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        わがままな視線



 まだ整わない息と熱を持て余したまま、どうしてもその時には意に反して閉じてしまう重い瞼をこじ開ける。
 この時の火村が好き。
 私を食らい尽くそうとする獣のようだった鋭い視線がふっと緩み、愛しい者に向ける、とろんと甘いものになる瞬間が見れるから。この瞬間は私だけのものだ。桃にだって分けてなんかやらない。
 いったい火村は、あの時に目を閉じたりしないのだろうか?
 私がやっとのことで、でも大急ぎで目を開けると、いつも私を見ている火村の視線にぶつかるから。
 たまには私の方が先に目を開けていたいなぁ、と思う。なんか負けた気がして悔しい。荒い息を吐いて伏せた顔から現れる、まだ余韻の熱のこもった瞳は、ずいぶんと私を有頂天にさせてくれるだろうに……

「お前、フィールドワークの後は燃えるよな」
 解っているはずなのに、火村はそう言ってからかう。
「……んやない」
 そんなんじゃない。いや、そうなのかな……?
 どこかへ向いてしまった火村を取り戻すために、私は必死なのだ。そのために自分の身体を使うなんてあさましい気もするけれども、私には他の方法が分からない。
 ―――違うな。時間をかければ火村は戻って来てくれる。ちゃんと自分の中で折り合いを付けて、またこっちを向いてくれる。私がそれまで待てないだけなのだ。
 手っ取り早くキスをして、ねだって、抱きしめて。
 私のことだけで火村をいっぱいにしたくて、他に何も考えられないくらいに、一刻も早く。

 ああ、ゴメンな? 治らない傷口をまた広げた火村を、まず癒してあげたいって思うのが本当なのに。
 疲れている火村が安らぐことができるように、穏やかな気持ちになれるように優しく包み込んで……

 でも、できない。火村の視線を、私に取り戻す方が先。
 私がここにいるのに、どこかへ行ってしまったままの火村なんて、我慢できない―――!





 火村の、甘さのカケラもないゾクリと昏い瞳。
 本当はそんな眼をして欲しくはないはずなのに、そんな火村にも、私はどうしようもなく惹かれている。
 フィールドワークに出たときに見せる、獲物を追い詰め狩るときのような、厳しく鋭い視線。
 自分がかつて抱いていた思いに直面する嫌悪と、自分が結局越えられなかった――越えなくて正解だったのに――ハードルを、楽々と飛び越えた相手に対する羨望の混じった眼差し。

 なんて…… なんて、火傷しそうに冷たい視線なのだろう。
 ゾクゾクする。それほどに火村が心を奪われているものがあることに嫉妬する。
 それが私以外に向けられているのが許せなくて、奪い返さずにはいられない。

 なぁ火村。アイツらはそんなに魅力的か?
 私とそいつらと、どちらを選ぶ?
 
 決して口に出して問いかけたりはできない。
 火村の内面に踏み込み過ぎるからではなく、答えられない火村を見るのが耐えられないから……
 むこうに向けられたようでいて、その実は自分の奥深くをさぐっている昏い視線。
 その眼で私を見てごらん? その瞳、そのまんまこっちに向けてみ? オマエの獲物はここや―――







 そうして翌朝、満腹した雄ライオンみたいに、布団の中でうだうだゴロゴロしてる火村を見るのが好き。
 すっかり目覚めてるくせに、私が起きるのを待っててくれるのが好き。まだ寝惚けてて、もうちょっと寝ようって抱き寄せてくれるのはもっと好き。こんな火村は、きっとウリたちの方がたくさん目にしてるんだろうな。それがどんなに貴重な表情なのか、あの子らに教えてやりたい。
 この果報者め。でも私だって、それに次ぐ幸せ者だ。
 こんなとき、自分がどんなにだらしなく、でれっとした顔をしてるか君は自覚してるか? その無防備な姿が、どれほど私を掻き乱しているのかも。鳥肌が立つくらいの優越感と、我ながら恐ろしいくらいの独占欲。
『いくら手招きしたって無駄だ。火村はそっち側にはやらない』
『オマエらもここまでは追って来れまい。ザマーミロ』

 ああ。こんな思いに取り憑かれているときの私は、いったいどんな眼をしているのだろう?
 同じ昏い視線でも、火村みたいに信念に基づいた厳しいものなんかじゃなくて、きっと醜く余裕のないものなんだろうな。できれば知って欲しくないけど、火村のことだからおそらく気付いていることだろう。
 また『俺のせいだ』なんて、自分を責めていなきゃいいけど。火村のせいなんかじゃないから。絶対。
 なるべく見苦しくないとこだけを見ていて欲しいけど、俺は火村ほどポーカーフェイスには慣れてないんや。ゴメンな……?





 そしてようやっと起きだして、すっかり普段の瞳に戻った火村に安心して。 
 私の見ていないところで、ふと昏い色の瞳に戻っていたりするのは重々承知しているけれども―――
 それに誤魔化されたふりをして、私はまた日常モードに戻る。呑気な癒し系の有栖川有栖であるために。

 ……いつまで続けていられるだろう?
 火村が瞳に昏い光を宿さなくても済むようになる日が、早くくればいい。一日でも早く。
 同じ光が、私の瞳の色として定着してしまう前に―――





H12.11.26


最近、どんなに明るく軽く書こうと頑張っても、気がつくとアリスがアブナイんです〜(+_+)
ウチのアリス、ノイローゼなのかしら……(汗) いや私がスランプなのか??? 
神経病みな話を読むのは苦手なのに、なぜに書くとこうなってしまうのか…… リハビリしなきゃです。
強く健全なアリスになってくれ〜 今のアリスは、笑ってても、ちょっと突つけば壊れそうな気配。