海外旅行記 ( 遠い記憶をたどって記録)  

 

1 韓国の釜山   初海外は船で日帰り、現地3時間の滞在  予約なし

 

博多前泊 翌日 高速船で釜山へ、朝発って夕方帰国。初海外は船で日帰り博多に前日泊って次の日にタクシーで港に行って出国。船に乗り韓国の釜山まで荷物はほとんどなし。途中、船が大きく揺れる。昔の人たちもここから半島に渡ったんだとか思いながら、途中、対馬とかが見えた。そして釜山に近づき、だんだんと山から街並みが見えてきた。結構大きな港町だった。海外そしてユーラシア大陸初上陸。そう考えれば非常に感動的だった。港の建物は日本とはちょっと違うように感じた。釜山に着いてみんな両替をしていたので自分も列に並ぶ。両替が必要らしいのはわかっていたが、他人の動きを見て自分も見よう見まねで動いていた。外貨ここはWONだが、初めて見る物珍しさと韓国の有名人らしい人物の肖像画全て新鮮だった。5000円が約5万WON、得したような気分。実際は手数料等で損をしているのだが(例えば、5千円を外貨に両替してそれをそのまま、日本円に逆両替すれば4500円とかになる。)その後、港の施設をうろついた後、外に出て地図を見て地下鉄の駅を目指す。 釜山の港は結構大きな事がわかる。コンテナなんかがあちこちにあった。それらに書かれた英語とハングルで異国に来たことを実感した。駅に着いた。すべてハングル表記だ。その後、英語や日本語表記もできたようにおもう。毒ガスから身を守るためのマスクが駅に備え付けられている。ここはまだ停戦中の国であることを実感する。地下鉄(ちょっと暗い感じ)で3駅ほどだったとおもうが移動し、地下街を散策する。日本とは似ているようで少し違う。そんな地下街、すこし懐かしいような感じもした。そこでロッテリアがあったので入る。異国においてはなじみのある店が安心感がある。本来は現地らしい店に行くべきだったが、ビギナーにはハードルが高すぎた。メニューを見ながら中年女性に英語で注文。ほとんど通じなかったので、身振り手振りで注文した。最初はマクドナルドのビックマックのようなものを選んで指さすと、販売員の女性が口からあふれ食べきれないようなしぐさをしたので、少し小さめのバーガーを指さした。それで注文できたのは感動的だった。言葉が通じなくても食にありつけそして、海外でコミュニケできると確信した。その後、あちこちを散策し、そろそろ帰りの船の時間が近づいたので、来た時と反対の路線に乗って高速船の港のある駅(中央駅)に戻る。港へと歩いていると軍隊にであった。港に戻ったがまだ時間があったので人はほとんどいなかった。港の売店等を見て時間をつぶす。その後船に乗って博多へ帰る。博多港からバスに乗って博多駅まで移動。その時感じたのは行くときは博多の街なんか全くの異国の様な気がしたが、帰ってきたときは日本語の看板を目にしたり、日本語のバスの案内を聞いて、『ああ、ここは自分の国だ。自分の国の言葉だ』といままで感じたことのなかった感情を持った。生まれて初めて自分の国ということを肌で感じた瞬間だった。その後、新幹線で姫路まで乗車し、マイカーで当時の自宅に戻った。初めての海外旅行は終わったが結構鮮明に記憶している。やはり非常に印象的だったからに相違ない。また、もっと早くに海外に行けばよかったと思った。もし、もう一度学生時代に戻ることができたなら、長い長期休暇は半分バイト、半分海外旅行に使おうと思う。初めて海外に行って一番強く感じたのは、『国』ということである。日本という国が概念的に自分の国であるということは分かっていたが、初めて海外に行って国とはなんであるか、母国語とは何であるかという事を初めて肌で感じた。日本で日本語を使い、日本円を使い

生活していることは、当たり前であるが、海の向こうでは全く違う言語

や通貨が実際にあることを肌で感じた貴重な経験であった。

 

 

2 シンガポールへの旅    HISでホテル送迎付きフリーツアーを予約

 

      海外2回目の旅はHISを利用した。シンガポール2泊3日の旅だ。

     航空会社はシンガポール航空を選択。顧客満足度の高い航空会社だ。泊っ

        たホテルはミラマーホテル。当時、高松在住で関西空港に前泊で行って次ぎの日の朝に出発。HISの専用カウンターでチケットをもらう。航空会社のカウンターに行ってチェックインする。荷物を預け出発口に行き、赤外線手荷物検査をし、出国審査。その後、シンガポール航空の搭乗口に行って待つ。時間になっていよいよ搭乗だ。後ろのほうの窓側。初心者らしく窓際を選択する。最近は2回目以上の国では後方通路側(すいている)を選択することが多い。当然動きやすい席だ。少しは慣れてきた気がする。席を確認しようとしていると独特の衣装を着たCAから声をかけられる。『搭乗券を拝見できますか?お客様(英語)』(英語でMay I show me your boarding pass please, sir? かな?)人生初のサーで呼ばれる。突然のサーにびっくり。意味はわかっていたが、英国紳士でもないし。海外旅行は非日常だ。航空機は行く国の航空会社を使うとその気分が増す。この後行った台湾に全日空で行ったら全く海外に行くような気がしなかった。日本食を食べ、日本語が聞こえ、日本語の冊子があふれすぎで、海外をあまり感じない。沖縄か北海道にでも行っている気分しかしない。一方、日本発の海外のキャリアでは日本語も聞けるが、メインは英語だ。しかも、外国人のCAが多い。冊子なんかも英語だ。

機内で映画や音楽を楽しみ、機内食を食べたり(美味だった)ドリンクを飲んだりして過ごす。アイス(ハーゲンダッツ)もでた。

        確か7時間くらいでシンガポールチャンギ国際空港に着いた。かなりきれいな空港で公園のようだった。小国なので国策で空港を大きくし、観光や乗換需要の取りこみ、国際競争力を上げようとしているように感じた。それ以降いろいろ行ったが(シンガポール、ソウルインチョン、台湾台北タオユアン、台北松山、香港、UAEドバイ、ロンドンヒースロー、ローマフィウミチーノ、ミラノMXP、台湾高雄、ソウルギンポ等)その中でチャンギが最高の空港と思う。 2番目はインチョンかドバイ。成田、羽田、関空、中部など日本の国際空港もいったが、完敗だ!チャンギはきれいだし、何時間いても退屈しない。かなり研究してつくられていると思うし、その後の進化もすごい。ドバイもよかったが、最近はクリンリネスでやや劣ってきた。インチョンは韓国の文化を前面に出しているのはいいが中途半端。ちなみに国内では新千歳空港が良いと思う。

         シンガポール入国。何も聞かれることなく入国した。その後、現地の係員(おじさん)と待ち合わせ。ちょっと雑っぽい日本語。桜はさいているか?関東に住んでいたらしい。関西は行ったことが無い。その後、車に乗って★★★のミラマーホテルに行く。着くとおじさんにチェックインしてもらい、帰りは夕方5時にホテルロビーにいてくださいと言われ別れる。その後、部屋に。そんなにきれいな部屋ではなかったが、結構広い。その後夕食。ホテルの日本食レストラン(集い)で寿司を食べる。このレストランなんと今(20212)もHPによると健在。味はまあまあだった。その日は部屋に戻り入浴後早めに就寝。

         次の日起きて身支度、その後、朝食会場に行くと欧米人中心にかなりの人がいた。味はまあいけた。その後、タクシーでチャイナタウンなどの見学へ。シンガポールの街はきれいだが、チャイナタウンやインド人の街、アラブ人の街などが存在。中華系、インド系、マレー系の3つの人種がメイン。他民族との会話は英語で同じ民族は各々の言葉で話す。駅等の言語は英語を含め4つの言語が表記されている場合が多い。次の日は歩いて地下鉄のクラークキー駅まで行った。日系のデパート(三越)を見学。昼食とかは屋台で取った。ホーカ―とかよばれかなりあちこち(空港とかデパート,主要駅にあり)、中華、インド、マレー、その他(日本食等)の食べ物が食べられる。衛生面は良い所、そうでないところがある。

         ほかに、オーチャード、マーライオン、セントーサ島、リトルインディア、アラブストリート、ラッフルズホテル等を見学した。マリーナサンズとかはまだ無かった。今回が国際線の航空機を使って行った初めての旅でホテルにも泊って前回の釜山とはまた違って思い出深いものとなった。久しぶりにシンガポールに行きたいものだ。

 

       

 3 二回目のシンガポールへの旅   航空会社のHPとBooking.com?でホテル予約

 

今回はシンガポール航空をHPで予約、ホテルもネットで予約。(最初は前回の様に

HISで予約しようと考えたが、自分の好きな場所や興味あるホテル(ちょっと上級)

と違う。HISのホテルの安価なところは立地が悪くタクシー利用すると割高にな

る。高級ホテルも割高だ。今回はマリーナマンダリンホテルに泊る。前回よりは上

級で立地も良い所を選んだ。これ以降は航空会社のHPとホテル予約は専用HPの

Booking.comとかアゴタ等を利用。興味ある場所や立地や満足度でホテル選びをす

る。行ったところは前回同様なところやショッピングモール等比較的室内中心(シン

ガポールはいつも気温30度以上と暑い)マリーナマンダリンからの帰りのタクシー

はベンツだった。帰りの飛行機は夜間飛行。あまり寝られなかった。行く時は昼間

だったのでよかったが、帰りはたいへんだった。しかし、1万メートル上空からみる

朝焼けは大変きれいだった。シンガポールで一番印象的だったことは常夏のくにで

のクリスマスツリーだった。気温30度で汗をかきながら見るそれは新鮮な感覚だっ

た。いままでの常識、つまりクリスマスは寒い時の行事であるということが覆され

る。世界は広い。

 

 

4. ドバイへの旅

 

 

