| 爆裂刑警 Bullets over summer 1999年作品 |
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導演◎葉偉信(ウイルソン・イップ)
監製◎馬偉豪(ジョー・マー)
編劇◎鄒凱光(マット・チョウ)
角色◎Mike=呉鎮宇(ン・ジャンユー)
能仁=古天樂(ルイス・クー)
四婆=羅蘭(ロー・ラン)
阿Yen=莫雅倫(Michell)
阿縁=林美貞
石修=黎耀祥
毒龍=Joe Lee
皇子=李尚文 |
父母の顔を知らないという兄貴分・Mike(呉鎮宇)と可愛い女の子に目のない弟分・能仁(古天樂)。
Mikeは難病を抱え、ごまかしながら任務についている。2人のコンビが、凶悪強盗犯を見つけだすための監視に使った部屋の住人は老婆(羅蘭)で1人暮らし。Mikeと能仁を自分の息子と思い込むような、少々ボケ気味な状態。さらに、突然この2人に面倒をみるように押しつけられるプチ家出女子高生で情報屋の義理の妹(莫雅倫)や父親の名を証せない子を身ごもり未婚の母になろうとしているクリーニング屋の女主人(林美貞)といった人々が絡んで物語は進んでいく。
この映画は、タイトルからは、いかにもなハードボイルドの刑事モノの映画と見えるが、その実は刑事モノの名を借りた家族人情ドラマなのだ。それも、かつて刑事モノ+家族の人情と言えば、親子や兄弟と言った血縁の者どうしの「情」を描くのが常套手段であったが、ここでは、2人の刑事(コンビであるが、実際の兄弟かどうかは判然としない)と、赤の他人でしかも知り合ったばかりという、老婆、女子高生、妊婦、という人々の間に生まれてくる奇妙な「情」の基に結ばれた「疑似家族」を描いているのである。
しかも、これらのある意味で「不幸」(病気、孤児、老齢、未婚の母、プチ家出)を背負った人々の感情を細やかにユーモアを持って描き出すことによって、それぞれの間に芽生える奇妙な「情」が、自然と見る者に納得できるから不思議だ。それは、この「不幸」の捉え方がここでも、以前の映画とは違っていることにもある。難病を抱えていて、それはもちろん深刻ではあるがすぐに死に至ることはなく、父母の顔を知らない不幸な育ちかもしれないが今は刑事であるし、子どもの父は現れなくても妊婦にはちゃんと両親はいるし仕事もある、ウチへ帰りたくなくても留学は出来る環境にある、老婆もそれほど生活に困窮しているようには見えないしボケも軽度である。これが現代人の「不幸」なのである。「不幸」をことさら大げさではなく、極力湿り気を廃して、「プチ不幸」は誰でもが持っているものとして描いた所に、この映画が、妙に心に響いてくる理由があるのではないだろうか。
そして、この「プチ不幸」を持った人々が、奇妙な「情」の基に結ばれた「疑似家族」を見せることで、家族とは何か、家族に必要なものは何かを考えさせられる。さらに、この疑似家族(この映画)には、父(父親的上司)が不在(或いはその存在が希薄)であることも、この映画の特徴である。
上司から命令されているようだが、あまり画面には登場しない上司。旅行に行くといったっきり帰ってこない老婆の夫。プチ家出娘の父親役は義理の兄だが、マカオで賭博の真っ最中。未婚の母のお腹の子どもには当然父がいない。そして象徴的なのが、「父親とはどういうものなのか分からない」というMikeの言葉だ。かつて強力な縁戚関係によって出来上がっていた中国的家族という考えも、そろそろ終焉が近いのだろうか?
そして、ややもすれば破綻しそうなこの物語が、その破綻の手前で受け止められているのは、脚本の良さと、とりもなおさず俳優たちの、特にMike役の呉鎮宇と四婆役の羅蘭に負うところが大きいであろう。
・呉鎮宇が第19回香港電影金像奨最佳男主角にノミネート。
・羅蘭が第19回香港電影金像奨最佳女主角を受賞。
2000年香港映画祭で日本語字幕付きで上映され、2001年《OVER
SUMMER》というタイトルで一般公開がきまりました。 |