10円分の大切
え〜と、神様、明けましておめでとうございます。今年もよろしくお願いします。
昔は『世界平和!』とか祈ってましたよね。けど、もうそんな大それたこと言いません。
今年もまた、守ってほしいのはたった1人だけです。
こんな個人的な願いは、アカンのでしょうか?
『世界平和』みたいな博愛主義の方が、神様の好みには合ってるんでしょうか?
でも俺は、もう何年も前から…… 知ってますよね?
世界全体なんかより、たった1人の方が大切になってしもてるんです。
コイツ、絶対人よりも多く恨み買ってるはずやから……
それやのに、お参りにも厄払いにも行かん、しょうのないヤツです。
でも、ちゃんとここまで引っ張って来ましたから、それだけは汲んでやってください。
その分俺がお祈りしますから、お賽銭も上げますから、どうか守ったってください。
何かトラブルがあっても、たぶんこいつは自力でなんとかできます。
でも、傷つくのは一緒やから。
自分が傷ついたのもようわからんような鈍感なヤツやけど、自分では何でもないと思ってるようなヤツやけど、でも……
傷つかんようにしてください。もうこれ以上苦しまんようにしてやってください。お願いします。
苦しいのは、夢のことだけでもうたくさんや!
俺は――コイツの傍にいます。
あなたがダメと言ってもいます。どうか、引き離されるようなことが起こったりしませんように。
なにとぞよろしく。
2000年(ミレニアムや!)1月1日 有栖川有栖
今年もまた散歩と称して外に連れ出され、(あくまでも)ついでに、近所の小さな神社に付き合わされた火村である。アリスの魂胆は見え見えで、本人もそれは承知している確信犯らしいが、まぁ、どうしてもイヤと言うわけではない。
普段はしない散歩とやらに、付き合ってやってもいい。たとえどんなに寒かろうとも。お参りを強要されたりしない限りは、散歩のついでに神社に立ち寄るくらい、おやすいご用だ。
ただ、その辺で待っていたい火村の腕を引っぱって、アリスは火村を参拝位置まで連れていく。アリスがいもしない誰かに手を合わせている間、隣で祈るでもなく賽銭を上げるでもなく、真っ直ぐに顔を上げて立っている自分は、ひどく場違いな感じがした。
手持ち無沙汰だったが、有名神社のように押すな押すなではないがそれなりに人がいるので、タバコを吸うわけにもいかない。
それで、火村は隣のアリスを見ていた。
手を合わせ、目を閉じて何ごとかを一心に祈っている。自分が信じていないからといって人にも強要する気はなかったが、そんなに熱心に頼りにしなくてもいいだろうと、少し悔しい気がした。
自分が隣にいるのに。
「終わったで。……ごめんな?」
謝るってことは、アリスにも火村の居心地の悪さが解っていて、でもこれは譲れないのだろう。
「気が済んだか?」
ちょっと皮肉げな火村の口調に、アリスは言い訳を口にする。
「別に俺かて、神様がお参りに来る人みんなの願いをいちいち聞いてくれるほど、暇やと思てるわけやないんやで? ただ、正月に初詣行って、盆にはお寺さん行って、クリスマスには教会… はあんまし行ったことないけど、それくらいは八百万を信ずる日本の庶民として標準やろう?」
「やれやれ、それほど信仰されてもいねえのにイベントの時だけ来て願い事だけされたんじゃ、日本の神仏は大変だな」
「…そう、やな…… やっぱ普段から来とかんとアカンかな?」
「おいおい、止めてくれよ」
急に不安そうになったアリスに、火村は慌てて言った。無駄なことを… とまでは火村は口に出さなかったが、その気持ちは通じたらしい。
「せやかて…… 100回お祈りしたら1回くらい叶えてくれるんやないかって、昔の人はお百度参りとかしたんやろな。俺かて願いは自分で叶えるもんやって思ってるけど、ちょっとでも可能性があるなら、ご加護はお願いしときたい。……自分の力だけじゃどうしょうもないこと、あるやろ……?」
「…………」
悔しそうに俯いてしまった背を押すようにして、火村は黙って後ろからアリスの頭をポンポンと軽く叩いた。
「……行こうぜ」
「ん… あ、ちょお待て。甘酒や〜 頂いてこ?」
しんみりしてしまった照れ隠しのように、言うが早いか走って行ってしまうアリスに、火村は子守りの心境で苦笑して付いて行った。
「お待たせ〜〜 熱いで〜」
「サンキュ」
2つ持ってきた紙コップの1つを受け取る。匂いからすると、酒粕からではなく米麹から作った甘いものらしかった。子供でも飲めるようにだろう。
息を吹きかけると盛大に湯気が上がり、火村は直ぐに飲むことを諦めた。
「賽銭、いくら上げたんだ?」
「んー、100円」
「そりゃまた。どうせアリスのことだから、5円とか45円とかだろうと思ったんだがな」
「あったり〜 45円×2人分+おまけの10円や」
「なんだオマケって」
―――だって、君は人よりいっぱい守ってもらわなあかんから―――
黙って自分を見つめてくる視線に、アリスのそんな想いが聞こえたような気がして、火村は努めて平静を装って、手の中の甘酒を一口飲み込んだ。
「アチっ!」
とろみのある液体は、表面はずいぶん冷めたようでいて、中は熱を保ったままで…… それだからこそ寒い屋外で、冷えた参拝客の身体を温めることができるわけだが。
「っ… チクショウ、火傷した」
「あ〜あ、大丈夫か? オマケが10円じゃ足りんかったかな?」
「……お前、自分でお参りしないからバチが当たったとか思ってねえか?」
随分と僻みっぽいことを言ってしまう火村である。
「そんなん思ってへんよ。神様はそんなにセコイことせんて」
「なんにしろ、100円で世界平和は安すぎるぜ」
ずいぶん昔、そう祈ってたことがあると聞かされて以来、何かというとからかいのネタにしてきた。
「大金を強要する神様は信用できん。それにもう、そんな大きいこと願ってへんよ」
「ほーお?」
願いはほんの小さな日常の、でもとっても大切なこと。アリスは神様に、火村は他の何かに。
『―――今年もまた、こうやってコイツと笑いながら過ごせますように―――』
H12.1.1
おまけ
2000年の年賀メールでお届けした、ほんのちょっとした小話です
天気予報見たら、なんか大阪も京都も元旦はそれほど寒くないみたいですねー。
そして神社で甘酒を振舞っていたりするのか、はたまたお店が出ているのか、そんなこと私は知りません…(-_-;)
ちなみに、近所の神社すら行かない私は、火村以下(爆)