   ちょっと慣れてきたので少し趣の違う街に行きたくなった。

 それで選んだのが中東UAEの街ドバイ。エミレーツ航空に興味があったのが第

一の理由でドバイ空港にも興味があった。それに昨今、急に有名になってきたドバ

イの街を見てみたかった。アラブって言葉にも惹かれるものがあった。それに治安

と英語の通用度。ドバイUAEは元英国の保護領ということで英語の通用度が高い。

 

 

ドバイへの旅は当時住んでいた高松から関空へ昼発のバスで始まった。 関西空港

へ約3時間。23時発なのでモールとか行ったりして時間をつぶした。

21時すぎからチェックイン。カウンターへ。23時発、ドバイということで、た

いへん高級そうな装いの若い女性やアラブ衣装の男性が並んでいた。これは場違い

なところへ来たかな?とおもえたが。よくよくみると普通人もいるみたいなので少

しは気を取り直した。

 次の日ドバイに到着、現地時間朝5(日本時間朝10時ごろ)。イミグレはアラブ

の服装を来た人たちばかり。それまで睡眠不足で眠かったが、イミグレの白装束(女

性は黒)をみて目が覚めた。入国審査は女性だった。宿泊のホテル名を聞かれ、○

○フェアウェイと答える。それで入国が許可された。まずは荷物を預け、身軽にな

って街の散策だ。バスで下町を目指す。当時はまだドバイで鉄道が工事中で移動手

段はバスかタクシーだけだった。博物館やゴードスーク(市場)などをまわる。市民の

足運河の船着き場に行くがそんなに気が乗らなかったので、乗ることはなかった。

博物館の開門時間になってそこに行く。ドバイの歴史や風土を人形や写真等で展示

していた。モスクが近くにあっていかにもイスラムって感じだった。

その後、タクシーで大きなショッピングモール(イブンバツータショッピングモ

ール(下記のとおり)やモールオブジエミレーツ(欧米人観光客多いまたスキー場が

ある),WAFI(高級ブランド),CITYセンター(日常的地元民らしい人が多く、

はやっている)など)を回ったがどれも非常に大きくて採算がとれるのか心配になる。

またタクシーで行くと駐車場はみたこともないような超高級車だらけだった。

はやっているのは日常生活に密着したモールだった。しかし、イブンバツータは非

常に印象的だった。エジプト、アラブ、インド、中国へと移動した探検家のイブン

バツータの行先をモールで表現していた。でもあまりにも非日常的であまり人気は

ないようだった。それから空港にバスで戻り(アラブのバスは前が女性や子供、後方

が成人男性と決められている。最初は知らずに前に乗ると乗客がみんなこちらを見

ていた。)遅い昼食にする。その後、タクシーでホテルに移動し、チェックインする。

ホテルは非常にきれいだった。ドバイにはホテルやモールが多い。最近できた建物

が多い。工事中の掘り返している場所は砂しか見えない。まさに砂上の楼閣だ。当

時みたモールは現在も健在だ。週末(アラブの週末は木、金曜)ははやっているのだろ

うか?ドバイモール等以前よりさらに増えている。今どうなのか見てみたい気にな

った。

 中東のお菓子(ヨルダン?)を食べたが非常に珍しくおいしかった。ドバイは新

交通システムができて移動がらくになったのでぜひもう一度行ってみたいものだ。

男は青年からみんなアラブの白い衣装にターバンを頭に巻いたファッションで、よ

く見ると白い衣装は意外にきれいで靴はサンダルみたいな人が多い。それに白人観

光客が多かった。また、インド人?茶色い顔をした出稼ぎの人たちも大勢いた。そ

れにアラブの人たち。ドバイで見かけるタクシーはほとんど日本車だ。

 

 

 

 

 

 

5 香港への旅(マカオ、シンセンあり)

 

 香港は広東語、中国語が公用語だが、旧英国統治で英語がよく通じる。そんな香

港へは全日空で行った。日本の航空会社でいくと安心感があるが、現地に行って急

に外国を感じることが多い。であるから現地で頭を日本語から英語に切り替える必

要がある。

 

香港はひとことでいえば都会的なビル群とアジアの雑踏(下町)が同時に存在する

街である。香港の空港について鉄道で今回は宿泊したホテルのあるところまで移動

した。大きなターミナルでそこからホテルを回るバス(無料)にのりホテルに行け

る。これは大変便利なシステムだ。

 香港のまちを回り、次の日はマカオまでのワンデートリップだ。マカオまで当時

は船で移動する(今は大きな橋ができバスで移動できる)。マカオはカジノで有名で、

多くのホテルにカジノがある。きらびやかな見たことのない光景だ。また、ポル

トガルの統治下だった影響で洋風の建造物が立ち並ぶ地域もある。今回は港から適

当にバスに乗ってマカオの全容を見ようと思う。(2回目のマカオはホテルに泊って

カジノや巨大ホテルなどを見学した。)適当にのったバスがどこに行くかよくわから

なかった。乗っていると終点でみんな下車し、同一方向に歩いて行くので自分もそ

れに従った。するとそこは中国本土につながるイミグレだった。パスポートは持っ

ていたが、入国せずにまた同じ経路で港に戻った。異国で適当にバスに乗ってどこ

に行くかわからないのもなかなかドキドキで面白かった。

 次の日は香港から鉄道で中国本土のシンセンに行った。イミグレーションなども

中国的でなんか共産主義のちょっと怖い雰囲気だった。赤い筋の入った制服でいか

にも中国という国を感じた。入国し、そばにあるショッピングセンター(いかにも

中国という感じの垢ぬけないものだった)そこに行ってエスカレーターにのってい

ると押し売り風の人が追いかけてくる。当然中国語でなにを言っているか理解でき

ないが、たぶん何を買いに来た?安くするよ、的なことでも言っているようだった。

その後、廻る本格的なテーブルのある中華料理のお店に入って写真をみて適当に注

文したが口に合わないのかまったくおいしくなかった。でもここの従業員はきれい

な制服を着ていて、たぶんこのへんのステータスなのだろう。でも、英語はまった

く通じなかった。その後、適当に500mくらい歩いて適当なビルに入った。なかは

怪しげな光景が目に入る。香港とは違う垢ぬけない中国的な印象が大きかった。こ

のあと香港に戻り安心した記憶がある。

 

 

 

 

 

 

 

 

6 ロンドンへの旅

   英国旅行記

概要

 期間: 20097月2日から79日まで

 旅行先: ロンドン、リバプール

 航空券手配方法 : VS/バージンアトランティック航空の航空会社のHPで(約10万円)

 ホテルの手配: ネットで手配。成田前泊アパ1泊、ロンドンはヒルトンカナリーワーフ2泊、リバプールのブリタニアアデルフィー2泊、最終日ロンドンヒルトンメトロポール1泊。4000円(アパ)から18000円(カナリー)。安全のため、海外ではある程度のレベルのホテルと決めているが、ネット早期予約でカナリーワーフやメトロポールは格安だった。ブリタニアはイギリスの古いタイプのホテルを記念にと決定。ちなみに、ヒルトンは英語でひゅるとんみたいに発音。

 その他:ロンドンからリバプールの鉄道等は現地でカード決済。割高だった。事前購入ではもっとやすくなる。たしか日本円で片道1万円以上。

 

旅行記

 

   1日目

 

 今回、初めての欧州旅行である。まずはマイカーで午後1時頃出発。

最寄の米原駅へ自宅から約25分。駐車場500円×8日で4000円。タクシーより安いはず。

JRきっぷを購入。米原から名古屋乗換のあと品川経由で前泊地の成田へ。

名古屋からのぞみ指定(博多発で超混雑)は失敗だった。車内混雑しているうえ前の席人がシートを倒してくるので、窮屈だった。米原からひかりで乗換なしがベターだったようだ。急がないし、しかも時間さほどかわらないし。

品川乗換はベストの選択。東京駅に比べ、乗換の移動が非常に楽。安い方法を選択すれば、バスや京成とかJR快速等安いのはいろいろあるが、あくまでレジャーは楽に、と考えていることや、学生時代にさんざん貧乏旅行(東京から四国への鈍行列車利用とか昔の狭い高速バス利用とか)をしていた事への反動と、個人的理由というか、疲労が気になる年齢になったので、また時間もかけたくないため、ある程度出費は気にしないようにしている。別にリッチではないが。

成田へ近づくと天気予報どおり雨模様。ホテルが駅すぐだったのでほとんど濡れずに到着。

天気予報で雨だったのと探す時間節約のため、駅すぐ1分のホテルを予約していたのは正解だった。少しの失敗といくつかのラッキーな移動だった。ホテルは成田駅前すぐのアパホテル。インターネットの情報通り新しくてきれいだが非常に狭い。でも前泊はこれで十分。インターネットの情報はかなり正確だ。以前は関係者が投稿するのではないかとか考えており信用していなかったが、ネット情報利用で国内外の旅行を何年かやってきた経験からある程度は信頼できることがわかった。国内のホテル選択のモットーは@駅から近いこと(迷わない、雨に濡れない、荷物多い時は近いと楽)A安いこと(国内のホテルにお金をあまりかけたくない)B新しいこと(きれいなほうが気持ちがいい)などである。ホテルに着いて少し休んで、外出する。イオン成田店までバスがあるみたいなので行ってみることにする。やたら狭く、くねくねの道を通る。大きいがちょっと古びた店だった。自宅の近隣店舗との違いは旅行者への配慮。英語の案内が多い。季節外れの服やかばん等が充実。(夏なのに厚手のセーターとかがあるのはユニクロの関空店も同様だ。)帰りにバスを待っていると、欧米人が多くいた。彼らはホテルのバスに乗ってホテルに。自分は、成田駅に戻り、夕食にする。寿司が食べたかったがやすそうな寿司店がみつからなかったので、なじみの餃子の王将にする。王将はどこも繁盛している。酢豚と餃子等を食す。ここまであまり聞かなかったが久々の関東弁を店内で耳にした。日本の電車は静かだってことか。

この後、ホテルに戻り、荷物整理、入浴等のあと早めの就寝。

  

