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「火村のヤツぅ〜〜!」 
 アリスは、帰って来たカメのひみつ日記を見て、怒りにふるえていた。 
 お断りするまでもないだろうが、PostPetである(笑) 
 先日、にべもない火村をなだめすかして送る環境を整え、やっとの思いで派遣したカメが、ボコボコに殴られて帰ってきたのだ。 
「かわいそうになぁ〜 堪忍な。   おのれ火村め。今に見とれよ」 
 アリスは何事かを決心した。 
 
 
 
 話は1週間ほど前に遡る。 
「火村、火村っ。ちょお、来て来て」 
 毎度お馴染み、大阪は夕陽丘のマンション702号室。 
 来て早々アリスに引っ張られて、火村は書斎のパソコンの前に連れて行かれた。 
「見てみ。な、かわええやろ?」 
 覗きこんだ画面の左上、小さく切り取られたウインドウの中に、更に小さな動物がふにふにと動き回っている。 
 
「お前な……」 
 火村は頭痛を覚えた。 
 ポストペットと呼ばれるものの存在を、火村は知識として知ってはいる。ゼミの女子学生達がキャンキャンと交わしている雑談の中に、頻繁に登場しているものだ。女子の間に爆発的な勢いで普及して行き、GFにせがまれてか男子学生にまで始める者が出てくる始末。内心苦々しく思っていたのだ。 
 しかし、まさか自分と同い年のこの推理作家の部屋で、初対面の挨拶を交わすことになろうとは…… 
 
「それをどうするつもりだ? 使うあてでもあるのか」 
「そんなん決まってるやん。火村んとこに送るんや。俺かてほかの人に白い目で見られとうはないもん」 
 (俺にならいいのか) 
 にこにこと画面を見詰めるアリスへのせめてもの抗議として、火村はキャメルの煙を鼻先に吹きかける。 
「   っ、なにすんねん」 
「おっと、すまんな。……しかしアリス、確かポストペットってのは、それを使ってる相手にしか送れないと聞いたような気がするが?」 
「………………」 
 固まってしまったアリスに聞こえないように、火村は小さく「馬鹿……」と呟いた。 
 
 
「……なぁ」 
「却下」 
「火村ぁ……」 
「ダメだ」 
「……どうしても?」 
「断る」 
 話を切り出す前からにべもなくはねつけられて、アリスは途方にくれた顔をした。しかし、ここで諦める訳にはいかないと、反撃を試みる。 
 
「火村んとこはええよな、猫3匹も飼うて、寂しくないやろ。うちペット禁止やし」 
「………」 
「……片桐さん、誘おかな……」 
「………おい…」 
「森下くんとかも、頼めばけっこう面白がってくれそうやし……」 
「…………アリス……」 
「なに??」 
 しっぽがあったら振っていそうな期待に満ちた顔をされて、火村は自分がずいぶん甘くなっていることを再認識させられた。       断れない。 
「……俺からは送らないからな」 
「うんっ! 火村、おおきに。設定は俺がやったるから」 
 
 
     という経緯があって、その場で新しいアドレスを取らされ、次の火村の休みにはアリスがいそいそと設定をしにやって来た。 
 そうして送られてきたカメである。 
 決して虐めてやろうという気があった訳ではないのだが、何気なくクリックしてみたら甲羅の中に潜り込んだのが楽しくて、つい何度も繰り返してしまい…… 
 アリスがいろいろ言っていた世話の仕方など、右から左へと聞き流した火村であった。 
 そして、「ようもタコ殴りにしてくれたな〜〜」という怒りの電話が、その晩はいることになる。 
 
 
 
 
「アリスのヤツ    」 
 2日後。火村は、一匹の猫を目の前に葛藤していた。 
    『火村へ 
       これならどうや。ネコやで。かわええやろ? 名前はズバリ「アリス」や! 
       殴れるか? 殴れるもんなら殴ってみ。これで君の愛情測らせてもらうわ。 
       きちんとおでむかえしてかわいがってやらんと、すぐに家出してしまうんやて。 
       俺はきちんとかわいがってるからな。もし家出したら君が虐めてるってことや。 
       そしたら君との仲もここまでやな。 
                                                有栖川有栖 』 
 
