こんな頃もあった
7272番 SAKURAさまのリクエスト 「火村とアリスの友情話」 本当の友達時代(?)の話
アリスが、狙っていた新人賞を逃した。
落選したのではない。締め切りに間に合わなかったのだ。
その理由というのが、バイト先の先輩に頼まれてシフトを代わってやったからだというのだから、お人好しにも程がある。
「断り切れんかったんや〜〜〜」
隣の席で机に突っ伏しているアリスの様子に、火村は大きなため息を漏らした。
「アリスを慰める会?」
「そ。火村君も来るやろ?」
アリスは人気者だったし、作家志望ということも隠してなかったので、クラスの仲間はアリスが締め切りを抱えていることを知っていた。さすがにバイト先にまでは知られてはいなかったが。
「行かねえよ」
「えーっ。なんでー?」
火村の答えに、周りの女子から一斉にブーイングが上がる。
「なんや、火村は行かへんのか? あれほど仲良いいのに」
「行かない」
「冷たいやっちゃなぁ」
女子ほどではないが男子からの意外そうな声にも、火村は肩を竦めてやり過ごした。
「火村っ」
参加するみんなでガヤガヤと移動する際、アリスは先に教室を出ようとした火村を掴まえた。
「なぁ、終わったら君んとこ行ってええ? 今晩泊めて」
「うちはホテルじゃねえぞ」
「アカン?」
「門限8時。早過ぎるか?」
「……ええよ」
早い門限も、火村が参加しない訳も、アリスは解ってるつもりだった。何かと理由をつけては飲みたがる学生たちの、これは名目に過ぎないから。本日のコンパのお題に選ばれただけだ。
落ち込んでいる時、酒の肴にされて嬉しいヤツがいるものだろうかと、火村は本気で不思議に思う。中には、大勢を相手にクダを巻きたいヤツもいるのかもしれないが、アリスはそのタイプではないように思うのだが。
「お前、本当に行く気か?」
「まぁ…… せっかくみんなが言うてくれてるんやから、ありがたく乗らな、なんか悪いやん」
――お人好しめ――
それが火村の感想だった。
「飲め飲め。今日はオマエが主役。俺らの奢りやー」
「おー、さんきゅー! エンリョなく飲ましてもらうわ」
ほとんど学生専用のようになっている、安さとボリュームが自慢のいつもの居酒屋。
「まだまだ先は長い。ま、がんばれや」
「未来の大作家にかんぱーーい!」
大学2年の秋というこの時期、現実を見ろ、などと野暮な説教をしたがるお節介なヤツもまだいない。夢は夢として、ちゃんと尊重してくれている。これが1年後ならどうなっているかわからないが、取りあえず、今は誰もが夢に向かって頑張っている時期なのだ。
みんなに口々に励まされて、アリスもそこそこ楽しんでいたはずだった。
ここにいない人物のことが話題に上るまでは―――
「でも残念やったなぁー。他ならぬアリスを慰める会なら、火村君も来るかと思ったのに」
「アタシ、火村くんと1回飲んでみたいわぁ」
「せやけどホンマはちょっとホッとした。火村君てなんかコワイって言うか……」
聞こえてきた名前に、アリスは酔った頭でぴくっと反応する。
「冷たいよねー」
「せや、私らにはまともに話もしてくれへんもん」
「もうちょっと愛想ようしてくれてもええやんなぁ」
「きっとウチらのことなんか、なすびかカボチャくらいにしか思うてへんのやで」
聞いているうちに、アリスは何かがこみ上げてくるような気がした。怒りたいような、泣きたいような、よく解らない変な気持ち。
「……もう、止めてや」
思わず、といった風に口に出していた。
「勝手なこと言わんといて。あいつはそんなんやない」
程よくできあがっているように見えたアリスの、思いのほか冷めた声に、周囲は一瞬しんとなった。
「今日は俺が主役言うたよな? それやったら俺を怒らせんといて」
