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 電気が眩しくて目が覚めた。
 あれ? 確か昨日が締め切りのエッセイの原稿をFAXで送ったのが、もう今日の昼近く(すんません…)で、それからバタンと眠ったはずだから、電気が点いているはずはないのだが……
 ―――ひむら?
 ボケた頭で考える。いや、火村は今週は忙しいって言うてたし……
 





「有栖ぅー、アンタも苦労したんやねぇ……」
 ベッドの脇に座ってこちらを見下ろしているのは。
「おかん……?」
 しかも両手に広げて持っているのは、その表紙は……

「う、あああー! 何見てんねん!」
 一気に覚醒した。
「返せ! 人のモン勝手に見んのはドロボーや!」
「人聞きの悪いこと言いな。まーた締め切りを言い訳にしてだらしない生活送ってたんやろ。きったない部屋ん中掃除してあげたお母様に向かって何や、その言い草は」
「せ、せやかて……」
「机の上もわやくちゃなっとったから整理したろ思たのに、机ん中まで爆発しとって、もーこの子はいくつんなっても…… おかあちゃん情けないわー」
「それが余計やって言うんやー! 開けんな、人の引き出し…… プライバシーちゅう言葉を知らんのか!」
「アンタ昔っから隠し事ヘタやったもんねぇ…… けど、このノートは別に引き出しから探し出した訳やないで? ここにあったんや」
「だからって見ていいことになるかい!」
「どれ、ベッドの下も見てみよか? エロ本が出てきたら笑うで」
「あるかっ!」
 いっくら抗議しても、のれんに腕押し、ぬかに釘。1度として口で勝てたためしはないのだ。
 しかししかし、なにが悲しゅうて、この年になってまで親に部屋を点検されにゃならんのだ。
「ううう、返せ、それ」
「イ、ヤ。おとうちゃんにも見せな。これ読んだら泣くでーきっと。あの人、ロマンチストやから」
「うあああぁ、やめぇ〜〜」
 なんでや。なんで俺、火村にもおかんにも勝てへんねやろ………

「それはともかく、ご飯にしよ」
「ゴハン?」
 そう言われれば、なにやらいい匂いがしている。現金な私の腹が、正直な音を立てた。
「今日おとうちゃんおらへんねん。ちょうど木曜日やし、火村くんも今日はお仕事なはずやったと思って来てあげたんやで。ああ、母ってありがたいなー。どーせまた碌なモンも食わんで徹夜して、今まで爆睡しとったんやろ」
 あたり。……何で火村の仕事まで把握してんねん。母、恐るべし。





 火村のご飯も美味いが、母親のもまた別系統でおいしい。
 どんなにぶっ飛んだ親でも、やっぱりおふくろの味ってのは存在するんやなぁ…… なんでこの料理の腕が俺には遺伝してくれへんかったんやろ…… 
 と、幸せと嘆きとご飯を同時に噛み締めていたところに、しみじみすることを許さない声がかかった。1度かかるともう、しみじみしたり噛み締めたりしている暇はないのだ。
 せめて、食事が終わるまで待っていて欲しかった……
「せやけど有栖アンタ、ニブイにもほどがあるわ。火村くんの気持ちなんか、アタシはアンタが大学行っとった頃から知ってたことやのに」
「ええっ、うそぉ……」
 味噌汁の味が消えた。うう、もったいないが、それどころじゃない。
 火村のヤツ、そんな前から……?
「なんや、今まで知らんかったんかいな。アホやなぁ…… たまにしか会わんおかあちゃんにもわかることが、なんでいっつも一緒にいてたアンタにわからへんの」
「…………」
「ホンマに知らんかったん?」
 学生の頃なんて、私の方はそんなこと考えてもいなかった。後から思い起こしてみると、あの頃からたぶん好きだったのかも知れんなぁ、とは思うけれども。
 本当に火村はその頃から?
 だとしても、あのポーカーフェイスがそれほど読まれやすいとは、とても思えないのだけれど……
 やっぱり母は偉大、なのかも知れない。
「嫌やわぁ、我が子ながらボケナスや。……アンタ、火村くんがええ子でホンマよかったなぁ。そのおかげで命拾いしてることもきっとあるよ? ヘンなヤツに騙される前に火村くんが有栖を捕まえてくれて、ホンマ助かったわ。ようお礼言うときなさいよ」

「不公平や……」
 なんで俺より早うに知ってんねん。
「なんで言うてくれんかってん。俺かて知っとったら―――」
 あんなに悩まなくて済んだのに。
「だーって、火村くんと私の、ナイショのお約束やもーん」
 火村、君ってヤツは、俺というものがありながら、女と内緒の約束を……(って違うか) 
 ―――まさか、まさか他にはあらへんやろな?



「今度また勝手に人のモン掻き回すようなことしたら、合い鍵没収やで。ええな?」
「あー大事な息子がどんな暮らししてんねやろって、気になる親心がアンタには解らへんの? 冷たいわぁ」
「せ、せやかて……」
「いつ何時、ボケ息子が部屋ん中で行き倒れてるかも知れんのに、親が知らんかったでは済まへんやろっ」
「行き… そんな頻繁に様子見に来てる訳でもないのに、何エラそうに言うて……」
「あら、しょっちゅう来てもええのん?」
「や… カンベンして………」






 ああ、あんなもの、さっさと始末しておけばよかった。そうすれば……
 いやでもでも、あれは私にとってはやっぱり特別な、大切なものだし……
 ああいやいやそんなことより、どうやったらあのノートをこの手に取り戻せるのか…… それが当面の大問題なのだった。



12.3.4


やっぱりおいしいところを持って行くな、この人(笑)


えーっと、ここに書いておこうかな。ここまでお付き合いくださり、どうもありがとうございました!
またのお越しをお待ち申し上げております<(_ _)>


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