散 華 注意 ネタバレ!!(雪華楼殺人事件)(と言いますか、読んでないと判らないかもです)
「これっきりこの事件と関わりを断つつもりもない」 と、火村は言った。
「彼らのことを、もう少し知りたい」と。
これは不幸な事故であり、彼女は犯罪者とは呼べないというのに―――
真相はどうあれ、自分を 『殺人犯』 だと認識してしまった彼女の内面は、既に火村の研究の対象範囲内なのだろうか。
それとも事故だったにも関わらず、『人を殺した』 という枷を背負ってこれから生きていかねばならない彼女に、何かを重ね合わせてしまったのだろうか。
星も凍えるような寒い2月のある晩、ビルの屋上から男が飛び降りて死んだ。建設途中で打ち棄てられたビルに棲み付いていた若い男女のうちの1人。
死体についていた不審な傷と、屋上に残された足跡の謎については火村が説明をつけた。その結果、殺人事件とは呼べないとの結論に達したにも関わらず、火村はまだ手を引くつもりはないと言う。
2人がどんなふうに愛し合い、すれ違ったのかは解けない謎だと火村は言った。
そうかな? 確かに、得られた事実から真相に辿り着く犯罪学者にとっては何も手がかりがないかもしれないが、想像力が資本の小説家にとっては、足跡の謎よりは遥かに察することが容易い。最もそれは、あくまでも想像にしか過ぎないのだが。
この廃ビルの先住者である伊地知から聞いた彼らの会話の断片から、2人の様子を思い描く。焚き火で僅かな暖を取りながら、寄り添って睦言を交わしているところも、罵り、傷つけ合い、また求め合う姿も。
寂しい者同士、ただ慰め合っていただけなのかもしれないが、こんなに寒い場所でも2人一緒なら平気だと思わせるほどの想いが、一時的にせよ確かに存在していたはずだ。
この凍てついた建物の一室で、ままごとのような愛の巣に籠り、身を寄せ合っていた2人。
相手が離れて行くことが死ぬほどつらい。だから、それを失うくらいだったら死を選ぶ。
そうすることによって相手にどんなに酷いダメージを与えることか、それすらも考えが及ばないほど。確かに愛し合っていたはずなのに、そんな簡単なことさえ思い遣ってやれないほど。
その純粋さは、あまりにも子供で、哀しい。
失いたくない。相手と一緒にいられるこの時間を、絶対になくしたくない。
その気持ちは、たぶん誰よりもよく解る。
でも、だから――― 絶対に、自分から手を放しちゃいけないんだ。
手を放したら、本当にそこで全てが終わってしまうから。こんな一瞬で、あっけないほど簡単に。
別れを宣言しちゃいけなかった。彼は彼女の存在にしか救いを見出すことができなかったのだから。
説得を諦めて背を向けちゃいけなかった。彼女は自分を引き止めてくれない彼をこそ憎んだのだから。
何を言われても、絶対に自分から手を放したらいけないのだ。なぜなら相手には自分が必要なのだから。自惚れだっていいんだ。自分にとっても相手が必要なら、なおのこと手放しちゃダメだ。
私は、絶対に火村から離れない。迷惑だと言われたって離すつもりはない。私が火村を必要なのはもちろんだけれども、火村が出す判りにくいサイン、私が必要だというサインを確かに感じ取れるから。
黙って立ち尽くす火村の背中からそっと手を廻す。冷え切ったコート越しでは、温もりの欠片すら分け合うことはできないけれど。でも。
胸の奥だけは温かい。それは火村だけが私に与えてくれるもので、私も火村に与えることができていたらいいと思う。あの2人も、こうして温かさを感じ合えるのが互いを置いてはいなかったからこそ、2人で生きることに拘った。一緒にいて幸せだったからこそ、こんなところでも耐えられた。
私の視た、寄り添う2人の幻。2人は確かにここで幸せな時間を過ごした。それが現実のことだったと私は信じているが、火村もそう感じてくれていたらいいと思う。
火村が何を思って彼らのことを知りたいと言うのか、本当のところは私には解らない。ただ、想像してみることしかできない。だからそうする。私のできることを。
火村曰く、偶然に意味を持たせるのは小説家の仕事なのだそうだ。だったらこの件に火村が立ち合うこととなった偶然にも、私が意味を与えてもいいか?
殺意を抱いたけれど実行に移さなかった者と、殺意なんてなかったのに人を殺してしまった者。どちらがより重いだろう。
どちらが罪が重いか、ではない。背負ってしまったものの大きさ、本人が感じる自責、受けたダメージ、そんなものの重さ。罰せられることがないから、償うこともできない。
この2つは全然違うけれど、それらを背負って生きていかなきゃならない辛さは似てるんじゃないかな。
火村がどんなふうに彼女に関わるのか、私にはわからない。けど火村は痛みを知っている者だから、彼女が苦痛に感じるような接し方はしないだろう。きっと彼女が立ち直る手助けになってくれるはずだ。
そして彼女が苦しみ立ち直る過程で、火村が求めるものを少しでも示唆してくれたらいいと思う。
今は精神を逃避させることによって、自分を保っている彼女。何もかも思い出して真実を把握したとき、起こった事実を認めたとき、彼女ははたしてそれを受け入れることができるだろうか?
お願いだ。耐えてくれ。受け止めて、立ち直ってくれ。
本人のためはもちろんだけれども、私はものすごく我侭だから―――
火村のために。私は自分の大事な男のためにそう祈る。
君というモデルケースを逐一観察し、機械的に記録し、ファイルするだろうアイツのために。
冗談じゃない? 関係ない?
そうやな、俺かて君の立場やったらきっとそう思う。でも。
私には火村が大切だから。犯罪者のレッテルを自分に張った君が立ち直る過程は、きっと火村を救うヒントになるから。私ではそれを与えてやることができない。犯してもいない罪に苦しむアイツを、頼む、助けてやってくれ。
それから。
彼女に立ち直って欲しい、もう1つの理由。
犯罪者に向ける厳しい目と、彼女に対する視線が区別できないほど、私は鈍くはないつもりだから。火村がいつまでも誰かに関心を向けるのを許すほど、私は寛大ではない。
ライバルは1人でも少ないほうがいい。
1日も早く元気になってくれたらいい。そして火村が君に心を掛けている分を、早く私に返してくれ。
彼女が立ち直るまで、火村は研究と称してこの件を追い続けるに違いないのだから。
H14.3.24
未読の方には不親切な話でした。すみません。
原作絡みだと、どうしてもこんなトーンになっちゃいます。
同人の火村はアリスという救いを既に得ていますが、原作の火村にはそれが許されないんですよね。