馬鹿話
「よ、久しぶりだな」
「火村! 忙しいて言うてたの、終わったん?」
「いや。まぁ、中休みってとこかな。ホレ、土産」
「わ、たこQや! 好き好き〜vv」
久々にアリスのマンションを訪ねた。
予告もなくチャイムを鳴らすと、驚きが混ざった嬉しそうな笑顔で出迎えてくれたアリスと一緒に、いい匂いが漂ってきた。
「珍しいな。ちゃんと自炊してるなんて」
「馬鹿にすんな! 俺かて切羽詰ったとき以外は、ちゃんとやっとんのや」
「ふーーーーーーーん?」
「……オマエ返事長すぎ」
「よっぽどいつも切羽詰ってるってことだな」
「――っ、言いたいこと言いよって〜〜 そんなこと言うヤツは、上げてやらんで?」
「解った。帰るから、それ返せよ」
「……どうぞお入りください」
もちろん帰る気などなかったし、アリスが引き止めるのも、たこ焼きのせいばかりではないはずだ。
予告しないで来て正解だった。予告していたら、こいつは絶対に俺に夕飯を作らせるに違いないからだ。アリスの手料理にありつける機会など、滅多に訪れない。
「で、俺もご相伴させて頂けるくらいには作ってあるのかな?」
「……うーん、ある、と言えばあるっちゅうか……――君に食う気があればの話やけど」
―――なんだその不吉な言い種は?
ダイニングに入り、テーブルの上に目を遣って立ち止まる。
前言撤回。……これは、ちゃんと予告して来て、俺が作った方が正解だったかもしれない。
「で、これは何だ? 猫まんまか?」
「ち、ちゃうわっ!」
目を逸らしながらも断固否定する。
「だから何なんだって」
皿に盛られているのは、煮込んだ野菜、と肉、の入った汁……をかけたご飯???
「えっと、……カレー」
「カレー!?」
「……に、する予定やったの! 予定は未定っちゅうことやな」
「それは違うだろう」
「まぁまぁ、細かいことは気にせんと」
驚くよりも感心した。カレーで失敗する人間がそうそういるとも思えないが。
「言うとくけど、これは失敗とちゃうで?」
「では何なのかお伺いいたしましょうか」
「……あんなぁ、カレーにしようって煮込んでると、えらくい〜い匂いがしてきて、カレー粉入れんの惜しくなったりすることあらへん?」
「ねえよ」
それはまぁ、確かにいい匂いだが。
「俺、毎回そういう誘惑に駆られるねん。そのまんま食うた方が美味いんちゃうかなー、って」
そこで誘いに抗しきれずに、堕ちてしまったと。
「で、どうだった? そのまま食った感想は」
「んーー、まぁ、それなりに」
嘘を吐け、嘘を。
「……見た目はアレやけどっ! 食ってみれば分かる!」
「………」
「食わん?」
「…………」
「ええい、絶対食わせたる!」
尚も返事をしないでいると、アリスは業を煮やして皿を用意しはじめた。
「せめて味を整えるくらいはしたんだろうな?」
シチューなりスープなりに。または肉じゃが風に?
「え……」
―――訊いた俺がバカだった。解った。していないんだよな。そのヘラっとした笑いは。
「大丈夫、食えるって」
おいおい、なんだか心配になってきたぞ。本当に食っても平気なんだろうな?
ちょっと煮込み過ぎの感のある、肉や野菜たち――大鍋に一杯の――を覗き込む。別に怪しげな物は入っていないようだが、コイツ、自分が一人暮らしだということを、ちゃんと自覚しているんだろうか? 小分けにして、今日はシチュー、明日はカレーと使い回したり、冷凍保存するつもりで作ったなら上出来と言うべきだろうが、こいつに限ってそれはない。気がついたらこの量だったに違いないのだ。
……確かに、1度にたくさん作った方が美味しいのだが。
「薬は用意してあるんだろうな? それと、飯は別にしてくれ」
「そんっなに信用できないってか?」
「命は惜しかないが、腹痛はゴメンだ」
「―――――」
言った途端、失敗を悟った。アリスが、おたまを持った手をビクリと震わせたから。
取り消せない一言。
軽口のつもりでうっかりと突いてしまった、アリスの痛み。
普段たいていのことは大ざっぱに、大らかに笑っているアリスが極度に恐れていること――他でもない。俺が傷ついたり、いなくなったりすること――を、誰よりも知っているはずなのに。
口が滑った。せっかく今日のところは、他愛のない馬鹿話で和んでいたのに。
でもアリスは、きれいに微笑ってみせた。
凍った顔をしたけれども、一瞬後には上手に隠してみせた。
「偉そうなこと言うんは、食ってからにしてもらおか。ホンマにごっつ美味い……とまではいかんけど、よーく煮えてるから、そこそこいい味出てるって」
くだらない言い争いの続きにしては、少し穏やかすぎる笑みではあったけれども。
「……イタダキマス」
「おかわりあるからなー」
感謝した。傷つけた俺の失態を直視せずに済むよう、上手く空気を繋いでくれたアリスに。
そして、そんな一言にさえ傷つくほど、想ってくれているアリスに。
……感謝はした。
でも味の方はやっぱり、首を傾げるには行かないまでも、そこそこでしかないのだった―――
H12.11.10
ウチのアリスの料理の腕が上達するのは難しいです。管理人に合わせてあるからです(爆)
ここのところ、暗い話しか書けなくなったのでは……と焦ってまして、書き掛けの話を放って、急遽書いてみました。
あ。たこQの袋、カワイイですよねぇ(笑)<ミスDX