ってしまうあたりが悲しい。
 そして、その予感が当たってしまうのは、もっと哀しいのだった……



「火村、火村っ、待ってたんやー。これ、一緒に観よ?」
 テーブルの上にはツマミ類とコーヒー(アルコール抜きかよ)、灰皿、そしてレンタルビデオの袋――
 中から取り出したテープは、パッケージこそないがタイトルとアリスの普段の趣味からして、ホラー映画に間違いなさそうだった。
 ――7番目の犠牲者――
 テレビを点けてビデオをセットし、ソファに陣取って俺を隣に座らせる。仕上げに膝にクッションを抱えて準備OK。アリスは嬉々としてビデオをスタートさせた。

 時々、俺はアリスのホラービデオ鑑賞に付き合わされる。
 いつも人殺しの話で頭が一杯なくせに、血を見るのが嫌い。現場の写真を見ただけで顔面蒼白になるくせに、ホラー映画が好きというのは、どういうものかと思う。
「そんなに怖いなら、明るいうちに観たらいいだろうが」
「あほう。ホラーは夜観るもんと、相場は決まっとるんや」
 怖がりのクセに、怖いもの見たさの好奇心だけは一人前で、今も息を殺して画面を見詰めている。 
 俺の左手をしっかりと抱え込んで。
 まぁ、右腕を取られているのでないだけマシか。取りあえずタバコは吸えるし、本も広げられる。
「お前、俺がいない時もビデオ観てるんだろ、どうしてんだよ」
「火村がおらん時はしゃあないからクッションをやなぁ……」
「……俺はクッション代わりかよ」
 面白くない。
「ちゃうよ? クッションが火村の代わりやん。今日は本物がおるからな。どんな場面でもドンと来いや!」 
 そんなふうに言われて、嬉しいとでも思ってるのか、アリス……?


 外は雨。
 ここ数日で朝晩はめっきり涼しくなったため、エアコンは入れていない。雨が吹きこまない程度に開けたベランダの窓から、適度に冷やされた空気が入ってくるのが感じられる。風を通すため薄いカーテンしか引いていない窓越しに、時折稲妻が走るのが判る。
 アリスは雰囲気を出すため灯りを消したがったが、それは却下した。
「せっかく雷も鳴ってて、舞台効果満点やのに……」
 暗闇の中でそんなに密着されたら、どうなるかわかんねえぜ?
「そんなに暗くちゃ、本も読めねえだろうが」
「一緒にビデオ見たらええのに……」
 俺は別に好きでも嫌いでもないので(興味がないのだ)一緒に内容を楽しむ事はできない。これから2時間の我慢大会だ。
 といっても、ナイター中継よりははるかにマシだよな、と自分を慰めてみる。結果によってアリスが不機嫌になることはないし、なんといってもアリスの方からしがみ付いてきてくれる。ナイターの時に俺がちょっかいを出そうものなら、「邪魔すんな」と、すごい勢いで振り解かれてしまうのだが。
 勝手だよな―――
 でも、甘んじて受け入れてしまうあたり、我ながら重症だとの自覚はある。
 ポーズとして、持って来た英文の学会誌を広げたりもしてみるが、片手を取られている上、音がけっこう気になって集中できない。
 いきおい、くっ付いているアリスのことが気に掛かる。
 ひそめた息遣いとか、肩の辺りをくすぐる髪とか……
 画面の中では、早くも1人目の犠牲者の首が転がり出て、ヒロインとアリスに悲鳴を上げさせた―――



 湖畔の貸し別荘(というより、お屋敷だな、これは…)に泊まりに来た7人の男女。他にだれもいないはずのここに紛れ込んだ7つの殺人予告―― とくればアリス専門のミステリーかとも思うが、決してそうではなく、やはり血みどろのスプラッタらしかった。
 全く…… なんでこいつはこんなもんが好きなんだか。
 この手のものは、とにかく刺激を強く―――ストーリーは二の次で、いかに観客を驚かせ、生理的嫌悪を催させるかを競っているかのように思える。
 おかげでアリスは俺にぴったりと貼りつき、ビクッと顫えるたびに、命綱よろしくしがみついた俺の腕に爪を立てるのであったが、うっかり画面に集中すると自分が驚いてしまったりして、沽券に関わる事態になったりするのだった。
 ………笑うな。
 やっぱり恋人の前では、頼れる相手でいたいと思うのが人情ってヤツだろう?
 一緒になって怖がっていては話にならない。アリスがしがみついてくればくるほど、そういう事態にならないよう画面からさりげなく目を逸らす。あまり露骨にそむけていては真面目に見ろと怒られてしまうので、なかなか加減が難しいところなのだ。



