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       道化ること 演じること  注意 ネタバレ!! (わらう月)

 15151番 連隊の娘さまのリクエスト      大阪府警のみなさんの視点からのヒムアリ具合
(リクは4択だったんですけど(笑)これが書きやすそうだったので…… 森下くんしかいませんが)




「今日会うのは容疑者やないんですよね」
「ええ。容疑者と一緒やったって言うてる女性です。でもそれ嘘ですよ。あんな写真だけでは……」
 その証人とはバイトの終わった夕方に会うことになっていた。夏休みだというのに午後からある会議を終わらせてから来るという火村先生よりも、有栖川さんの方が早く府警に着いたので、少し話をする時間があった。
「こんなこと言うと怒られそうやけど、やっぱりちょっと気が楽ですわ」
「困りますよぉ、アリバイが崩せるかどうかの瀬戸際なんですから。……けど、本当は僕もです」
 目を見交わして密かに笑い合う。
 この厳めしい建物の中でこんな話ができる相手は、この人しかいない。捜査に協力してくれる火村先生に付き合って、時々参加してくれる有栖川さん。
 他の班の中には、火村先生はともかく、他の民間人を入れるのを快く思わない人もいるけれど、僕ら船曳班は全員この人を歓迎している。
 なぜかと言えば――思わず辺りを見回してから――有栖川さんがいないと、火村先生がコワイから。
 ……と言うのは僕の意見で他の意見としては、場が和んで証人の口が軽くなるとか、先生が張り切って早く解決するとか…… まぁ、いろいろだ。
「けど付き合うとる女性かぁ…… いっちゃんアブナイかも知れんなぁ」
「え、何がです?」
「その嘘を見破ったせいでクロやと確定したら、その女性に逆恨みされてまうかも知れんでしょう? アイツ相手が女性でも容赦ないし……」
 何の疑いもなく、火村先生が謎を解くと思っているらしい有栖川さんに苦笑する。推理作家さんの頭脳にも、一応の期待はかかってるんですよ? それに僕だって頑張るつもりだし。
 心配を顔に貼り付けたような有栖川さんの様子に僕は、以前街でバッタリ会って、一緒に呑みに行った時のことを思い出していた。





「ねぇ森下さん。森下さんは…… この仕事してて恐いことないですか?」
 結構な時間が経ち、気持ち良く酔いが回る頃。意外と強かった有栖川さんも、同じくいい加減に回ってるなー、と思っていたのに。
 呟くように訊いて来た声は、ふと酔いが醒めたような声だった。最も、そんなことを訊いて来たこと自体が、酔っていたということなんだろうけれども。
「それは、身の危険ってことですか? そらないとは言いませんけど、でも…… 仕事ですから」
「それもありますけど…… 毎日犯罪者の、人間の――暗い部分ばっかり見とるワケやないですか。そんなことしとるうちに、何か自分まで壊れそうになるんやないかな、と思って。引きずり込まれそうになったりとか……しませんか?」
 きっと有栖川さんの頭に浮かんでいるのは、たった1人の人。
「けど森下くんは、いっつもハツラツとしとるもんなぁ」
「そんな、人をアホみたいに言わんとってくださいよ。僕だっていろいろ感じてはいるんですよ?」
 それにお願いですから、人前で僕のことをむやみに『張り切りボーイ』と形容するのは止めてくださいね。最も僕の方も、有栖川さんを『カワイイよねーっ』と評する女性陣に、時折賛成したりしてるのでお互いさまか。
「あれ、そんなつもりなかってんけど。堪忍な。ただ……」
「ただ?」
「森下さんは、警察のみなさんは、犯人捕まったら嬉しいですよね? 捜査中は疲れ切ってても、事件が解決すると疲れが吹っ飛んだり…… しませんか?」
「そら、まぁ…… 当然ですやん」
「ですよね。けど、アイツは―――」
「火村先生はそうやないんですか?」
「…………」
 しっかり答えなくてはと思った。……しかし、既にこんなにアルコール飽和状態の頭では。 
「僕はこれが仕事ですから。子供みたいやけど、悪いヤツ捕まえるんは、やっぱり世のため人のためになる! って思てますから……」

 このあとも何かいろいろ話したはずなのだが、実はあまりよく覚えていない。上機嫌のまま別れたことだけは確かなのだけれど。
 ただ、『火村先生みたいになりたいですぅぅぅぅ〜〜っ!』と気勢を上げたことだけは、なんとなく覚えがあるような、ないような……
 ―――願わくは、有栖川さんも僕の醜態を忘れていてくれますように………!