2日目

 

朝7時頃起き、身支度、食事のあとチェックアウトし、駅へ向かう。成田駅から成田空港第一ターミナル駅へ。電車を待っているととにかく暑い。しかも、この時間の駅にはほとんど旅行者らしい人はいない。スーツケースを持っていると浮く。周りはほとんどが通勤通学風の人たちだった。しかし、電車に乗ると旅行者らしい大きなバッグを持った人が多くいた。主に欧米人のバックパッカー風だった。約10分で空港に着く。エスカレータで、バージンアトランティック航空のチェックインカウンターのある4階へ向かう。午前11時発。もうかなり並んでいた。ここで面白いことに気が付く。ニッポン人と欧米人のカップルや子連れ夫婦が何組かいたが、男白人、女日本人。ニッポン人の男性と欧米人の女性のカップルは全くいない。日本男児は欧米女性に相手にされないのか。

 チェックインでは、パスポートとボーディングパスの日時、席、スペルとかを確認される。ボーディングパスのデザインが斬新。企業の色(コーポレイトカラー)赤主体。

 早めに出国手続きをして、免税店とかの近辺を見学。そのへんはいつも使っている関空とさほど変わらない。またシンガポール航空のA−380とかスイスエアーとか関空ではみられない航空会社やの見られない(当時)機材が駐機している。でもチャンギや香港、ドバイなんかに比べるとあまり活気がない。静かだ。羽田をニッポンのハブにせないかんばい。(もはや成田と羽田の住み分けとか言える状況ではない。アジアでもインチョン、ドバイ、チャンギに完敗。)やがて、搭乗の時間となってA330に乗り込む。後方窓際エコノミー。国際線だと通路側のほうがベターだけど、シベリアとかヨーロッパの上空からの景色を見たいので、あえて窓際にする。幸い通路側無人だったのでラッキーだった。後方に乗るといつもある程度はすいている。ビジネスとかファーストとエコノミーで、また、エコノミーの前と後ろで入国にどの程度の時間差がつくのかわからないが、のんびりやなのと混雑がきらいなので急ぎの必要がなければいつも後方に乗る。しかし、できれば一度比較したい。どれだけ違うのだろう。前と後。A320では5分程度だった。(窓から一番に降りた人と同じ所を通過する時間の比較。大型機はもっと差があるだろうが。)

飛行機はやがて動き出し(タキシング)、離陸する。少しして高度33000feet約1万メートルに達する。日本海を越えロシア上空に。その後、食事タイムになる。これからしばしお別れの日本食(弁当)(でもロンドンは日本食ブームだった)にしたがこれは失敗だった。駅弁よりまずい。やはり外資のエアラインでは洋食にすべきである。帰国の時は洋食にしたが、美味だった。

VSの感想としてそれ以外はおおむね快適であった。日本人のCAも何人かいたし。ワインで酔っぱらったが。

その後、お昼寝タイム(シェードを閉める時間)となったが、ほとんど起きていた。個人ディスプレイで映画、ゲーム、就航先紹介ビデオ(上海、ドバイを)を視聴して時間をつぶす。周りの客の観察(わからないように)前の白人はほとんど寝ていた。横の白人はコーラを何杯も飲んでいたが、約12時間トイレに行かず。驚異の体だ。白人の旅行者はジーパン、Tシャツ、サンダルみたいな感じの人が多い。(機内だけか?) 彼らに比べ日本人、特に女性はファッションに気合が感じられる。以前乗った関空-ドバイ便の日本人女性にはまけているが、気合十分。白人との差が面白い。白人にとって地球は自分たちの庭とでも思っているのか知らないが、軽装が多い。機内では軽装がいいとは思うが、京都とかに来ている白人もそういえば軽装が多いように思う。彼らの文化、ファッション感覚について調べれば面白いと思う。白人は日本人でいえば、家の近所の自販機にジュースでも買いに行くような感じのファッション。さもなければ、部屋着感覚。それに比べ日本人はこれからヨーロッパだぞ。なめられてはいけないぞ!決めこむぞ!みたいな感じか?海外ではどちらかといえば白人みたいに、金ありません、みたいな格好のほうがいいと思うが。まあ、ロンドンの入国審査はちょっと危険だが。その後も順調に飛行し、ロッテルダム上空などを通過し、ロンドンヒースロー空港へ。ロンドン到着は現地時間の昼3時くらいだった。日本時間の夜11時。飛行時間約12時間。夏の向こうはサマータイムでしかも夜9時くらいまでは明るい。日本時間にしたら朝の4時まで日が沈まない。夜間飛行に比べては楽だが、やっぱ、疲れます。こんなときはホテルで早く休みたい。ロンドンに着いて噂の入国手続き。大行列。簡単な英語で(日本人は英語下手と思われているみたい。それ全然OKだけど。英語まともに喋れませんので)何日滞在か?日本で働いているところの会社名は?(知らないなあと言われる。ソニーとかホンダとでもいえばよろこぶのか?) それで入国はOK。でもインドかどこかの女性は別室連行されていました。留学とかでもたいへんみたい。無事入国したのち、空港を少しうろつく。あまり新しくはないし、ゴチャゴチャしている。その後、一番有名?な方法でロンドン市街へ行く。ヒースローエクスプレスに乗ってパディントンへ行く。電車乗るのに改札がない。車内検札はある。車窓も特に面白くはない。そんなこんなでパディントンに着く。ここはかなりの混雑している。白人(アングロサクソンか?) が多いが、黒人や黄色人種も少しはいる。 ここで地下鉄に乗換える。やや古い感じ、良くいえば歴史を感じる。比較的わかりやすかった。本日のホテルのあるカナリーワーフ(かなり遠い。初日は疲れるしパディントンにすべきだった)までの切符を購入。為替相場の計算がややこしいが日本に比べ割高だ。料金は距離によっての均一料金だ。1区何ポンド何セント、2区何ポンド何セント、3区何ポンド何セントというだいたい3種類。それに比べて日本は複雑だ。サークルラインとジュビリーラインでカナリーワーフに向かう。途中、バンクやロンドンブリッジとか聞いたことのある地名が何ヵ所かはあったので、少し安心する。ロンドンの地下鉄のなかでも古いものは電車も小さく狭い。まさにチューブだ、よく揺れるし、はっきり言って日本の地下鉄のほうがきれいで快適。よく遅れたり、工事とかで止まるらしいし、でも乗っている白人女性は美しい。男性は格好いい。そんなこんなでカナリーワーフに着く。カナリーワーフとは昔カナリア諸島との貿易(悪名高き奴隷貿易も)で栄えたのが名前の由来らしい。その後貿易が衰退し、寂れていたがロンドンのウォーターフロント再開発(日本でいえばお台場か?)で注目を浴びているらしい。有名なコンサート、イベントホールのO2(オーツー!水?まさにウォーターフロントだ) があり、ロンドンでは珍しく、高層ビルが乱立している。ロンドンオリンピックもこの辺がメイン会場らしい。駅に着いて地上に出るが、全くホテルの位置がわからない。駅から近いはずだのに全く不明。(帰国後よく見たらヒルトンの表示を発見)

地図が少ないし、あってもホテルの位置がわからない。表記がない。地図も日本風と違って極めてわかりにくい。人に聞く英語力がない。どうしようまあ、飯でも喰って考えることにしよう。われながら楽観的な自分自身に感心する。いざとなったら空港で泊ろう。地下のモールみたいなところにご飯屋さんがあった。ファーストフード風の日本食のレストランだ。ロンドンの日本食がどんなもんか興味もあったのでそこに決めた。とんかつ定食みたいなもの(米はタイ米、とんかつもなんじゃこれ?みたなもんだったが)とコーラを頼む。システムがよくわからなかったが、なんとかなった。飯喰ってしかも米喰って、少しは平常心になった。さあどうしよう。もう一度地上で探してなかったら、

人に聞いてみよう。で全く分からず、モールの案内所でも聞いてみよう。紙にホテル名を書いておく。発音通じなかったら困るから。地下のモールに行ったら通路に案内人らしい人(白人と黒人各1名)がいたので聞くことにする。黒人のほうに聞く。 今考えたら恥ずかしいくらいのめちゃくちゃな英語というか英単語だったが、ホテル名を書いた紙を見せて『This Hotel?』『About minutes? 』これでも通じたから不思議。自信もつく。シンガポールのトラブルの時なんかより慣れてきた(あの時はセーフティボックスが空かなくてHELPの電話、その前に英作文!紙に書いてそれを電話口で読んだ。笑える!)たぶん、非英語圏から来た観光客が変な英語を多用しているのだろう、しかし、英会話の勉強が必要だ。もっとまともな英語を知っているはず?だが、あせっていたのでこんなことになった。まだ英作文必要かも? 聞いた通り行くとホテルに到着できた。ホテルで予約確認書とパスポートを見せてチェックイン。だいたい会話成立。部屋は結構きれいだった。テレビをつけるとWELCOME TO Hilton MR ○○○○○○。と自分の名前。ちょっと感動!(単純!!) 日本時間でいえば午前1時頃。長距離の移動、トラブル等あったので疲れている。風呂はありがたいことにバスタブ付き。海外ではシャワーだけも多いが、風呂に入ってすぐ寝た。

 起きてカーテンを開けると当たり前だが、そこはLONDONだった。今日の予定はロンドン橋、ロンドンタワー、ビッグベン、国会議事堂、テムズ川、大英博物館とバッキンガム宮殿とリバプールに行く時の駅の下見だった。ロンドンブリッジは古びた感じ。写真のほうがきれいだ。ロンドンタワーは監獄遺跡(こんなところは外からの見学で十分だろう)。その後、ビッグベンに行く。

