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        NHK教育



『パンダうさぎコアラ♪』
「ぱんだうさぎこあらー!」
 ビデオの中のおにいさんおねえさんの歌に合わせてクルクルきゃあきゃあと踊り回っているのは、4歳の男の子と2歳の女の子。
 そして火村が驚いたことには、アリスが一緒になって歌っていた。
「……何で知ってんだよ………」
 こっそり呟いたつもりが、しっかり聞こえてしまったらしい。アリスと男の子が、2人揃ってクルリと火村を振り返った。
「おじちゃんはこのうたしらんの?」
「……コブタヌキツネコなら知ってるぞ」
「なおもそれしってる! ようちえんでなろうた」
「そんなん、俺らの世代の常識やん。知らんかったらモグリや。自慢になるかい」
「お前こそ、パンダうさぎコアラが自慢になるか」
「なる。見てみい、俺、この子らとすっかり仲良しやねんで」
 なー? と子供と声を合わせて首を傾けているアリスに、火村は憮然とした。テレビの話は合わないかも知れないが、火村だって普段はこの子たちには懐かれているのだ―――



 場所は北白川の篠宮家。
 アリスが火村のところへ遊びに行くと、ちょうど婆ちゃんの娘さんが子供を連れて来たところだった。夜まで預かるということで、本来の目的を忘れて一緒に遊び始めるアリスだった。
「有栖川さん、火村さん待ってるんやないの?」
「え、けど、遊びたいなぁ…… そしたら火村も呼んできますわ」
「あれまぁ…… けどこの子らの底無しのパワーは私の手には余りますからなぁ、一緒に見とってくれたら大助かりやわぁ」
 いつ本の山が崩れるかわからない火村の部屋には、危なくて連れて行くわけにはいかない。婆ちゃんが普段生活する茶の間で、子守りの定番『おかあさんといっしょ』のビデオに、アリスはワクワクと、火村は仕方なく付き合うこととなった。

「なおちゃんはテレビ何が好きか当ててみよかー? えーとなぁ、おじゃるまるとポケモンやろう?」
「あたりー!! なんでわかったんー???」
 眼をくるくると輝かせて、不思議そうに訊いてくる。種明かしをすれば何のことはない、さっきこの子がお母さんにおじゃる丸の話を一生懸命に聞かせていたのだ。お土産に『プリン買うてきてな』とも。
 そしてポケモンは、ヒントなどなくても今どきの子供のたしなみというものだろう。
「おい……」
 火村の呆れかえったような声に、ばつが悪そうに言い訳する。
「俺かて、おじゃる見とるワケやないんやで? 一般常識や」
 ポケモンはたまに見るけどな…… とごく小さく付け加える。
「じゃあさぁ、じゃあさぁ、どれみふぁどーなっつのなかではー?」
「う? うーん、……レッシーかな?」
「はずれー! ファドでしたー!」
「あちゃー、ハズしたか」
「……ドレミファなんとやらは見てるんだな」
「それも常識のうちや!」
 火村には、とてもそうとは思えなかったが。

「火村は、どんな幼稚園児やったん?」
「さあな」
「ちゃーんと良い子でお遊戯しとったか?」
 自分で訊いておいて、アリスは想像したのか、まさかなーと馬鹿笑いする。
「ご期待に沿えなくて悪いが、生憎と模範的な園児だったさ」
「それはそれで笑える図やないか〜」
 しばらく憮然としていた火村だったが、自分でも想像して噴き出した。
「まーにぎやかなこと。なお、ええなぁ、センセに遊んでもろうて」
 じっとしていない妹の桜ちゃんが猫たちに下手に手を出して引っかかれないように、そしてもの珍しげにうろつく猫たちが苛められないように目を離さない火村と、兄の尚也くんの止まらないおしゃべりに根気良く付き合うアリス。
 子供のようにかわいがっている店子とその友人と猫たち、そして目の中に入れても痛くないほどの孫たち。その平和な光景に、おやつにリンゴを剥いてきた婆ちゃんは目を細めた。




