その効果
「おー、来たか火村。聞いて驚け。今日はなー、夕飯作っとったんやで」
「ナ・ン・デ・ス・ッ・テ !?」
リクエストどおり驚いてやった。いや言われるまでもなく、素でも驚いたのだが。
「……失礼な驚き方やなー」
「驚けって言ったじゃねぇか」
アリスが飯の支度をして待っているなんて、年に数えるほどしかない。
「珍しいこともあるもんだな。何かあったか?」
「ま、たまにはな」
「車で来てるってのに、大雪になったらどうしてくれる」
「大雪やったら学生さんも来れへんやろ。もう1日泊まってけばええやん」
キッチンには、なるほど何かを煮たときの匂いが漂っている。
コンロには大きな鍋が1つ。今までの数少ない前例の中で圧倒的に多いメニューはカレーだったのだが、そのお馴染みの鍋に、今日はその特徴的な匂いはしない。
「な、今あっためるから、味付け、やってな」
「は?」
「……俺が味付けしてもあんまり美味くならんもん。せやから、火村にやってもらお思て」
鍋の中を覗くと、野菜やキノコ類、豆腐や魚などが既に火の通った状態――やや煮過ぎた感は否定できない――で、ちょっと冷めかけていた。
「ちゃんともう煮といてん。あとは味付けだけや!」
「お前なぁ…… 得意そうに言うなよ」
味にはいろいろとウルサイくせに、いざ自分が料理するとなると、アリスの許容範囲はぐんと広くなる。
食べ頃に煮えてしまう前に火は止めたのだろうが(そう信じたい)、白菜やネギなど、余熱ですっかりくたくただ。歯触りには期待しないとして、まぁ… その分味が染みて美味くなっていることを祈る。
「水を入れて煮ただけなのか?」
「これ入れた」
アリスが手にとってサカサカと振って見せたのは、小袋に入ったスープの素。出汁を取るワザは知らなくても、代わりの手抜き手段を持っているのがコイツらしい。ひととおりの調味料や市販のつゆなども、この家にはちゃんと(自分で活用することは稀だとは言え)揃っている。
だったら後は、それらで味を整えるくらいで食えるはずだが……
「何回か練習したんやけどな、上手くいかへん。火村のみたいに美味くならんのや」
「練習? 1人でか?」
「当たり前やろ」
「お前、それは……」
俺だって、家で1人で鍋食おうとはあんまり思わねえけどな。
「たまには火村が来る前に作っといて、吃驚させてやろうと思って練習してん。けど、もう諦めたわ…… やっぱ俺に料理は向かへん。火だけはちゃんと通ってるから、仕上げは火村がやって?」
そんなに哀しそうな顔するんじゃない。気持ちだけはありがたく貰っておくから。
「自分でやってみろよ」
「せやかて……」
「見ててやるから」
「………」
アリスは渋々調味料に手を伸ばす。一々こちらの顔色を伺ってくるが、この場は傍観者に徹する。
「こ、こんなもん?」
「味見してみな」
「………」
「どうだ?」
「あれ?」
「食えるだろ」
「うん… 美味い…ような気ィする。……なんで?」
「鍋ってのはそういうもんだろ」
美味しくないのは味付けじゃなくて、1人で食べる味気なさ。
1人でいくら練習したって、食べるときに楽しくなければ旨さも半減だ。
「そっか。……なーんや。別に俺が料理下手って訳やなかったんや」
「いや、そこは安心するところじゃない」
「なんやと?」
「見ろ、この煮すぎて鬆の空いた豆腐。いつもの鍋奉行っぷりは口だけかよ」
「あ……」
「ま、アリスにしては上出来だ。さ、食おうぜ」
「おう」
鍋は大勢で囲んだほうが美味しいと言われている。だが俺にとっては、これ以上の人数は必要ない。
きっとお世辞抜きに、美味いと言うことができるだろう。そうしたら、『どうも釈然としない』といった今のアリスの冴えない表情も、たちまち上機嫌に綻ぶに違いない。
そんな近い将来を予測する。
そしてその予測の中のアリスよりも、更に上機嫌な今の自分。この上機嫌が、この食事を更に美味しく感じさせてくれるだろう。
恐らく本人の目論み以上に、アリスの手料理は、この時点で既に大成功を納めている。
『いつもやらないヤツがたまに何かすると、すごくありがたい気がするよな』
ではいつも俺がやってることはいったい……
と、上機嫌な中にも、少し虚しさが混じったりもするのだった。
H14.1.27
私ってば、とことんアリスを料理音痴にしたいらしい(笑) どうやら土鍋も持ってないことに。
恋する乙女(爆)は料理上手になるらしいんだけどなー(^_^;) ウチのは努力しようという気に欠けてるかも。
火村はねー、別に1人でも何ら支障なく、美味しく食べられる人だとも思うのですが。
まぁ、2人で食べる幸せを知ってしまったから、ということで。