推介電影
香港で或いはVCDで見て気に入った作品を紹介しています
日本未公開作品です是非日本公開を(一部公開決定)

File No.3


 鎗火 The Mission 1999年作品
導演◎杜[王其]峰(ジョニー・トウ)
監製◎杜[王其]峰(ジョニー・トウ)
角色◎=呉鎮宇(ン・ジャンユー)
   鬼=黄秋生
(アンソニー・ウォン)
   信=呂頌賢
(ジャッキー・ルイ)
   Mic=張耀揚
(ロイ・チョン)
   肥=林雪
(ラム・シュ)
   南=任達華
(サイモン・ヤム)
 杜[王其]峰炸裂! もう女に用はないとばかり、癖のあるいい男をよりどりみどり揃えてくれました。ボス危機の為に立ち上がった5人の男が、ボスを亡き者にしようとたくらむヒットマンを追いつめていく様を、とにかくスタイリッシュな演出と乾いた銃声で彩る傑作。スタイリッシュすぎといえないこともないが、見て損はない作品である。
 男たちどうしの関係、互いの心理状態、閉ざされた空間での緊張感と悶々とした状態を崩すように時折入る様々なエピソードで、緊張と弛緩の間のズレと共に、独特の雰囲気とリズムを形作っている。
 「あ、ボス」「おまえたちも飲むか?」「……」「砂糖はいるか?」「……」「コーヒーはイヤか、オーバルティンもあるぞ」。ボス自らがコーヒーを入れようとするこの場面は、私のお気に入り。
この緊張感の崩し方がたまらない。
 弛緩と緊張を携えて、意外に突然現れる結末。過ぎてしまえば、何事も意味があったのか、なかったのか、出来事があったのか、なかったのか、判然としないいつもの日常に帰っていく様は、《ロンゲスト・ナイト(暗花)》とも共通するが、《暗花》よりさらに
説明的な部分を排除し、余分なものをそぎ落として斬新である。
 ちなみにタイトルの「鎗火」は拳銃が発する火花のことで、今回はこの銃が発する火花がはっきりと銀幕で見えるようにしていることと、銃声自体にも、こだわりがあったのではないかと思われる。
  
・杜[王其]峰、2000年香港電影金像奨最佳導演
  
・杜[王其]峰、2000年度台湾金馬奨最佳導演
  
・呉鎮宇、2000年度台湾金馬奨最佳男主角
 2000年香港映画祭で字幕がついて上映、さらに2001年秋《ザ・ミッション 非情の掟》というタイトルで一般公開の運びとなりました。

 爆裂刑警 Bullets over summer 1999年作品
導演◎葉偉信(ウイルソン・イップ)
監製◎馬偉豪(ジョー・マー)
編劇◎鄒凱光(マット・チョウ)
角色◎Mike=呉鎮宇(ン・ジャンユー)
   能仁=古天樂
(ルイス・クー)
   四婆=羅蘭
(ロー・ラン)
   阿Yen=莫雅倫
(Michell)
   阿縁=林美貞
   石修=黎耀祥
   毒龍=Joe Lee
   皇子=李尚文
 父母の顔を知らないという兄貴分・Mike(呉鎮宇)と可愛い女の子に目のない弟分・能仁(古天樂)
 Mikeは難病を抱え、ごまかしながら任務についている。2人のコンビが、凶悪強盗犯を見つけだすための監視に使った部屋の住人は老婆
(羅蘭)で1人暮らし。Mikeと能仁を自分の息子と思い込むような、少々ボケ気味な状態。さらに、突然この2人に面倒をみるように押しつけられるプチ家出女子高生で情報屋の義理の妹(莫雅倫)や父親の名を証せない子を身ごもり未婚の母になろうとしているクリーニング屋の女主人(林美貞)といった人々が絡んで物語は進んでいく。
 この映画は、タイトルからは、いかにもなハードボイルドの刑事モノの映画と見えるが、その実は刑事モノの名を借りた家族人情ドラマなのだ。それも、かつて刑事モノ+家族の人情と言えば、親子や兄弟と言った血縁の者どうしの「情」を描くのが常套手段であったが、ここでは、2人の刑事
(コンビであるが、実際の兄弟かどうかは判然としない)と、赤の他人でしかも知り合ったばかりという、老婆、女子高生、妊婦、という人々の間に生まれてくる奇妙な「情」の基に結ばれた「疑似家族」を描いているのである。
 しかも、これらのある意味で「不幸」(病気、孤児、老齢、未婚の母、プチ家出)を背負った人々の感情を細やかにユーモアを持って描き出すことによって、それぞれの間に芽生える奇妙な「情」が、自然と見る者に納得できるから不思議だ。それは、この「不幸」の捉え方がここでも、以前の映画とは違っていることにもある。難病を抱えていて、それはもちろん深刻ではあるがすぐに死に至ることはなく、父母の顔を知らない不幸な育ちかもしれないが今は刑事であるし、子どもの父は現れなくても妊婦にはちゃんと両親はいるし仕事もある、ウチへ帰りたくなくても留学は出来る環境にある、老婆もそれほど生活に困窮しているようには見えないしボケも軽度である。これが現代人の「不幸」なのである。「不幸」をことさら大げさではなく、極力湿り気を廃して、
「プチ不幸」は誰でもが持っているものとして描いた所に、この映画が、妙に心に響いてくる理由があるのではないだろうか。
 そして、この「プチ不幸」を持った人々が、奇妙な「情」の基に結ばれた
「疑似家族」を見せることで、家族とは何か、家族に必要なものは何かを考えさせられる。さらに、この疑似家族(この映画)には、父(父親的上司)が不在(或いはその存在が希薄)であることも、この映画の特徴である。
 上司から命令されているようだが、あまり画面には登場しない上司。旅行に行くといったっきり帰ってこない老婆の夫。プチ家出娘の父親役は義理の兄だが、マカオで賭博の真っ最中。未婚の母のお腹の子どもには当然父がいない。そして象徴的なのが、「父親とはどういうものなのか分からない」というMikeの言葉だ。かつて強力な縁戚関係によって出来上がっていた中国的家族という考えも、そろそろ終焉が近いのだろうか?
 そして、ややもすれば破綻しそうなこの物語が、その破綻の手前で受け止められているのは、脚本の良さと、とりもなおさず俳優たちの、特にMike役の呉鎮宇と四婆役の羅蘭に負うところが大きいであろう。
  