 ビッグベンはチューブ(地下鉄の愛称)の駅のすぐ上、そこにはない!ない!どこのもない!と一瞬間違ったかと思ったが、真上を見上げるとあった。中学のころBCL(海外放送の視聴)のBBCのベリカード(聞いてくれて、おたよりありがとうのカード)に出ていたビッグベンだ!!その後、そのへんの散策、テムズ川(きたねえ)の橋を渡ったり、隣の有名な教会、ダイアナが結婚式を挙げたところ。なんかを見学。その後、駅に戻る。(そのとき地元の中学生?らしい団体が点呼していた。面白そうなので見ていたが、各自1から番号を、1、2.3、…20からはツエンリイ、ツエンリワンと発音していた。Tは聞こえない。ラジオ英会話の講師の仰せの通り!!)その生徒たちは白人が7割、黒人が3割。黒人と白人が仲良くしているみたいに見えた。日本でたまに白人と黒人のグループで旅行に来ている外国人のグループを見かけるが、たぶん学校とかで知り合ったんだろうと思う。実際の人種問題は相当複雑だと思うが、少し安心する。

 その後、大英博物館へ、大英博物館のびっくりはなんと無料!ロゼッタ―ストーンやエジプトの遺跡の出土品なんかがあったが、もっと世界史をちゃんと勉強しておいたら良かった。バッキンガム宮殿は結構きれい。みんな記念撮影していた。でも日本の皇居のほうが迫力がある。リバプールへの出発口のユーストン駅に向かう。下見だ。大きな駅であるが、出発の直前まで出発ホームがわらない。テロ対策らしいが、行先、時間しか表示されな い。ここでサンド

とコーヒーを買うがサンド2個とコーヒーで約2千円もした。イギリスは物価が高い。 この日の予定は以上。歩きすぎでつかれた。夕食はカナリーワーフで日本食を食べた。この前より心理的には安心していた。たぶん、血圧は前回170、100今回130、75くらいか?

次の日の土曜日はリバプールへの電車での移動だ。カナリーワーフからユーストンまで地下鉄で移動だが、その日は地下鉄の一部が工事中(イギリスでは土曜の工事が多いらしい)で予定と違う路線を利用したが、よくわからないので、相当遠回りだった。でなんとかユーストン駅に到着することができた。機械で切符を購入した。でリバプールへの出発。1等にしたら飲み物とスナックがつく。スナックはサービスのおじさん(白人)に投げつけられた。(人生初?の人種差別を経験する。)文句をいう英会話能力がない。アーユーレイシスト?とでも言うべきだったか?それとも日本語で『おんどれ、われ!なんぼのもんじゃい。なめとんかい。』とでもいうべきだったか。その後、いやな気分だったので、気分転換に窓の外を見ていた。車窓の風景は牧草地や住宅だった。約3時間でリバプールへ着いた。あのビートルズはこの駅から世界へでていったと思うと感動!本日のホテルは駅からすこし離れているみたいだが、すぐわかった。外観は古い感じ(築100年以上?)、でもいい感じ!中に入ると、入口なんかがいつか観た洋画のよう。フロントでは白人の年配女性やアラブかどっかのグループなんかが並んでいた。ここでは予約確認書のみのチェックでパスポートは見なかった。今は違うだろうけど。部屋は3階(セカンドフロアー)エレベーターで上がったがかなり古い感じ。3階の廊下は赤い絨毯を敷いている。ちょうど部屋の掃除中のところもあった。部屋は古いが映画で見たことのあるような感じ。テレビをつけるとクリケットをやっていた。昨日のビジネス風(日本とほとんど変わらない)とは違い、欧風の古い感じ。そんな部屋に一度は泊るのもいい経験だったと思う。イギリスは夏でも気温が20度前後(西岸海洋性気候か?) で冷房がない。窓も古く、あけるとガラガラ音がした。風呂も映画で見たことのあるような感じ。日本にはないタイプ。これはいい経験だったと思う。この夜事件が起こる。寝る前になんか銃声のような音がした。やべえと思ったが、すぐにどう行動するか考えた。ベットの下に隠れるとか。

なかなか眠れなかったが、起きたら次の日だった。朝食の会場に赴くと完全なアウェー感。全員白人。でも、係のおばさんは普通に親切だったのは幸いしたが、あいてる場所がなんとど真ん中だった。ブッフェスタイルのセルフサービス。パン、スクランブルエッグ、ハム、野菜サラダなんかを取ってきて食したが、横のお兄さんが何か言いたげそうにこちらを見ていた。『おい、黄色いの!ここはおめえなんかのくるところじゃねえぞ』みたいに言われているように感じた。はやばやとその場から退散し、自分の部屋に戻ると今度はカードキーが使えなくなっていた。で、フロントに行ってエラーが出ていることを伝えると、おばさんにちょっと待てとか言われて、待っているとおじさんが直してくれた。これも人種差別か?とも思ったが。部屋に戻ってしばし休憩し、リバプール市内散策に出かけた。とりあえず駅に行ってぶらつく。国内外どこの街でも駅の散策が好き。その後、歩いて港まで。そしてビートルズストーリーとかいう彼らの記念館にいく。門前できれいなブロンドのおねえさんが満面の笑み。(後で知ったがこれには同じように満面の笑みで返さなくてはならなかったらしい。敵意はありませんって意味。へんなやつと思われたのは間違いない。知らないしそんな事、文化の違いだ。)案内の機器の言語を聞かれ、日本語を指定した。館内はありふれたBeatlesの写真、音楽、楽器、人形や書籍でそんなに感動はなかった。

それよりはむしろこの町にも中華街があったことが印象深かった。その後、デパートに行ったが、日曜はお休み。これにはびっくり。キリスト教の文化と長年に渡って勝ち取った労働者の権利だろう。そういえば、ロンドンの地下鉄は土曜昼間に運休し、メンテを行うらしい。日本は真夜中に実施する。こんなことも行かなくては知ることも無かった。

次の日になり、食事は外でしたが、今思えばもう一度アウェー感を確認してもよかったかもしれない。もしかすれば、違った展開になっていたかもしれないし。チェックアウトし、駅に向かいロンドンへの切符(バージン鉄道)を機械で購入し、乗る。スナックを投げつけられるのも嫌なので今度はエコノミーにした。何度か早口で車掌のアナウンスがあったが、かなり遅れるらしい。1時間くらいの遅延だった。イギリスでは日常茶飯事らしい。遅れてもだれも文句は言わない。ユーストンに着いて地下鉄でエドワードロード(パディントンのとなり)に向かう。本日の宿泊先ヒルトンメトロポールへ。ここはほとんど日本のビジネスホテルの上等な部屋って感じだった。昨日の古風なホテルが逆に新鮮に思えるのは不思議なことだ。次の日帰国なのでちょっと近辺を散策し、早めに寝た。

いよいよ本日帰国。ホテルのチェックアウトはBOXにキーを入れるだけ(最近日本でもよく見かける)。パディントンまで歩く。そして、ヒースローエクスプレスで空港(LHR)に向かう。空港も駅と同様にゲートが出発時間直前にならないとわからない。テロ対策だ。ゲートが明らかになってその場所に徐々に人が集まってくる。ほとんど、日本人?らしい人ばかり。近くでエアーインディアとかJAL(なつかしいかんじ)とかの機材がみられた。搭乗時間になって乗りこむ。欧州発の国際線なんか当時初めてだったので、ずっと起きていた。慣れた人は到着地の時間に合わせるように寝るらしいが。ビデオや音楽を楽しんだ。帰りは10時間(ジェット気流の関係で早い)くらいのフライト。日本上空を飛行している時間になると白人(英国人?) が盛んに外を見ていた。たぶん初来日か?自分はいろいろあったが、楽しかった旅行がやがて終わろうとしているという寂しさと帰国という安心感が入り乱れる複雑な感情であった。でも実際、旅行が終わったと感じたのは、自宅に戻り一晩寝て次の日が来た時だったかもしれない。

 

 

 

                              おしまい

 

 

 

 

 

 

 

 

 

7 香港2回目

 

  ピーチかジェットスターで行った。

 

 

 

8 ソウル

  ソウルへはLCCで行った。インチョン空港そばのホテルに宿泊した。インチ

チョン空港からバスや電車で移動。まずはソウル駅に向かったが旧正月の時期で旅

人が多かった。気温はマイナス5度から10度と足元から冷える気がした。ホテルは

床暖房もあり非常に快適だった。空港やコンビニで食べ物を調達した。辛いものは

苦手なので避けていたが、適当に注文したいたらキムチ鍋の様なものが来たりした。

味はそんなに悪くないが、とにかく辛い。できる限り、とんかつなどの日本食を食

べていた。空港からソウル駅へ向かう鉄道は非常にきれいだった。地下鉄はきれい

とはいえないものだった。

 ホテルは英語が通じた。鉄道は英語や日本語の表記があった。

 

 

 

 

 

 

9 台湾

 

 台湾に初めて行った時はLCC(ジェットスター)で行った。ガイドブックやネット

で調べると、夜市が有名らしい。それで最大の夜市のそばに宿泊する。空港に着い

てバスで台北駅まで行く。チケットを買って(どうやって買うか全く分からなかった

ので、紙にパソコンで書いたものをチケット売り場の人に見せて購入。販売員が笑

っていたのでこんなことをする人はいないようだ。バスが3社くらいあったが、安

い会社を選んだらずいぶんあちこちに停まった。今思えば空港の街並みや自動車整

備工場なんかを見れたのは逆によかった。やたらあちこち停車するが。ちなみに自

動車は汽車で汽車が火車になるらしい。漢字でなんとなく意味がわかるものもある

ので面白かった。全く意味不明のものも多かったが、韓国でみたすべてハングルの

表記よりはなんとなく意味がつかめた。駅に着いてホテルまで地下鉄で移動。駅名

とか漢字でメモをとっていたので比較的容易に動けた。駅に着いてホテルまで行っ

ってチェックイン。とりあえず、『ニーハオ』って挨拶すると、中国語でいろいろ言

われたが、日本のパスポート見せると、英語で応対してもらえた。ホテルの部屋に

入って少し休憩してから、いよいよ夜市に行く。シーリンいえしーは駅前に当時は

あった。(その後、少し離れた場所の地下に移動)。駅前の時はいい感じで古びた感

じで趣がった。移転してすぐの時はきれいすぎてちょっと期待外れだったが、少し

経って味が出てきた。非常に人が多くにぎやかではやっているかんじだった。日本

でいえば、お祭りの出店みたいな感じだが、人出や店の数ははるかに多い。ほとん

どまいにち大繁盛なかんじだ。

 他に、台湾の印象に残った事として、バイクが多いことと、歩行者用の信号が面

白い、朝市、夜市とあちこちで市だらけ、女性の話す中国語は非常に耳触りが良い、

車は日本車、バイクは地元メーカー、

 

