お茶がウマイ
うららかな昼下がり。
普段1人で食事するとき何となく点けてしまうテレビだが、火村と2人でいる今は、そんな無粋なものは必要ない。特に予定もなく、ただ一緒にいるためにやってきた火村とだらだら過ごす休日。
遅い朝食兼昼食をとって。
その後は特に会話もなく、お互いの微かな息遣いを隣に感じながら読書に勤しんだ。火村は図書館から借りてきた、アリスは同業者から送られてきた本。
そして一息ついて、それからのんびり一服お茶の時間。
「はー。お茶がウマい」
一口呑んで、ほっと一息。
たいていはコーヒーなのだが、今日はお茶請けに合わせて玄米茶。
このあいだ気が向いて、久々に堅焼きの醤油煎餅なんぞを買ってきたので。
「…………」
火村の白い目がちらりとアリスを見る。
「あっ、オマエ今、ジジむさいとか思ったやろう?」
「別に」
「正直に言え、コラ」
「……思った」
「なんやとー!」
やれやれ。この家では静かにお茶も飲めないのか。
まだ熱いお茶に手を付けられないまま、立ち昇る香りを楽しんでいた――年寄臭さはいい勝負――火村は、1つ大きな息を吐いた。本人は理不尽な言い種に呆れているつもりだが、傍から見たら単なる幸せボケのため息にしか見えないことだろう。
「なぁ火村、これ見て? この煎餅の袋のとこ」
「ああ?」
たった今、怒っていたのではなかったかと呆れる暇もないくらい唐突に。煎餅の個袋を手に、アリスが火村に寄り添る。
「これにマヨネーズ付けて食うと美味いんやて」
「……」
この先の展開が読める火村は無言。
「やってみよ!」
ああ、やっぱり。
「……ヤだね」
「なんでやー!」
「やりたきゃ勝手にやれ」
「なんやつまらん。付き合いの悪い奴っちゃなー」
「わざわざ食いもんを不味くする趣味はないんでね」
アリスの好奇心と探求心は商売道具だが、もう少し方向性を絞ってもいいのでは? と火村は思う。
「せやって、袋にわざわざ『やってみて』て印刷してあるんやで? よっぽど思いがけなく美味いんでなきゃ、そんなことする訳あれへん」
「俺は不味いと思う」
「そんなんやってみな解らんやないかー。食わず嫌いはよくないんやで?」
自分も未知の領域のくせに、妙に力いっぱい説得するアリス。すっかり意地になってしまっているらしい。
こんなときだけフットワークも軽く、アリスはいそいそと冷蔵庫からマヨネーズを取ってきて、いざ!
にゅ。
やっぱり少しはコワイので、一口大に割った煎餅の端に少しだけ付けて、パクリ。
「あっ、平気平気! ウマイ」
胡散臭そうな火村の視線を笑顔で受け止めて、もう一口。
「はい。君のぶん」
にこにこと目の前に差し出されて、火村は観念して口を開ける。
「な? 美味いやろ?」
「……まぁな」
確かに。思ったほど悪くはない。
醤油とマヨネーズの組み合わせが案外良いことは、普通の食事においては火村も知っていること。それと同じことなのだろう。
アリスは自分の手柄とばかりに大得意。
「どや。思い切って食ってみて正解だったやろ?」
「そうかもな」
「けど最初にやってみた奴、偉いなぁ。誰やったんかなー。社長さんかな?」
「さあな」
美味しくてめでたしめでたしだったが、火村的にはなんとなく悔しいような気がしないでもなくて。
「……ところで前にテレビでやってたんだけどな」
「あん?」
嫌がられると解っていても振ってしまう、こんな話。
「納豆にマヨネーズってのも美味いらしいんだが……」
「………」
さーっと、アリスが蒼褪める。なんてお約束な反応。
「ちなみに、ケチャップだともっとウマイらしい」
「…………」
「今度やってみるか?」
なにやら想像しているのか、奇妙に表情をなくしたままアリスはブンブンと首を振る。
「……やらん」
楽しくて、もうちょっとだけ遊んでしまう。
「どうした。食わず嫌いはよくないんだろ?」
「でも、やらん」
「今晩買ってくるか」
「やーめーてー」
アリスが膝の上で頭を覆ってしまった時点で、この話題は終了。これ以上やると、平和な午後が途切れてしまうかもしれないので。
「じゃあ何が食べたい?」
もう充分遊ばせてもらった。楽しかったから、リクエストに応えてやってもいい。
アリスはぱっと顔を上げる。
何やら不愉快な話題が通り過ぎたような気もするが、それはもう終わったこと。忘れてしまえ。
「えーっとなぁ……」
ようやくお茶に手を付けた火村を横目に。
平和な夜に向けて、楽しい考察に入るアリスだった。
H13.3.7
なんか文体が違う〜 まぁ、こんなときもあるさ。
某メーカーの煎餅にそう書いてあったので。ネタになる、と煎餅片手にニヤリとする私(笑)。
納豆にいつものタレとカラシ、+マヨネーズは、たまにやるとウマイです。
ケチャップはやったことアリマセン。お菓子みたいな味、と言うてましたが。ホントか……?