朝日新聞 社説
04月18日付

■国連主導――最後の切り札を生かせ

 イラクの再建では国連が重要な役割を担う。ブッシュ米大統領はそう語ってきた。だが、6月末の主権移譲後の暫定政権づくりの主導権は、頑として手放そうとしなかった。

 戦後のイラクを引っ張るのは、戦争で血を流した占領国だ。そうした姿勢を譲ろうとはしなかった。

 そのブッシュ氏が、暫定政権の主要な顔ぶれは国連が任命するという国連側の提案を歓迎すると表明した。かねて国連の役割の強化を主張してきたブレア英首相との会談を受けたもので、明らかな路線の転換である。

 占領を終わらせてイラク側に主権を移す期限が刻々と迫っているのに、米国は袋小路に迷い込んでいる。反米、反占領感情がイスラム教の宗派を超えて広がり、戦闘が各地で続く。米政府は約2万人相当の兵力増強を決めたが、事態が沈静化する保証はない。

 主権を移譲しても、その後の暫定政権を米国が後ろから操るのが透けて見えるようでは、反米感情は鎮まるまい。スペインの新政権は選挙公約通りに撤兵を決断するだろう。そうなれば「有志連合」の結束はいっきに揺らぐ。

 こうした行き詰まりの中での国連案支持の表明は、占領政策の失敗を認めたことでもある。ブッシュ政権としては避けたかったのだろうが、事態の悪化がそれを許さなかったと言えるだろう。

 私たちは、米国が一日も早く、名実ともに国連主導によるイラク再建へと軌道を切り替えるよう社説で訴え続けてきた。米国主導ではイラクの人々の不満は収まらず、安定した統治機構づくりや復興はおぼつかないと考えたからだ。

 だから、この転換は評価するし、これがイラク再建への初めての確かな踏み台となることを期待してやまない。

 だが、米国が決断を遅らせてきたことで、現実はすでに泥沼に近い。暴力的な抵抗を占領軍が力で抑え込むという、流血と憎悪の悪循環が続く。国連が国づくりを主導することになっても、情勢を安定に向かわせるのは容易でない。現に、暫定政権構想のまとめ役である国連のブラヒミ事務総長特別顧問は、各派と折衝しようにも自由に動けない状態だ。

 米国は、占領終結後の治安維持にあたる多国籍軍や、国連要員を警護する部隊に各国の参加を促す新たな国連安保理決議案を提出する方針だ。

 しかし、治安の確保には引き続き米軍が主体とならざるを得ない。主権が移っても衝突が収まらなければ、どこの国も新たに部隊を派遣するわけにはいくまい。国連が再びテロの標的になる恐れもあろう。そこに最大のジレンマがある。

 事態を改善していくには、まず、ファルージャなどで停戦を持続させるなど、米軍の自制と交渉による戦闘の回避を求めたい。米国がそうした責任を果たしてこそ、物事が前に進み始めるだろう。

 ブラヒミ提案によると、暫定政権は国連が米政府やイラクの統治評議会、国内各派と協議して任命する。米国がごり押しをやめ、イラク人にとって最善の策を尊重する姿勢が欠かせない。

 戦争に反対した国々の協力を取り付けるには、米英両国が戦争と占領の誤算について総括することも必要だろう。

 占領国に代わって国連がイラク人とともに国家を再建する。それは国際社会にとって、最後の切り札である。失敗すれば、もう後がないのだ。

 国連を頼みとするなら、米政権にはそれなりの決断がなければならぬ。



■2人解放――人質事件で見えたこと

 イラクのバグダッド西方で武装集団に拘束されていたフリージャーナリストの安田純平さんとNGO活動家の渡辺修孝さんが、無事に解放された。

 3人の解放に続く朗報である。安田さんたちについては犯行声明がないなど情報が乏しく、不安が募っていた。それだけに、急転直下の解決に多くの国民は胸をなで下ろしたに違いない。

 これで、人質に取られた日本人はすべて無事だったことになる。しかし、決して喜んではいられない。イタリアや米国などの民間人が人質となったり行方不明になったりしたままだ。イタリア人の人質1人が殺されてもいる。

 外国人を拘束することで、ファルージャでの米軍のやり方に世界の目を引きつける。そうした狙いだろうが、このまま拘束を続ければ、イラク人の犠牲に同情した人々の心も離れていくだろう。全員をただちに解放する時である。

 日本人5人の人質事件を今のイラク情勢と重ね合わせると、何が見えてくるだろうか。

 渡辺さんは解放後、犯人たちが「米英は敵だ。日本人にはイラクになるべく来ないでほしい。友人を傷つけたくないからだ」と語っていたと明らかにした。

 3人を人質にとった集団も、当初は自衛隊を撤退させなければ人質を殺すと脅迫した。

 外国人を拘束するような集団は、社会全体から見れば少数派だろう。しかし犯行が可能なのは、反米感情が強まる中でそうした行動を容認し、見て見ぬふりをする空気があってのことだろう。恐れるのは、そうした人々も、自衛隊が米軍の占領の協力者としてイラクに来たと思っているのではないかということだ。

 首都周辺と自衛隊が駐留する南部のサマワでは違いがあろうが、占領への抵抗と流血がさらに広がれば、自衛隊に対する見方が厳しくなる恐れは否めない。

 小泉首相はチェイニー米副大統領との会談で、人質解放を実現するためにファルージャ周辺での米軍と武装勢力との停戦を延長するよう要請したという。

 解放をめぐる現地の宗教指導者や部族の関係者らとの接触や交渉を通じて、占領や米軍の行動に対する一般のイラク人の反発や疑問の声も届いてきた。

 イラクのそうした思いを米政府に伝えていくことも、日本の大事な役割ではなかろうか。