 子供達がお昼寝タイムになった時点で、アリスたちは2階に引き上げた。こたつに潜り込んで、火村はさっそくキャメルに火を点ける。吸えなかった時間を取り戻すかのような勢いで煙を吐いている姿に苦笑して、アリスは部屋の主に代わってコーヒーを淹れてやった。
「お前、なんであんなもん知ってんだよ」
「んー、平日にたまたまテレビ点けるとやってんねん」
「見てんなよ……」
「懐かしいて、ついな。たまに見ると楽しないか?」
「別に」
 火村はそっけなく答えた。さんざん見せられたビデオについては、お兄さんお姉さんより人形の方が歌が上手いんじゃねえか? という身も蓋もない感想を持っただけだ。
「つまらんやっちゃなぁ…… 小さい頃、『テレビの中に入りたい〜』って駄々こねて、おかんを困らせたりしたこととかないんか?」
「記憶にないね。そりゃお前だろう?」
 言ってやると、アリスはあさっての方向に目を泳がせた。どうやら図星らしい。
 そう言えば昔、登園拒否していたことがある、とアリスの母親から聞いたっけなと火村は思い出した。理由は『テレビが見られないから』だったとか…… 最も、しばらく経つと幼稚園も大好きになったらしいが。
「NHKの教育番組って、小学校3、4年生向けまで人形とか出てきてたやん? 11時くらいに高学年向きの番組になると理解不能になるんやけど、それまでずーっと釘付けやったなぁ」
「何をそんなに見てたんだよ」
「何って、人形劇も理科も算数も全部…… せや、セサミストリートも見とったで。名前しか解らんかったけどな。アレやな、なんぼ小さい頃から英語聴いとっても、理解できんもんはできんよな。その点、今の『英語であそぽ』はちゃんと日本の子供向けの英語番組やからええよなぁ」
 ちゃんと今の番組タイトルまで把握しているアリスの生活が、火村は本気で心配になった。コイツは普段どういう番組を見ているのだ。
「たまに午前中に起きるやろ。そうするとテレビショッピングとかワイドショーとかばっかりやねん。ニュースでやらんようなところまで詳しく事件の報道するんはええけど、レポーターが被害者の家にまで押しかけたりするんは、ちょっとな……」
 だからって、チャンネルを幼児番組に変えてまで見ることもないのではないかと、火村は思うのだが。
「テレビを消すっていう選択肢はねえのかよ」
「特に見たくて点ける訳やないもん。1人でメシ食う時とか、何か音が欲しいやんか」
 1人でも退屈を知らないというアリス。それでも1人の食卓は寂しいものなのだろうか。



「お前なら…… いい父親になるだろうな」
「君かて、おねむのさぁちゃん抱っこしとる姿は、立派にマイホームパパみたいやったで。なんか……」
 目を合わせずアリスはこたつから出てもそもそと移動すると、背中から抱きつくことで危険な会話を断ち切った。顔を火村の肩口に埋め、なにより大切な存在を腕の中に閉じ込めて、自分のものだと無言で主張する。拘束された腕をなんとか動かして、火村はそんなアリスの手を握り込んだ。
 自分達には決して手が届かない、小さくて愛しいもの。それを相手の人生から取り上げてしまうこと。そんなことをしていいものだろうか。考えると、とても恐ろしい。
 しかし相手を誰か女性に委ねることなど、それを祝福することなど、とうていできそうになかった。
 考えちゃいけない。もう、決めたのだから。
「あの子ら、かわいかったなー」
「そうだな」
 後で悲しくなる必要はない。2人で、選んだのだから。
 一緒に遊んで楽しかったなーと、ほわほわしたいい気分のまま過ごせばいい。
「次に会う時までには、火村もビデオ見て勉強しとかなあかんよ」
 次の小さな命がなくとも、自分たちは幸せなのだから―――
 



H12.1.31


婆ちゃんの孫っていったら、もっと大きくないと計算合わない気もするんですけど、(30年前には上の娘さんがもう嫁いでるんだよね……)
でも『年頃の孫娘』なんて危険な人物は出したくないし。
下の娘は火村が来る直前に嫁ぎ、10年経ってからやっと子供ができたということにしよう!(爆) 
でもそれだと、年頃の娘がいるのに男子学生を相手に下宿屋をやってたことになってしまうし…… うーん(困)

……これを書いて2ヶ月後、おかあさんといっしょは世代交代し、ドレミファどーなっつではなくなったようですな……(^-^;)