 そしてその日の夕方、火村先生は見事に彼女を落とした。
 トリックは事前に予想されていたこととは言え、彼女にそれを認めさせるには証拠に乏しかったのだが、有栖川さんが打ち合わせどおりに、火村先生が望むセリフを引き出した。見事な連携プレーだった。

「あ」
 店を出て、ふと中を振り返ると、彼女が有栖川さんの名刺を破り捨てるところが目に入った。
「あーあ。有栖川センセイの名刺、ビリビリだぜ」
「ええよ。あんなもんにヤツ当たりして鬱憤晴らしになるなら、カワイイもんやないか」
 それだけで気が済むなら。火村先生を逆恨みしないでいてくれるなら――ですか。
「お前、思いっきりバカにされてたな。なんて頭の巡りの悪い推理作家だろうと思われたんだぜ、きっと」
「放っとけ。あんなかわいいお嬢さんを、なんや罠に掛けてるみたいで心苦しかってん。それでおあいこってことにしとくわ」
「騙そうとしてたのはあの女の方だぞ」
「せやけど…… ま、ええやん。俺、今回は役に立ったやろ?」 
 火村先生の要望に応えて、自ら道化役を買って出た有栖川さんだった。
「まあな。助手の捨て身の協力、感謝するよ。あれが演技だったってことは、これから書くもので彼女に証明するんだな」
「言われんかてやったるわい。……けど、彼女読んでくれるやろか?」
 それが大問題だ、と言わんばかりの有栖川さんに対して、火村先生はひょいと肩を竦めただけだった。

「でもきれーな子やったな……」
「そうか?」
「君が言うたんやないか。『右側があどけなくて、左側がよりきれい』て。……びっくりしたわ」
 ええ、僕もびっくりしました。
「じろじろ眺めたお詫びにな。 ――――――?」
「! アホ抜かせ!」
 ……そんなに真っ赤になって反応してたら、せっかく火村先生が声を潜めた意味がないです、有栖川さん。
 いえ、別に、いいですけど。
「まぁ、うちの学生よりは大人っぽい感じはしたな。演技も堂に入ったもんだった」
「……好きな男を庇うときってのは、女性はみんなあんな風に『女』になるもんかな? 子供を庇う母親ともまた違う、何か……」
「小説の参考にしたらどうだ。有栖川センセイ?」
 火村先生はいつも通り有栖川さんをからかっている。くったくなく笑っているようにも見える。
 これでほぼ解決すると思うのだけど、果たして先生はどう思っているのだろうか?
 確かにそんなに嬉しそうにも見えないけど、心配するほどの様子にも見えない。どちらかと言えば有栖川さんの方がしゅんとしているようにも見えるんですけど……



 ―――もし、火村先生が犯罪者になってしまったら―――

 ふと頭をよぎってしまった考えにヒヤっとした。
 もしそんなことになったら、有栖川さんは僕らが先生を捜すのに協力してくれるだろうか?
 それとも、どんなことをしてでも先生を庇うだろうか。いったいどんな風に……?
 普段は何も隠し事ができないような、何でも顔に出てしまう正直な人だけれど、もしもそんな事態になったら。
 さっきの女性のように、何食わぬ顔をして僕らに嘘を吐くのだろうか―――?



 こらこら、何を考えているんだ。そんなことあるはずないじゃないか!
 慌てて頭に浮かんでしまったもろもろを振り払った。僕は先生を尊敬しているんだから、目標の1人でもあるんだから、そんなことになられては困るのだ。
 大丈夫。有栖川さんがいる限り、火村先生は大丈夫。
 根拠は―――見てたらわかります。
 有栖川さんはいつも不安そうだけれど、僕らは全然心配してません。人はちょっとしたきっかけで犯罪に走ったりもするけど、本当に愛して欲しい人にきちんと愛されている人は、そうそう道を踏み外したりはできないものだと僕は思ってます。
 ねぇ、有栖川さん。そうじゃありませんか?

 だからずっとこのまま、時々昏い目になる先生を笑わせていてくださいね。
 有栖川さんにしかできないことでしょう? 離れていても笑顔が続くように、たっぷり補給しておいてください。
 そうじゃないと火村先生の側には、恐くて近寄れませんから……

H12.1.20


ウチの勝手な設定ですけど、火村にくっついてくるアリスに対しての見解は、
大阪府警→恋人 京都府警→助手 兵庫県警→オマケ(邪魔者?)……ってとこでしょうか?
いや、あんまりみんなにバレてるのもね(笑)