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         まわしもの




 そのCMは、火村も最近よく見掛けるようになった。
 初めて見た瞬間、どこぞの作家が喜びそうなものだと思った。
 だかしかし、これほどまでに速やかにその光景を目にすることになろうとは―――



 大阪での用事が思いがけず早く終わって時間が空いた火村が、昼の2時頃ふらりと夕陽丘を訪ねてみると、推理作家は新聞を読みながら朝食兼昼食の真っ最中だった。
 食事と言っても皿が1枚とカップスープのみという、至ってシンプルな食卓。前にピザ屋から出前で取ったときの白いグラタン皿。
 そしてそのあまりに予想どおりの皿の中身に、火村は目を覆いたくなった。

「何食ってんだ?」
「あ、これな、新発売の『豆腐グラタン』ちゅーねん。新発想〜ってな。んもー絶対売れるで!」
 自分の発明でもないのに握りこぶしで力説するアリスに、火村は深いため息で応えた。
 あまりテレビを見ない火村でさえ何度も目にしているあたり、メーカーの意気込みが感じられようというものだ。これほど頻繁に流れるCMに、彼が引っかからないはずがない。
 だがしかし、何もこれほどまでに予想どおりの反応をしてくれなくてもよかろうに。
「全く… お前のために開発されたような商品だよな」
「えー、俺ばっかしやないやろ? 豆腐やで? ヘルシーやし、安いし。主婦とダイエッターの味方やん」
「お前ほど嬉々として飛び付くヤツもめったにいねえだろうよ」
「そっかぁ……?」
 首を傾げるアリスに、ますます火村の脱力は深まる。
「インスタント食品ばっか食うなって、いつも言ってんだろうが」
「えー。せやかて、やっぱ新商品にはトライしてみんと…… 作家の好奇心が」
「その戸棚の中に買い置きしてある『新発売のインスタントスパゲッティ』、いったい何年間試し続けるつもりだ? 作家の好奇心とやらはいつになったら満足するんだよ」
「え、ええやんか。お気に入りやねん。……毎年新製品が出るし」
「その都度チェックしてんのかよ……」
 全く。この調子だと、CMや店頭で目に付いたインスタント食品は、全てチェック済みなのではなかろうか。



「もー。来る早々、人の食生活になに文句つけてんねん。こんな時間に来るなんて反則や」
 まだ1/3ほど残っているグラタン皿を前に、それ以上食べ辛くなったアリスが苦情を申し立てる。火村が来ると判っていたら、こんなメニューは選ばなかったのに、ということなのだろう。
「ったく。これじゃ俺が来ない日の食生活は知れたものだな。……判ってたけどな」
 火村が腕を振るうと野菜の皮などの生ゴミが発生する。それを捨てようとゴミ箱を開けると、必ずと言っていいほど、カップ麺やコンビニ弁当などの残骸と出くわすのだった。
「たまにこうやって抜き打ち検査が必要だな」
「おかんとおんなしこと言いなや」
 やってやれないことはないはずなのだが、要するにアリスは面倒くさがりなのだ。何の罪悪感もなく、火村の小言も右から左へと抜けて行く。

「……心配してるつもりなんだがな」
「――――」
 真正面から覗き込んで言ってやると、アリスはようやく言葉に詰まる。
「アリス」
「……あ、あんな、大丈夫やねん!」
 暫くうろうろとあらぬ方向を見ていたアリスだったが、突如火村に視線を戻し、元気良く宣言した。
「栄養が偏る、って言うんやろ? 大丈夫や。こっち来て」
 連れて行かれた書斎で火村が目にしたのは――― 戸棚の中にずらりと並ぶ栄養補助食品の数々。
「な? 足りない栄養はこれで補ってるから、大丈夫や!」

 ……ぬかった。
 書斎のものには手を触れないようにしているから、今まで気づかなかった。
 ごちゃごちゃといろいろ置かれているのは、ビタミンやら鉄分やらミネラルやらのサプリメント。
「コンビニにはもう、迷ってまうほど種類が仰山あるねんで。今度は通販で頼もうかと思て」
 脳細胞の働きまでこれに頼ろうというのか、DHAなどというものまである。スランプに備えての気休めなのか、はたまた日常的に摂っていてコレなのか……?
「ア〜リ〜ス〜〜」
「なに?」
 叱ってやろうと思った火村だが、悪気のない、むしろ得意そうなアリスの顔を見てその気が萎えた。
「なんでもねぇよ……」

 なんだか疲れた。
 疲れさせてくれた張本人に偏らない栄養を摂らせるために、これから買出しに出掛けることになるであろう自分を憐れんで、火村のため息は尽きないのだった。



H14.2.4


ネタだ! とばかりに早速食してみました(笑)<とーふ
豆腐半丁の割に腹持ちが良くてびっくりです。でも男性にはこの分量で足りるのかどうか……?
というわけで、ハウスと日清食品とDHCの回し者になってみました。…私が(爆)