・呉鎮宇が第19回香港電影金像奨最佳男主角にノミネート。
  ・羅蘭が第19回香港電影金像奨最佳女主角を受賞。
 2000年香港映画祭で日本語字幕付きで上映され、2001年《OVER SUMMER》というタイトルで一般公開がきまりました。

 無問旅程 Slow Fade 1999年作品
導演◎陳輝(ダニエル・チャン)
角色◎張翅洛=王合喜(ケン・ウォン)
   阿瓊=何超儀
(ジョシー・ホー)
   Alex=黄家諾
(ジミー・ウォン)
   陳=張耀揚
(ロイ・チョン)
 今までの香港映画にはなかった色調(但しVCDによる鑑賞なのですが)が、かなりかっこいい部類だとは思うし、衣装やセットの選び方、勿論俳優の選び方もスタイリッシュで、今までになかった香港映画といっていいと思う。
 しかし、いきなりで申し訳ないが、はっきり言って私はこういうタイプの映画はあんまり好きではない。それは、見ていて少々辛くなるからなんだけど、何が辛いって「現在は過去の延長で将来は現在の投影だ」というような、いかにもな台詞が辛いし、そういう場面に傍観者として現れる人物の存在も、なんだかどこかの映画をまねたように思えて仕方がないからだ。
 こういう一種の世紀末的いや現在的虚無感と言うべき題材を持った映画は、他国の映画にも数多く見受けられるし、こういう表現の仕方は、それはもう、さんざん言い尽くされてしまったように思うのは私だけだろうか。
 映画のなかにおける世界観の構築ということにおいて、まだまだツメが甘いのだが、香港映画にもこういうタイプの映画が出てきたことは、これからの香港映画にとっては面白いことのように思うので、今後を期待して、とりあえず紹介しておこうと思った次第。
 画面や色、
特に映画の始まりの部分はとてもかっこいいので、その部分を見るだけでも面白い。興味を持った方は1度見てみてはどうでしょうか。この監督については、この作品以外、なんら知識がないので、ご存じの方お教え下さい。

 龍在邊縁 Century of The Dragon 1999年作品
導演◎霍耀良(クラレンス・フォ)
編劇◎王晶(バリー・ウォン)
監製◎王晶(バリー・ウォン)
角色◎飛龍=劉徳華(アンディ・ラウ)
   王志成=古天樂
(ルイス・クー)
   唐文俊=譚耀文
(タム・イウマン)
   Daisy=關秀媚
(スーキー・クワン)
   豹=黄秋生
(アンソニー・ウォン)
   契仔=劉錫賢
 1999年、活躍のめざましかった俳優は2人。どちらもテレビの連続ドラマで注目され、この年、次々と映画に出演した譚耀文古天樂。この2人を従え、劉徳華がお得意のやくざ映画に戻ってきた。
 警察学校を卒業、すぐさま黒社会組織・洪興へ潜入捜査官として送り込まれた成哥
(古天樂)、潜入から3年の月日が流れ、組織のボス・飛龍哥(劉徳華)からも信頼を受けるまでになっていた。長い間の潜入捜査でも彼は、自らが警察官であることを一時たりとも忘れたことはなかった。しかし、その間に飛龍哥たちの組織の方が様変わりしていた。一大企業に成長した会社を正業として、黒社会からは隔絶した存在として維持しようとし、また子どもにとっては良き父であろうとする飛龍哥を知るにつけ、成哥は複雑な思いをかかえていた。
 そんな折り、イギリスへ留学していた豹哥
(黄秋生)の息子・阿俊(譚耀文)が香港へ戻ってきたことから、組織は大きな危機に立たされることになる。はたして、飛龍哥は自らの組織を守りきることができるのか。
 毎度ながら劉徳華は良い人
(黒社会にいながら良い人というのも語弊はあるが)なのだが、周りのどうしようもないおバカな人々によって、窮地に立たされて行くというおきまりパターンと、親子の情、夫婦の情、義兄弟の情といった香港黒社会映画の王道パターンが、妙に見る者を安心させる。また、出演者も妻役に關秀媚(「龍在江湖」でも共演)をはじめ、呉志雄、李兆基などおなじみメンバーが顔を揃え、配役の面でも安心して見ていられる。
 ここで
注目すべきは何と言っても譚耀文。表面では良い息子、よい手下を装い、その実、心の内には父と飛龍哥に異常なる敵対心を持ち、情のひとかけらもない、とてつもなく憎たらしい役が、本当にうまいく、爬虫類系のいやらしさがたまらない。古天樂よりも遙かにその存在感は大きく際だっている。まだ譚耀文の魅力に気がついていない人は、是非この作品を見て、彼の存在を確認して下さい。



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