 

 

10 台湾 2回目

     夜市中心に回る

 

11 ソウル 2回目

 

 ソウルへチェジュ航空で行く。共通試験の時期で、ヒアリングの時間は航空機は

上空待機。空港のそばに泊る。ホテルは日本語が通じた。

 

 

12 台湾  3回目

 

13 台湾  4回目

  台北と北部の小旅行

14 ソウル  3回目

 インチョンで入国し、ギンポから帰国。ギンポの国際線はほとんど日本線で

 日本語がつうじた。

 

15 釜山 2回目

  飛行機で行く。宿泊もする。高速鉄道も乗車、釜山からテグまで。

16 台湾 高雄

 

 高雄近辺を旅行する。 

 

17 台湾  高雄と台南と東海岸の台東

 

 台東は小さな駅だった。大きな川と海岸が印象的

 

  

18 イタリア ローマ

   イタリア旅行記その1(ローマ、バチカンへの旅)

 

  2012年12月11日から12月15日

 

 

英国に次ぐ、ヨーロパの2カ国目となるイタリアへの旅行を計画したのはその約2週間ほど前であった。もともと、イタリアへはぜひとも行きたいと思っていたが、不安のほうが勝っていた。心配が多すぎた。どんな旅行ガイドやHPを見ても、極めて治安が悪いと書かれている。(でも同時に飯は旨いし、見るべきものも多いとあるのだが。)つまりは、かなり魅力的な訪問先であることは間違いないが、あぶないところらしい。躊躇していたのだったが、生命の危険ほどではないようなので、思いきって行ってみることにした。対策というか、自己防衛策もいろいろ考えた。交通手段、宿泊地等は以下の通り。

 

  航空会社-----エミレーツ航空。 関西>ドバイ経由--->ローマ。KIX、DXB経由FCO。その往復だ。機種はKIX---DXBはBOENG777-300EX、DXB---FCOはAIRBUS380-800.エミレーツのHPで手配。約10万円。

    

 

  ホテルローマテルミニ駅そばのB&B。AgodaのHPで予約約1万5千円(2泊で)

 

 

出発日時  12/11 の 1800。帰宅は12/15の 2000。たったの5日間のローマへの旅のスタート。

 

一言で感想を言えば 

大変良かった。人、景観、文化、食べ物最高。

喰わず嫌いって言葉があるけど、ローマは行かず嫌いだった。(嫌いではないけど)

 

 

 

    旅行記詳細

  

自宅(近畿地方の某所)を18時に出て、電車にて関西空港(以下KIX)へ。仕事を終えてからの海外への出発。バスもあるが、

時間的余裕がないので、バスではなく、電車利用。バスは遅れることが多いので、電車で空港へ。バスは安いが、渋滞などで遅れることが多い。           時間的余裕がないので電車利用する。

こんなかたちでの海外は初めてである。仕事帰り即海外。気分はいいが、体力的にはややきつい。それに緊急事態発生した場合は不安であるが(急な仕事、すぐに対応しなければならないクレームなどが発生した時)でも翌日発ならさらにきついだろう。9時発なら7時までに空港に到着する必要があるから、5時発だから4時起きだ。それはさらにキツイだろうと思い、この時間帯を選択した。それに、安く行くには旅行期間が短いと夜発のエミレーツ、カタール、トルコ航空等が選択肢となる。朝や昼発のアリタリア(直行便)やヨーロッパ経由のルフトハンザ、フィンエアー、エールフランス、KLMなどは時間こそかからないが、旅行期間が短期間だと、金額がアップする。中国系は安いがサービスレベルが最悪と聞く(一度最悪がどの程度が見てみたい気もするが)。韓国系はアシアナがやや金額的に高い、大韓は安いが到着時間に難、ミラノ経由となるため到着時間が遅い、夜着ではホテルを探すのが大変。google  アースなどで見ると今回のB&B(イギリスでB&Bすなわち、ベッド&ブレックファーストらしいところに泊ったことはあるが、本格的というかその名がズバリ、B&Bというのは初めてである。ホテルの名前にもB&Bがつく)はわかりにくいようなので遅いと探せないだろうし、危険だ。消去法で最後残ったのは、トルコ航空、EMIRATES(以下EK)とカタールだった。カタールはNETの評価は高いが、乗換の時間が長すぎる。入国してもドーハは退屈しそう。イスタンブール経由、その語感に惹かれたが、トルコの就航先は多いが1週間の便が少ないみたいだ。それで最終的にEKとなった。EKは以前にも乗ったことがあるので安心だ。進化というか、その後の変化にも興味がある。以前とは3年前、関空―ドバイの往復。A330だったように記憶する。今回はB777-300ERとA380-800A380は世界最大といううりで期待も大きい。

KIXで搭乗手続き。エアーチケット控えとパスポートを提出するが、パスポートしか見ない。最近はどこもこれが多い。エアーチケット控えは手違いがあった時のみ見るのと荷物の控えをはるためのもの、みたいである。他の客はあまりいなかったが、アラブ系の人と日本人学生風が数人。以前はさすがドバイだ。セレブ風の人が何人もいたが、今回はなし。それにしても、旅行中の他の客の観察は面白い。以前、VSでイギリス行った時は反対に観察されていたみたいだったっけ。ああ△△みているとか。行動が◇◇、絶対☆☆者だとか、斜めうしろのおねえちゃんグループに観察されていた。ファッションは▽▽▽▽?(あたり)だけど、みているビデオの内容が□□□。お金をほとんど海外旅行に使っている?かんじ(ピンポーン!)、しかも海外旅行慣れしているって評価(まだまだ初心者です)、おねえちゃんたち、ひまだったのね。ファッションチェックまでして雲の上で10時間以上だし。ヘッドホンしていても丸聞こえだった。聞いていて暇つぶしにはなりました。ありがとね。私の実態はたんなるお調子者のお馬鹿さんです。!今思えばお友達になればよかったのかも。新手の逆ナンか?

ローマまでの搭乗券を受け取り、夕食(機内食があるので軽めにお好み焼き)。この間財布の自己防衛等について考える。ガイドブックやネットによるとローマはスリが多いらしい。日本でいるときのように財布をズボンの後ろに入れることはやめよう。先日買った小さな財布(お札が入るし小さくまとまるすぐれもの、これは良かった。)にお金を入れて、前のポケットにいれることにする。カード、日本円等はパスポート等と同様に首から下げる。これはときどき切られるらしいが。日本国内ではカード、免許、札等すべてひとつの大き目の財布に入れていた。入れ替えはドバイ空港でいいだろう、3時間以上あるし。イタリアはスリがカッターでズボンの後ろを切って盗ることもあるらしい。財布は前のポケットに入れ、かばんは横かけにした(今までは後ろかけのナップタイプだった)。はたしてこれで大丈夫か?そうこうしているうちに搭乗の時間になった。

 ほぼ定時に搭乗。席は後方左側窓際で横は無人。これはEKのHPでちょくちょくチェックしていた成果だ。横に座られたら席を変更していた。しかし、その後のDXB---->FCO---->DXB--->KIXすべて席が埋まる。順に中国人、白人、日本人が座った。なかでも白人夫婦(豪州人らしい)は良かった(友好的かつ社交的、トイレに行ったときは席を立って待っていてくれたり、食事を渡してくれたりした。もっと話でもすれば良かったと後悔する。旅慣れているようだ。)が、日本人や中国人はかならずしも友好的ではなかった。自分もそうだが、東洋人はどうも社交性に難あり。11時間ほどでDXBに到着した。ドバイは気温25度、天気は曇り。時間は現地時間の午前5時ごろ。日本時間で午前10時ごろ、飛行時間は約11時間。韓国北部、中国北京近辺、チベット南側等を通過し、インド北部、パキスタン上空を飛行した。以前は上海からチベット方面へ飛行したが。(最近は飛行状況がよくわかる。GPSで速度、位置、高度、方向、飛行時間、現地時間まで表示される。飛行機のなかで暇つぶしにはなる。それに、かつてはよく思ったものだ。(今どこ飛んでいるのだろうか?大丈夫か?など)そうこうしているうちに、ドバイに到着。

ドバイ乗換はかなりの距離を歩く。大きすぎる空港だ。動く歩道もない。よくわからないが。

でも以前見たというか、バスで間違って行ってしまったT1のほうが地方空港みたいで面白かった。T1は出稼ぎ人専用みたいだった。ドバイ空港で3時間のトランスファー。ぶらついたりして過ごす。(3時間では入国できないし、4時間あったら食事がでる。)午前9時くらいにローマ行きに乗る。バスでの搭乗だ。後方から乗り込む、A380のでかさが体感できるのはこちらのほうだ。写真を撮ろうとするとだめとのこと(テロ対策か)搭乗すると、隣は中国人カップルらしい。その中国人カップルが席を代わってくれたので横になって寝ていた。すると(KIX――DXBは睡眠不足だった)男の白人CAが『きみのランチだよ』って軽いのりでランチを持ってくる。あとでわかったことだったが、起こさないでのシールがあったみたいだが、それを貼っていなかったのは失敗だった。でも飯(洋食?)は旨かった。すべてイスラム食で豚肉はない。それにしても、外資の航空会社の日本食はまずい。洋食等を選んだほうがよいみたいだ(バージンアトランティック、シンガポールなんかがそうだった。どうも海外のキャリアでおいしい日本食を作るのは難しいらしい(エコノミーの場合)。日本発でも日本着でも。しかし、日本線で和食を提供しているところはすごい企業努力だとおもう。)その後、音楽を聴いたりして機内で過ごす。その後、イラク?上空(砂漠の赤みかかった色が印象的だった)、トルコ、ギリシャ(その国の地上の現状と違ってエーゲ海の上空からのながめは素晴らしかった)、旧ユーゴスラビア各国(ぜひ行ってみたい)の上空を飛んでいたようだが、山はかなりの面積が(特に旧ユーゴ)雪で白くなっていた。やがてイタリアの南部を横切りローマへと向かった。高度を落として見えてきたイタリアは日本の農村部や海岸の景色とあまり変らないようだった。太陽サンサンだ。

