三浦綾子 原作 銃口  劇団 前進座公演


この作品は、三浦綾子さんの最後の長編小説となったもので、「北海道綴り方教育連盟」への弾圧事件が背景になっています。昭和初期、恐怖と凶作で、娘が身売りされるような東北地方の農村の困難な生活状況に、心ある教師達は現実に押し流されずたくましく生きる子ども達を育てようと、生活綴り方による教育方法を始め、この教育運動は全国各地へ広がっていきました。しかし、侵略戦争を拡大する日本の支配層は、治安維持法の下で、国民への弾圧を強め、教育の分野にもその手を伸ばし、ついには生活綴り方まで治安維持法違反をでっち上げて弾圧し、全国で約300名の現職教師が検挙されたのが「生活綴り方教育事件」です。


「私は、国が誤った方向へ行こうとしたら、命を賭してでも『それは行けない』というだけの勇気をもたなくちゃあいけないと思っています。」


三浦綾子さんの言葉です。あの教育事件を背景として、またご自身の戦中での教師体験がこの作品に重ねられ、難病の発症を見ながらも、今日の私達に二度とあのような戦争を招いてはならないということが遺言とも思える深い言葉で語られています。

戦前の日本は治安維持法によって、平和を望む多くの人たちが犠牲者となった、まさに暗黒の時代でした。

戦後は、平和憲法の下に暮らしてきました。しかし今、その憲法が変えられようとしています。このような状況の中で、前進座の「銃口」公演は、平和を願う多くの人たちに勇気と希望を与えてくれると確信しています。

                       

             【物 語】
北海道・旭川に住む北森竜太(りょうた)は、小学4年生。家は質屋で、両親と姉、弟と暮らしています。担任の坂部先生は、軍国主義が強まっていく中でも、子どもたち一人ひとりの家庭状況を理解し、差別しない子どもになるようにとの信念を持って教育しています。竜太は、そんな坂部先生に憧れ、自分も教師になることを夢見ていました。世の中は次第に戦時色が強くなり、言論統制の空気が広がっていきます。

ある日、炭鉱のタコ部屋から脱走した朝鮮人の金俊明が、竜太の家に隠れました。それを見つけた竜太の父親は、「同じ人間だ」と彼をかくまうことを決心します。金の名前を日本名に変え、質屋の番頭として働いてもらうことにしました。しかし、いつしか、金の姿は見えなくなりました。

師範学校を卒業した竜太は、炭鉱町の小学校に赴任してきました。そこには、同級生だった芳子が、すでに教師として働いていました。竜太は、坂部先生のように、子どもたちを愛し、政局におもねる校長先生とは対照的に、信念をもって生きていました。綴り方の教育に熱心だった竜太は、芳子に誘われて「北海道綴方教育連盟」の集会に出席します。

ところが、ある日突然、竜太は治安維持法違反者として、警察に検挙されます。「北海道綴方教育連盟」の集会が、共産主義者の集まりだと見なされたのです。厳しい取り調べに耐えられなくなった竜太は、特高に強制されて退職願いを書いてしまいます。その取り調べ室で、竜太は、拷問で痛めつけられた坂部先生と出会います。「苦しくても人間として、良心を失わずに生きるのだ。光だけは見失わないように」坂部先生の、最後の言葉が竜太の胸に残ります。

釈放された竜太は、芳子との結婚を決意しますが、式を目の前にして召集令状が届けられました。竜太たちの隊は、満州にやってきました。良心に従って生きる竜太は、兵長との衝突が絶えません。兵長は、命令に従わない竜太に、たまたまスパイ容疑で捕まった満人・李東陽を殺すよう命じます。柱に縛られた李を銃剣で突き殺すよう強要されますが、竜太はできません。その場は、近堂上等兵によって助けられます。

貧しい家に育った近堂上等兵は、入隊してからだれからも声をかけてもらえず孤独でした。そんな隊の中で、ただ一人声をかけてくれたのが竜太だったのです。それ以来、近堂上等兵は何かと竜太に親切にしてくれていたのでした。

ソ連が不可侵条約を破り、日本へ宣戦を布告し攻めてきました。竜太たちは李の案内で国境まで逃げますが、朝鮮の解放軍に取り囲まれてしまいます。銃で周囲を囲まれ、殺される……。しかし、その隊長は、かつて旭川で竜太の父親に助けられた金俊明でした。金の必死の頼みが仲間に聞き入れられ、竜太たちはいのちを助けられます。その地で竜太は、日本の敗戦を知ります。
金の助けによって、下関行きの船に乗ることができた竜太は、下関から旭川に帰る途中で、悲惨な広島の町を目にします。

家族の元に戻ったものの、弟は戦死していました。芳子と結婚式をあげましたが、特高の取り調べや戦争で受けた痛手によって気が抜けたようになった竜太は、教壇に立つ勇気が持てません。芳子も、GHQによって黒く墨で塗りつぶされた教科書を見ながら、自分が行った皇民教育に苦しんでいましたが、だからこそ、これからの時代を担う子どもたちへの教育の大切さを、ひしひしと感じていました。
竜太は、芳子や家族に励まされ、初心を思い出して教師としての使命感を取り戻し、再び教壇に立つことを選ぶのでした。

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