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        言えない君へ




「普段は言わないくせに……」
 バカが… という、吐息のような囁きが落ちてくる。
 たまに私が甘えてみせると、これだ。せっかく人が、わざわざ口に出してやっているというのに。
 バカって言うな、というお決まりの反論を唇の動きだけに止めて、私は火村の背に回した腕に力を込めた。




 君は自分が甘えることをよしとしない人間だから。
 自分から望むことを、自分に許していないから。
 だから、たまには私から言ってみる。

 私だって甘えるなんてのは、本当は嫌だと思うけれど。
 でも。
 君にはきっと言えないと思うから。
 だから私から言う。
―――離れないで。傍にいてくれ。
――― 一緒に。ずっと。
 火村のためなんかじゃない。これは私のワガママだから。
 だから君は聞いてくれなきゃ。
 私を甘やかすのは得意だろう?
「しょうがねえな」って、笑って私に付き合ってくれるだろう?
 君は言葉にしなくていいから。
 それでも時々は。
 私を抱きしめる腕に、力を、想いを込めてくれたら嬉しい。
 そう、ちょうど今みたいに。


 私のそんな思いは、きっと火村にはバレていて。
 確かに、自分が落ち込んでいるときは意地でも言わないのに (火村に言わせると、その分、顔や態度に出るというのだが)、火村が沈んでいるときに限ってそんなことを口にしてたら、バレるに決まってるか。
 でも火村が不安定だと、私の方がオロオロしてしまって言わずにいられなくなるのだ。
―――ったく、過保護だよな。
―――お前は解り易すぎなんだよ。
―――この、バカが……
 眠りに半分沈没しかけた意識のなかで、哀しいくらいに優しい囁きが聞こえたような気がするときがある。
 それはきっと気のせいなんかじゃなくて……
 私が聞き逃すことを願うタイミングでの囁き。
 たぶん火村は、いつも言ってくれているのだろう。私の聞いていないところで。もっと嬉しい言葉も。
 私の意識がもう少しタフだったら、もう少し長く正気を保っていられたら、きっと、もっと頻繁に聞き取れているのだろうと思うのに。

 ゴメンな、大根役者で。
 けどこれは演技とかそういうのではなくて、火村に言わせたくないから自分で言うだけで。
 偽りなんか入ってない。私の本心だ。





 転嫁なのはわかってる。責任じゃなくて、甘えの。
 君のためという大義名分で、自分のワガママをさらけ出す口実にしてしまっている。
 プライドに邪魔されることなく、甘えを口にすることを正当化している。
 本当は自分の望みでしかないのに。
 だから……

 どうかどうか、火村の望みが私のそれと同じでありますように。
 私の甘えが、君の喜びになりますように。



H13.3.18


暫くのーてんきな話が続いたので、久々にこんな路線に戻ってみたり。
しかしポエマー寸前で、ちょっとヤバイ感じです(笑)

ところで、この壁紙を頂いてきた素材屋さんに、2度と辿り付けないのですが……
どなたかお心当たりの方はいらっしゃいませんでしょうか?