 ほぼ定刻にローマのFCOに到着した。飛行機を降り、無人のモノレール(KIXなんかにあるのとおなじような乗り物)に乗って、入国審査に向かう。古びた感じだ。EUシチズンとそれ以外に分かれていたが、EUのほうはすいていたが、それ以外は進みが悪く、かなり混んでいた。イタリア人の仕事が遅いのか、危ない人の入国が多いかは知らないが。アメリカ人とか豪州人、南米人が多いみたいであった。他アジア系、アフリカ系らしい人もちらほら。20分ほどで自分の順番になったが、菊の御紋のパスポートを差し出すと、中は何も見ずに表紙だけみてフリーパスだった。他の人、特に有色人種はいろいろ聞かれていたがさすがJAPANパスポートだ。それにしても日本国の国際的信用はすごいと思った。先人たちに感謝!!いやまてよ、日本人は英語苦手が多いからこの対応か?到着ロビーはちょっと汚れた感じ。出発側はさすがイタリアと思うデザインであったが。到着側は機能的、出発側は商業的なのかもしれないが。

 その後、バッグをピックアップし、税関をスル―(高額品はもっていない)、両替もスル―。(ユーロやドルは国内のほうがレートがいいらしいので両替はKIXでしていた)鉄道の標識をみて駅へ向かう。駅で切符を自販機で購入し、14ユーロ。テルミニへ向かう。電車はレオナルドエクスプレスと呼ばれる。そういえば空港もレオナルドダビンチフィウミチーノ国際空港とかいうらしい。高知竜馬空港とかリバプールジョンレノン空港と同様だ。元祖はCDGかJFK?

はやりの地元出身の著名人を空港名にしている。将来、羽田は東京キタノタケシ空港か?山口宇部はシンゾウアベ山口空港か?わが故郷は空海うどん空港か?30分ほどでテルミニに到着。ここで現地時間午後3時。テルミニの第一印象は人が多い。そしてヨーロッパの駅ってかんじだ(屋根の感じがすこし違うが、雰囲気がイギリスと近い。でもイギリスに比べ、ブロンドの人が少ない。反対に黒っぽい濃いめの茶髪が多い。イギリスは金髪、ブルーの目みたいな人が多い。自分も英国よりは目立たないだろう。スリに狙われてもいやなので約束の時間(午後4時)よりやや早いがB&B に向かう。グーグルマップでみたところ、駅の南東で水族館(イタリア語の水族館のスペルは英語のAQUARIUMと似ている、というかラテン語からきているので同じような単語になったと思われる。英語の海はSEAよりOCEANとかMARINとかがラテン語に近いのでイタリアやスペイン、フランスで通じやすいらしい。)すぐにみつかった。ビルのワンフロアがB&Bだった。外に呼びベルがあり、それを押すようにとのメールが来ていたのでそうする。住所番地の表示があった。日本のように看板は全くない。住所表示とインターコムのみでコンタクト。はでな看板はどうも欧州にはないらしい。景観のための規制か自主的なのか分からないが、看板などはほとんどない。京都とかも看板をやめたほうがいい、と思う。たぶん日本では商習慣的に無理だとは思うが。それに欧州(英国とイタリアしか知らないが)は建物に統一感がある。日本はほとんどない。国内で今まで見た中で統一感があると思ったのは京都の四条烏丸や清水、祇園あたり、東京の丸の内のビル街、あと滋賀の彦根の城の周辺(観光用に最近再現した江戸時代の城下町風の建物のようだが)、岐阜の合掌造りの集落、中山道の宿場町などしか思いつかない。インターコム押すとこれからお世話になるB&Bのオーナーのピエトロ(英語風にいえばピーターだ。ローマというかバチカンの代表的な観光名所の名称と関連する人名と同じだ。名前の由来とかを聞ける英語力は持ち合わせていないので聞けなかったが由来はこれだと思う 。)が出てきてくれた。彼には今回の旅では大変お世話になった。安価できれいな部屋を提供してくれ、しかも、ローマ初の自分に見どころのアドバイスをもらった。見たことないようなコーヒーメーカーでいれてもらったコーヒーの味は生涯忘れないだろうと思う。でもちょっとおっせっかい、これがイタリア人てもんかな?あいさつをかわし、部屋へと案内される。エレベーターは見たことないようなかなりの旧式(でもこんなものがあるから海外旅行は止められない)。ボタンを押してエレベーターを呼び、ピエトロによると自分で2重の扉を開け(手動)、(外はプラスティック、中は鉄かご)自分で閉めて、行きたい階の番号を押す。階は英国式だ。0,1.2.30がグランドフロア、1が日本でいえば2階だ。イギリスでかなり古いエレベーターに乗ったが、それよりさらに古いタイプだった。日本なら使用禁止になるんじゃないかな、危険で。そして、部屋に案内された。部屋までは2つの扉を開けて入る。(外もあるので3重か)やはり、治安が悪いのか?

なかで部屋のTVやシャワー、セーフティーボックス、そして共同スペースの台所等使用方法を説明される。英語であるがイタリア人というか彼の英語は非常に分かりやすい。以前行ったドバイとかシンガポールの東南アジア系の人とかの話す英語はかなり聞きづらかったがイタリア人のピエトロの英語はかなり聞き取りやすかった。日本語とイタリア語の母音がにているからかわかりやすいのだろう。彼が簡単な単語で表現してくれたのかわからないが(旅行前の英語のメールのやりとりでこちらの英語のレベルを把握していたのかな)。それとも英会話の学習の成果か?海外旅行に行くようになって車の中では英会話のCDを流している。でも同時に話す練習不足が明らかになった今回であった。そしてコーヒーやチョコレート(結構うまかった)を御馳走になりながら、今後ここへ行きなさいと示唆される。旅行先でホテルの人から、 ここへ行けとか言われたのは初めてであったが。地元民からのアドバイスや情報は結果的にはたいへんためになった。たとえば初日は(睡眠不足もあるのですぐ寝ようかと思っていたが、ピエトロさんにこことここに行け(夜のライトアップがきれいだなど)と言われる。明日はここ、明後日(帰る日)も荷物をおいたままこことここに行けと言われる。ご飯はここで食べるとよいまでアドバイスされる。おせっかいだ

なあと思っていたが、またあまりに多いので行けないところもあったが、それに自分は海外で駅とかでぶらつくのが好きなのである。(その土地の空気というか雰囲気に触れ、慣れるためやその土地の日常が見られるのと日本との違いを見るのが楽しいから)特に強く推薦されたところは行くことにした。

 そして緊急連絡先としてピエトロさんと彼の奥さんクリスティーナさんの電話番号を教えられた。これは安心感があった。また、朝食はこれをたべなさいと教授される。ジュースやパンコーヒーなどであった、いわゆるコンティネンタルのブレックファーストだ。地図やパンフレットなんかももらった。地球の歩き方を持参していたが、地図はもっぱら彼にもらったものを使用した。イタリアの地図は色彩が派手。慣れていないためか見にくい。

 1日目の観光の始まりだ。かばんにガイドブック(歩き方)、メモ、筆記用具、タオル、傘等を入れ、ポケットにはピエトロにもらった地図を入れ、出かける。ピエトロに推薦されたコロッセオの夜景や近隣の教会を見るためだ。町を歩くのにはもっぱら、彼からもらった現地発行の地図を利用した。町を歩いた第一印象はちょっと古びた感じだがいい感じの街並みだ。イタリアに来たって実感した。歩いているとピザテリアやヨーロッパらしいホテルなんかがあった。そして、街全体が名所のようだ。さすが古代から歴史のあるローマの街並みという感じだ。気に入った。数分ですぐそばの有名な教会に着いた。マジョーレ教会か?いい感じだ。そしてさらに歩き、コロッセオが見えてきた。夕刻でライトアップされている。クリスマスツリーもあった。地元の人にしかアドバイスできないなと思った。コロッセオは危ない感じの遺跡と思っていたが、第一印象はとてもきれいだった。その後、フォロロマーニ等の外側を見て回る。閉まっている時間帯なので入れない。そしてメトロの駅に向かい、切符を買おうといろいろ手間取っていると中年の婦人に英語で話しかけられ、買い方を教えてもらった。こんなことはイギリスではなかったが、イタリアでは何度かあった。社交的で親切らしいのが、イタリア人の第一印象となる。その後テルミニ駅で手間取っていると2回英語で話しかけられる。以前買った歩き方のヨーロッパ版ではイタリアは英語の通用度はホテルなどを除き低いとあったが、そうでもない。スリが多い、危険というイメージがいい方向に崩れた。結構親切な人が多い。店の人とかも良かった。いままで行った旅先では国内海外含め、こんな経験はほとんど皆無であった。どちらかといえば、国内、海外の観光地ではタクシーの運ちゃんのぼったくりの勧誘とか危なそうな勧誘が多かった。また、アジアの某国では追いかけまわすような勧誘とかもあった。イタリアは全く違う。ものの本によれば、欧州、いや世界の歴史を切り開いたローマ人の誇りからの行動との記述もある。つまりはローマに観光に来た者たちよ、自分たち誇り高きローマ人が案内してやろうということらしい。いずれにしてもいい街だ。寒いゆえ、観光客が少ないのでスリとかがいないのかもしれないが。