言いながらアリスは、『ああ、そうか。悔しいんだ』と気がついた。
「火村は怖くも冷たくもないで? ちょおっと人見知りくんなだけやんか」
「えぇーっ、火村くんがぁ?」
「せや。恥ずかしがり屋さんなだけや」
珍しくアリスが怒ったと思ったらこの発言で、周りはちょっと引いた。認識はだいぶ違うらしい。
「……そう言い切れる有栖川って、すごいよな」
「もしかして、既にめっちゃ酔うてるんと違うか?」
「恐いもんなしやな」
アリスが火村の部屋にやって来たのは、まだ門限までには30分もあろうかという時間だった。あまり酔っているようには見えない。
「なんだ、早かったな」
「うん…… 本当は最後まで付き合わなあかんとこやけど、ワガママ言うてもた」
火村はちっ、と舌打ちした。
「主役が気ィ使わなきゃなんねえなんて、どっかおかしいんじゃねえの」
「まぁ、そうなんやけどな……」
「それで? 慰められたのか?」
「……聞くな。まあ、そこそこや」
「わかってて行ったんだろ?」
「せやかて、せっかく俺のためにって言うてくれてんのに……」
「お人好しめ……」
「まー、タダ酒頂くわけやから、それなりにな…… せやからホラ、ここには宿代持って来たから。遠慮はせえへんで」
アリスはガサガサと音を立てながら、コンビニの袋を火村に渡した。袋の中に入っていたのは、缶ビールが半ダースに、柿ピー、キャメルが1箱。
「まだ、飲む気か?」
「いや…、今日はもうええわ。今度来たとき飲まして」
僅かに空いていたスペースを、も少し広げて畳に懐く。自分では酔っていないつもりだったが、横になると同時に睡魔が襲ってくるのをアリスは感じていた。
「コラ、寝るなよ」
火村は手にしたノートを丸めて、アリスの頭をパコンと叩いた。
「ねーむーいー……」
「しょーがねぇな。ホラ、布団敷いてやるから…… 寝るなってば、おい!」
「大丈夫か?」
「すまん。……君にも応援してもろてたのにな………」
アリスはなんとか無事に布団に潜り込み、へらっと笑った
「次も狙うんだろ」
「あったりまえやー」
「締め切り破りなんて、プロになったら許されねえぞ。これっきりにしとけよ」
「おー、任せとき。でも…、する身分、なってみたいなぁ……」
火村はもう目を閉じているアリスの頭を、ぐしゃぐしゃと撫でる。
布団に懐いていたアリスは、されるがままにうーうーと唸っていたが、最後にはため息ともつかない声を漏らした。
「なー、ひむらぁ?」
「ん?」
「ここ、ええなぁ……」
「何が?」
「――ほっとする………」
「――そうか」
そのままアリスが眠ったのを確かめてから、火村はありがたく宿代をいただくことにした。プシッとアリスの持ってきた缶ビールの1本を開け、キャメルに火を点ける。
遠慮したくないからと持ってきた、手みやげ。
「それが遠慮だって言うんだ」
ガードの固かった火村の傍に、するりと人懐こく入り込んできた割に、妙なところで気を遣うアリス。
(落ち込んでるときくらい、寄りかかっていいのに……)
自然にそんなことを思える自分が、火村には不思議だった。誰かに何かをしてやりたいなんて思う気持ちも、ずいぶん長いこと忘れていたような気がする。
でも、悪くない。
アリスと一緒にいて感じるのは、とうに忘れたと思っていた、自分の中の何か。
悪くない。それは、なんだか優しい感じがするから……
H11.10.30
必然的に、学生です(笑) なんか、山もオチもなく淡々と……
こ、こんなんでいいんでしょうか? タイトルも開き直ってるし(^_^;)
アリスには悪いけど、私も火村はいい寄ってくるミーハーな女の子達のことは、なすびかカボチャ扱いのような気がします。
あ、普通の女の子は別ですよー。でも女というより、1人の人間として見てるんだろうな、って。