 固まっている間に「アリス」は帰ってしまい、火村は苦虫を噛み潰した。 
「……こんなもんで測られてたまるかよ」 
 なぁ? 
 寄ってきた桃を抱き上げて同意を求めたが、彼女は一声鳴いてそっぽを向いた。 
 
 
 
「ちゃうやろ! それが殴っとるっちゅうねん。撫でるんはこうや。……そうそう、そうや! あー、そんなにヤケにならんでも…… そんでおやつは…… ああー、アリス帰ってもた。残念ー」 
 ポストペットお世話講座in北白川、講師は有栖川有栖先生である。 
「ああっ、この子も空腹で倒れそうやんか。もー、君おやつあげてへんのやろ」 
「やるか、そんなもん」 
「気の毒になあ…… せんべ食うか?」 
 ただ一人の生徒の受講態度は、キャメルの煙を盛んに吹き上げ、非常によろしくない。 
「君なあ、真面目に聞けや」 
「やだね。なんでそんなことしなきゃなんねえんだよ」 
 火村はアリスの頭を小突いた。 
「もー、痛いやんか。アリスが家出してもいいんか?」 
「別に構わないね」 
 火村の言葉に、アリスはショックを受けて黙り込んだ。 
 
「……アリス?」 
「……火村は平気なんや」 
「何が」 
「俺とのこと。終わりになっても……」 
「……」 
 アリスは早くも涙目になっている。 
 火村はため息と共に盛大に煙を吹き上げると、煙草を灰皿で揉み消した。なんでこんなもののせいで、ケンカもどきをしなければならないのか。 
「お前こそいい加減にしろよ。終わりにしたがってるのはお前だろ。俺はそんなこと一言も言ってない。俺はこんな猫の機嫌一つに左右されるつもりはないがな。……お前はどうなんだよ。お前はこんなもののために、終わりにできるのか?」 
 火村に真剣な声で問い詰められ、アリスはふるふると首を振った。 
「ちゃんと答えろ、アリス」 
「………イヤや…」 
「聞こえない」 
「嫌や! そんなん、できっ……」 
 涙がこぼれる寸前、アリスは火村の腕の中に抱き込まれていた。 
「バカアリス。できもしないことを言うんじゃない」 
「……ん」 
「……ったく、こんなものに託されるほど軽いものなのかと、俺はショックだったね」 
「…うん、ごめ……」 
「泣くな」 
 たまらなくなって、涙を吸い取ってくれる火村に、アリスは自分から口付けた。 
 
 
「……でも、なんや悔しい」 
「なにが?」 
「火村のこと慌てさそう思ったのに、これじゃ逆やもん」 
「ろくでもねえこと考えた罰は、たっぷり受けてもらうからな」 
「んっ……謝ったやん。ちょっとは手加減してな………」 
 
 
 
 
 
   *月*にち 
   今日火村のところにいった。 
   火村とあそんだ。 
   1回なぐられた。 
   死ぬほどなでられた。 
   しあわせ? 
              
   アリス                     ……どちらのアリスの日記なのかは定かではない…… 
 
 
 
 
 
     
    
  
    
 
 
 
 
    
    オマケ 
 
「お前、あのカメはどうしたんだ?」 
「ふふー、内緒や」 
 アリスの思わせぶりな口調に、火村はいや〜な予感がした。 
 
 
 カメの「ひむら」は、思い出したような頻度(暇と寂しさが重なった時/笑)で「アリス」のもとへ通っている。 
 本当の「火村」が来てくれたときのために、あくまでもおともだちとして。 
  
 そして、「アリス」は今日もおひさまである。 
 
     
    
H11.7.21 
 
 
     
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