もっともスリは移民の貧民だということでローマ人ではないらしい。いずれにしても、注意は欠かさず、行動しようと思う。その後、地下鉄(メトロ、これがびっくりの色、危険な臭いにおいだったきれいな電車もあるが,)で、サンピエトロ大聖堂へ向かう。外からみたそれは幻想的であった。その後、テルミニに戻り、駅前のインド風の店でなんだかよくわからないものを食す。そこが一番中がわかりやすく、安心だったのと米を食べたいからだった。米はタイ米だった。最悪の味。でも腹がへっていたので半分は食らった。コーラとともに。コーラで流し込んだ。ここも英語が通じた。客はほとんどインド人風。

 

    次の日、バチカン美術館、サンピエトロ大聖堂、スペイン広場、フォロロマーニ、昼間のコロッセオ(入場)等、定番の名所に行った。地下鉄の一部区間の不通(イタリア語での説明が理解できず、事態の把握に時間がかかったが、)そのためサンピエトロからバスに乗ってテルミニに帰った。おかげでローマの街をしっかり見られたのは逆によかった。災い転じてなんとやらである。他には自分のすきな駅の中や書店などを散策した。1度目は定番の観光地、2回目以降は穴場探しがモットーだ。電車の中で歌う人たちもいたなあ。カラオケみたいな機器を大音響で、サンターールチイ――アアア♪♪   駅で食べたデザートはやや甘すぎたが、まあうまかった。デザートはドルチェと呼ぶらしい。カルボラーナも思い出深い味だ。 

 

帰国時、駅で空港までの切符を買っているとき、間違って違うところにお金を入れそうになったり、もたもたしていると横でみていたおじさんに英語で話しかけられ(詐欺?)お金はこっちでホーム番号まで教えてくれたのはいい思い出だ。ホーム番号は空港行きに関してはどこにも表示されていない。それは常識らしい。空港に着いて空港を散策。出発のほうはデザインなんかも近代的でイタリアらしいすばらしいのもだった。今まで行った空港の中ではデザインでは一番かも。

規模とかではインチョンとか香港に負けるし、豪華さではドバイに負けるが、案内板のデザインはローマが一番!ローマからドバイへの飛行中にみたサウジアラビアかイラク?の燃えるような赤い光は非常に印象的であった。行けることができればぜひともアラブの地上の世界を覗いて見てみたいと思った。後で地図をみたら油田だったらしい。アラビアンナイトじゃなかった。残念。

ドバイで3時間くらいの時間を免税店とかをぶらついたりコーヒーを飲んだりして過ごすが、ここではすべてクレジットカードで買い物をした。でも円とかユーロ、ドルは使える。そして関空行きに乗るとほとんど日本人で、だいぶん夢の世界から現実に戻ったような感じがしたが、関空に着陸した瞬間の衝撃や、パスポートを出し、日本へ再入国(帰国)手続きをした瞬間、税関のところのあまりに機能的で日本らしい場所を見た瞬間、関空1階の出口を出た瞬間とだんだんと現実に戻るようにおもえたのだった。でも、時差ぼけ感があり、この時点ではまだぼーとしており、本当に現実に戻るのは一晩寝て朝を迎えたときだったかもしれない。

     

         

 最後にひとこと イタリアには絶対もう一回以上行くぞ!!!

                       

 

 

 

                            へんてこ旅行記 おしまい

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

19 イタリア ミラノ フィレンチェ

   イタリア旅行記その2

ミラノ、フィレンチェ紀行

 

 20185月の旅行記を2021年の1月(コロナ禍で2回目の非常事態宣言発令中)に書いているので記憶があいまいだ。海外に行けないので過去の旅行記を書いたり、推敲なんかをやっているわけだ。

                                 

 

 2回目のイタリア旅行。今回はミラノ、フィレンチェに行ってきた。(前回は201212月のローマ、バチカン)

 簡単な経路は京都からはるか(時間的に余裕がないときは電車利用する)で関空まで、関空KIXからドバイDXB経由でミラノMXP着。次の日列車(気動車か?スマホアプリによると300km/hの最高速がでていた。)で花の都フィレンチェへ。観光!!夜、ミラノに帰って翌日帰国の途に。

 

  費用   飛行機代 (エミレーツ航空EK)約10万円。

       電車 国内(はるか)2730円×2

          イタリア ミラノからフィレンチェ70ユーロ

               ×2、空港から街中(鉄道12ユーロ(バス8ユーロ)

       ホテル (ミラノ駅前の グラムホテル)18000円×2

       現地予約  フイミッ美術館12ユーロ、ドーモ等  10ユーロ(2018年当時の為替相場1ユーロ約130円、ちなみに20211月は約125円)

 

 

 

 

  日程  201856日から510日まで

      飛行機内2泊、現地ホテル2泊。

 

  大まかな感想  

     はっきり言って弾丸ツアーだが(長期に休める環境ではない現状)結構充実。しかし、時間的余裕がないので

     また、並ぶのがきらい(田舎者は並ぶのが苦痛)なので、途中で予定変更したりする。ある程度、ガイドブックを読んでおいて予定変更実施。食事はホテルの朝食、ファーストフード、ピザ等が多かった。フィレンチェの駅前は工事中でぱっとしなかったが、少し歩くとすばらしい。期待していたミケランジェロ広場は時間があまりなかった。ウフィティ美術館は宗教画(当然キリスト教関連)が多かったので、いまひとつ意味不明で(風景画が好きなこともあるが、宗教画は勉強不足だった)まあまあだった。美術館から見える景色(有名な橋等)には感動した。

      エミレーツ航空(EK)3回目だった。この航空会社は以前と変わらず満足度は高かったが、ドバイ国際空港(DXB)は少し汚れてきた感じだが夜中の2時とか3時の人出がすごい。(関空に帰って来た時のきれいさに感動した)

 

 

 

旅行記本編

 

1日目 

 

転勤族で近畿地方を中心に異動している。今住んでいるのは京都市

京都の姉妹都市だという、イタリアのフィレンチェとミラノを訪ね

旅だ。仕事が終わって火曜の夜にバスで京都駅に向かい、そこから

電車で関西国際空港へ移動。約1時間30分で空港に着く。関空はたびたび使っているが、夜は独特の雰囲気がある。エミレーツ航空のカウンターに向かい、チェックインする。パスポートと予約確認書を用意するが、パスポートしか見ない。確認書は荷物の半券を貼るためのものになっている。その後、すきやで牛丼の夕食。機内食があるので軽くすませる。その後、適当にぶらついて時間をつぶす。その後、出国ゲートに向かい出国だ。夜のイミグレーションなんかは昼間や午前より空いている。搭乗口の番号を確認し、免税店なんかの前をぶらつく。(決して買うことはない。免税店って海外でもあるけど高級品って誰が買うの?てな感じ住む世界が違う。) その後、エミレーツの搭乗口へと向かう。その間、円をユーロに両替をする。『どちらへいかれますか?』と聞かれた(たまに間違う輩がいるみたい。イギリスにポンドではなくユーロ持っていくやつとか?海外へ行くような気分があまりしなかったのか、『えーと、(間が空いた一瞬考える)い  た り あ』みたいに答えた。『ああ、慣れている感じ!』って両替所のお姉さんの声が聞こえた。浮かれている奴は張りきって『イタリア!』って答えるのだろうか、浮かれていないってことか。なれているというより、まだ、そのときは、仕事モードだったみたいだ。『エミレーツ航空で、ドバイ乗り換えですか?』『あ、はいそうですわ。』こんな会話をしているとだんだんと「ああ、海外行くらしい、いまからおいら」気分が乗るというより、それからの、長時間のエコノミーシートを思えば、「ああ、しんど」みたいな感じだった。海外へ行くのは好きだけど、眠れない自分。長時間の夜間飛行は苦痛だ。どこでもドアがほしいものだ。または、ビジネスやファーストに乗れる身分になりたいのだ。豪華客船なんかも憧れる。

しかし、この旅からの帰国後パソコンのメールを見ていたら、エミレーツのビジネスクラスアップグレードたったの8万円?(確かな金額は忘れた)でどうですかってメールを発見!メールは毎日確認すべきだった。8万円であの苦しみ睡眠不足から解放されるなら安いものだ。残念!たぶん、上級クラス空席だらけ(A380の2階広すぎ)ということね。GW明けだったし。

 夜の12時前に搭乗時間になり、777-300かA330か忘れたが

機上の人となった。

 

 

ここから2日目

 

日本時間で日付が変わって、気がつけば北京上空経由だった(北京はまだ前日)と思う。エミレーツのドバイ行きは関空から西に飛んで上海か北東で北京付近上空を飛ぶ。最近は南に向かってタイ上空経由なんかもあるみたい(フライトレーダによる)。街の灯が印象的だった。深夜に機内食!体にいいわけないのはわかっているが、年に一度や二度くらいならとすべて平らげる。メニューのカードや歯ブラシや靴下の入ったアメニティ袋が配られた。前よりちょっとグレードダウン?ビデオや音楽は充実している。日本語メニューや日本映画なんかもあった。洋楽をかけて画面で飛行位置や高度の画面を見たりして時間を過ごす。この後すこし眠った。起きたらインドかパキスタンあたりの上空あたり。この辺一度は行ってみたいけど怖そう!昔、先輩から聞いた話。インドに行くと価値観が変わるらしい。帰国後、学校行かずインド関係、哲学関係の本ばっかり読んでいた、それで留年だったそう。生きるってどういうことかとか自問自答するらしい。やっぱり危ない。その後、寝られずたぶん起きていたと思う。その後ドバイ上空。ドバイの上空からの夜景というか早朝の景色はやっぱり凄かった。後ろのおねえちゃん『ドバイやばい、やばい』と盛んに発声、ギャグか?しかし、自分らの世代は言葉の本来の意味と反対の意味になっていることのほうが気になる。現地時間午前5時すぎ到着。朝焼けがまぶしかった。降りるときに目的地を聞かれる。『どこまで行きますか?(英語)』全員に聞いていた。『ミラン』と答える。『右のバス』と言われそれにのる。トランジットじゃなくてトランスフォーだっけ。それ専用のバス。その後、やたらと長い経路、エレベーターやモノレールみたいなのに乗って、ミラノ行きの出発ロビーに到着。この間、荷物検査(]線)なんかもあった。ローマに行った時となんか違う経路だったみたい。とにかく馬鹿でかい空港だ。出発ロビーもいっぱいある。ここではカード使用でマクドナルドのハンバーガーとコーヒーを購入。ユーロで買えるがUAEディルハムの釣り銭は困る。待ち時間は3時間ほど。眠いし、退屈だし、時間に遅れたら大変だし。落ち着かない。