 なんでこいつらは、危険が解っているのに1人になろうとするのか――― 被害者は順調に増えて行き、残るはヒロインとその恋人、2人だけとなっていた。
「あかんー、ここは2人で力を合わせて……」
「自分が殺人鬼でないことを知ってりゃ、残った相手を疑うのは当然だろ」
「せやかて恋人同士やのに〜〜 それにこれはミステリやない。ホラーや。犯人がすでに出てきとる人間とは限らん。フェアじゃない、なんて文句言われる心配はないんや」
「あいつらにそう教えてやれよ」
 アリスはしばらく前に俺の左手を解放し、今は背中にぴったり貼りついている。肩にしっかりしがみ付いて、目だけを覗かせている状態だ。怖さ半分、後の半分は居心地の良さを求めて移動した結果なのだろう。おかげでこっちは、尻が半分ソファからずり落ちそうだ。
 はっきり言って、暑い。
 しかしエアコンを点けようにも、この状態ではどうにもならなかった。
「アリス、ちょっと放せ。雨が酷くなってきた。窓閉めねえと――」
「いややー」
 力を緩めようとしないアリスに、俺は諦め、ため息をついた。
 しかし……
 どうにも両手が手持ちぶさただった。左手はちょっと後ろに廻せばアリスの身体や、肩越しの頭に届くのだが、右手の方は肩を掴んだ手に触れるのが関の山だ。さっき最後の1本を灰にしてしまって、新しいタバコはさっき脱いだ上着の中なのだ。
「アリス、放せ」
「イヤ」
「どこにも行かねぇから」
「…………」
 しぶしぶと手が離れたところで、肩を抱きこむ形に座り直す。
「これならいいだろ」
「ん… んぎゃ!」
 画面の中も雷雨。ヒロインの悲鳴と稲妻の中浮かび上がった恋人のデスマスクに、アリスは咄嗟に俺の胸に顔を埋めたが、一瞬後には横目で画面をうかがっている。それほどまでに観たいものか?


 ようやく届いた右手で頭をぽんぽんと撫でる。
 撫でたついでに輪郭に沿って指を滑らせ、髪に顔を埋めると、アリスから苦情が上がった。
「コラ、何してんねん。悪さすんなや」
「気にするな」
「するわ、アホウ」
 ここまで付き合ってやっている相手に向かって、酷え言い草だよな。お前も男なら、恋人に1時間以上ひっ付かれた男がどういう心境にあるか、お得意の想像力とやらを働かせなくても容易に推理できるだろうが。
「ええとこなんや〜 邪魔すんなやー」
 独りきりになったヒロインが部屋に閉じこもっている。
 他にだれもいないはずの廊下から軋むような足音が近づいてくる―――
 それに合わせるようにして、肩に置いた手をちょっと動かしてみたりする。
「もーうるさいなぁ。終わったらなんぼでも付き合うてやるから……」
 追い詰められたヒロインが、意を決して窓から外に飛び出そうとしたその時―――

「あ」
 いきなり光と音が同時に降ってきたと思ったら、部屋も画面も真っ暗になった。
 停電……

 身動ぎもせずにしばらく待ってみたが、復旧する気配はなかった。
「うーっ、ここまで盛り上げといて、蛇の生殺しやんなぁー」
 全くな。意味は違うが。
「今日はもう無理なんじゃねえか?」
「うう……」
「……さて、終わったらいくらでも付き合ってくれるんだったよな」
 忘れたとは言わせねえぞ。
「う? ……そんなこと言うたったかなー」
「ポケたのか、センセイ。停電する一瞬前のセリフじゃねえか」
「ううう……」
 唸ってもムダだ。これまでの貸しを返してもらわねえとな。
「今度は俺に付き合ってもらうぞ。さっさと来い。それとも……ここでいいか?」
「! あ、あほう……」
 腕の中で、体温が1℃上がった。見えなくても解る。きっと耳まで赤くなっているはず。
 素直に頷かない理由は、イヤなわけでもなく、恥ずかしいよりもちょっと悔しいから。
「嫌か?」
「…………」
「そうか、じゃ独りで寝るか」
「い、嫌や! 一緒にいて……ください………
 そうだろ? 見ている最中は平気でも、後で効いてくるタイプなんだよな、アリスは。
「選べ。ベッドとソファ、どっちがいい?」
「ベ、ベッド……」
「よし。ホラ、立て」
 

 移動の際、俺はいくつかのスイッチを切るのを忘れなかった。最中にいきなり明るくなり、テレビが喚き出したりするマヌケな事態を避けるために。
 

H11.9.9


ビデオのタイトルと大筋は、キリ番ゲッターのマドカさんに考えていただきました。ありがとうございますっ!!
し、しかしこんなバカップルな彼ら、ウソです。ごめんなさい。こんなんヒムアリと違う……
「甘々で」ということでしたが、懐くだけのアリスと空回りする火村…… 全然甘くないじゃん!(泣)
ああ、不本意(いろんな意味で)なまま終わる……(T-T)