 だいぶん待ってミラノ行きの搭乗時間になった。A380、やたらでかい。機内は快適、のはずが、横にやたらでかい国籍不明のおにいさんが乗って来た。しかも、乗ってすぐにCAにコーラをもらって飲んでいる。なんじゃこいつ、それにしてもえらいこっちゃ!と思ったがこのにいちゃんなかなかいいやつで、席の変更をCAに交渉しおいらに提案!それで快適な空間が保証された。最後はいまはやりのグーで握手。なかなか楽しいやり取りだった。こいつが移動したら機内の重量バランスくるちゃうんじゃないの?心配になった。まあ、その後も傾いたりしなかったがwww

 快適になった機内で音楽や映画を楽しんだり、機内食を食したりして過ごす。さっきのおにいちゃんはあいかわらずコーラや水を飲んでいる。なんなのこのおにいちゃん。ドバイからミラノは6時間くらいだった。飛行機にずっと乗っているが、A380はそんなことも忘れるくらい快適だ。階上に行けば(ビジネス、ファースト)もっと快適だろう。ザンネン!

の後、クェート、イラク、トルコ、ブルガリア、セルビア、ボスニアヘルツェゴビナ、クロアチア上空を通り、ベネチアあたりからイタリアに入る。やはり、シリア上空は回避されている。やがて高度を下げミラノマルペンサ国際空港に到着。到着するとなかなか列が進まない。しばらくすると、横にいたおにいさんからどこ行くの?この列はNY行きの乗換だよ。と教えられる。で、入国の列に並びなおす。イミグレはそこそこの行列。    ローマの時と同じで何も聞かれなかった。イタリアはほとんど聞かれることがない。以前はイミグレで何を聞かれるのだろうかとドキドキ(言葉に自信がない)だった。海外に行き始めたころはパーパス⇒サイトシーイング、ハウロング⇒セブンデイズなど覚えていたが、実際に聞かれたのはドバイでホテルどこ?イギリスで日本の会社名は?くらいだった。他(ほとんどアジア)はほとんど聞かれない。イギリスは不法就労が問題になっているので水際作戦に必死らしい。ここミラノの入国審査もなかなかすすまない。自分の順番がやっときた。日本人=人畜無害、なので軽く流しているかんじ。インド系みたいな女性とかはガンガン聞かれて別室へ。聞いた話だが、ドイツなんかは「こんにちわ」とかを無表情にいって相手の反応をみて偽造パスポートとかの入国でないことを確認しているらしいが、いかにもドイツらしい。

夜もこんにちはらしい、それをこんばんはで答えたりするブログもある。韓国とか台湾は何も聞かれない。シンガポールなんかも同様だが、マシンガンを持った人間が近くで警備しているのでみんな静かだ。彼らより、麻薬探知犬らしい犬がうろうろしているが、そっちのほうがどきどきだ。だって薬でも反応するらしいし、見つかっ

 

たら死刑!とか聞くし。

 そんなこんなで入国し、ミラノの空気、ちょっと暑かった。鉄道とバスがあるがバスを選ぶ。釣り銭詐欺にあったかもしれないが、交渉する言語能力がないし、めんどうくさい。(こんなことで日本人のかもが増えているのかも。)バスに乗ると大変混雑。途中LCCか国内線か知らないが、別のターミナル経由でミラノ中央駅に向かう。駅に近付くとだんだんとイタリアらしいセンスある建物が増えてくる。さすがイタリアだ。駅に着いて降りた場所と予約しているホテルの位置関係がよくわからない。目印がない。地図を出してみるのは危険。そのへんをうろついて人の少ない所で確認することにしよう。まあ、昼間なのでそんなに心配はないだろう。ここの駅は東西南北が非常にわかりにくい。しかし、壮大で威厳のある建物だ。機能性よりデザイン重視もイタリアらしい。案内板等ほとんどないし。ちなみに次の日、フィレンチェから夜帰った時また、位置関係がわからなくなった。だって、縦も横も同じようなデザインだったから。ローマのテルミニはすぐわかったので、ここだけだろう。ホテルをなんとか探し、チェックインしたが、フロントのおねえさんのいやがらせか知らないがカードキーが一度は使えなかった。フロントに戻って今度はすごいイケメンのおにいさんに直してもらいお部屋に。で、ドアオープンできた。ここのホテルは外観以外のすべて(内装等)デザインがいい。外観はあまり斬新ではないのは景観に規制があるからと思われる。時差ぼけか疲れているので入浴後、早めの就寝。

 

3日目 ミラノのドーモ見学とフィレンチェへ日帰り

 

 移動とかだけで3日目になった。ホテル内で朝食。バフェ形式。まあまあだった。今日はミラノのバロック形式の教会といわれるドーモを見学し、フィレンチェに鉄道で、観光の予定。まずは地下鉄に乗ってドーモに移動。途中自販機で水を購入。2種類あったが、4列と6列少ないほうを買ったらスパークリンだった。じっくりと、見ればわかるだろうが、怪しい輩のかもになるだけと思いすばやく適当に、欧州はスパークリンが人気のはず。少ないほうがガスなしと思ったがちがっていた。ドーモは思ったより小さかった。その後、ガッレリアの見学、朝早いのでカフェなんかはまだ準備中だった。センスは抜群だ。すぐに中央駅に戻り、フィレンチェ行きの列車の切符をマシンで購入(会話が必要ないから、しかも混んでない。今思えば有人窓口で無理でも会話を楽しんだほうがよかったかも)。出発までカフェで時間をつぶす。英語(というより英単語)で購入。どこの店もセンスは抜群。価格はやや高い。いすに座ると割高に、外のベンチに移動。

 列車の出発時間になったのでホームに向かい、切符に印を入れる。これをやらないと不正で罰金だ。外国人もイタリアの鉄道わかりませんでは通用しない。重厚感のある列車だ。乗るとビジネスマン風の男性の前だった。こんなときは「ボンジョルノ」とか挨拶すべきだろうが、周りはだれもしていないようだったので、そのまま着席した。途中、速度が上がりだしたのでスマホで計測。302キロでていた。この速度でもほとんど揺れない。車窓は畑というか田園風景が中心で、途中駅はボローニャだった。2時間ほどでフィレンチェに到着。駅近くの建物は落書きがあった。フィレンチェにはボローニャかローマ経由でもよかったが、海外の鉄道に興味があり、ミラノに行きたかったのでミラノ経由にした。ボローニャはいちばん近いがA380の便がない。ローマは前に行ったのでパス。でミラノ経由にした。フィレンチェ国際空港はパリとかの近距離しかない。でも、次行く機会があればボローニャ入国にしよう。

 でここはフィレンチェだ。駅前は工事中でほこりっぽく、あまりきれいではない。少し歩くと期待通りの街並み、ヨーロッパの伝統的な古風の茶色の統一感ある街並が広がっている。有名観光地までいかなくても絵になるような景観が広がる。建物や小道までが最高の景観だ。有名観光地もいいがこのようななにげない絵になる景色がすきである。歩いていると有名なドーモに着いた。(長い行列でなんか気が乗らずパス、でも行くべきだった)ここからさらに歩いて予約していたウフィティ美術館に行く。予約していたのですぐに入れた。キリスト教の絵画が中心で白人は食い入るようにみていた。中が非常に長い回廊で次々に絵が出てきて、消化不良をおこしそうだった。弾丸ツアーで時間が無いので全部とにかくまわろうとみたからである。次来る機会があればじっくりとフィレンチェに1週間くらい滞在してじっくりみたいものだ。その後、ヴェッキオ(古いという意味)橋に行く。アルノ川(そんなにきれいではない。下流の淀川よりはきれいだが。)にかかる観光の橋。形が特徴的で上に宝石店やアパートがある。その後、あちこち散策して駅まで戻る。ここでミケランジェロ広場までの市内バス12番のバスの切符を買う(券売機には日本語もあった)。行くとちょうど教会の鐘の音が聞こえた。ここで痛恨のミスを犯す。時差ぼけかな。帰りの列車の時刻を1時間、間違ってとにかく急いで駅に帰る。駅近くになって、チケットを見て間違いに気づく。1時間あとだった。駅そばでハンバーガー、駅でピザを食す。ハンバーガーは日本と変わらず。ピザはいまいちだった。ちゃんとした場所で食べるべきだった。ネットや本で下調べすべきだった。仕事が忙しかったこともあり、ホテルや航空便、鉄道、観光地以外は調べていなかったのが理由。食にあまりこだわりが無かったのか。列車の時刻まで駅中をうろついたり、そとの店を見たりして時間をつぶす。

時間になったのでミラノに帰る。ミラノに着くとまた、方角がわからなくなった。しかも雨。方向音痴ではないと思うが、駅とホテルの位置関係がわからなくなった。駅の外側を歩きまわって方角がわかり、やっとのことでホテルにたどり着いた。 明日帰国なので荷物を整理し、就寝した。

  

 4日目  帰国の途へ

 

もう帰国だ。しかしもう何日も旅しているような気分になってきた。

5日でイタリアはかなりきついが、けっこう楽しめたからだろう。

早めに食事を取ってチェックアウトした。駅から空港行きの電車に乗る。ミラノの空港からドバイ経由で関空まで長い道のりだ。ミラノ発は昼2時頃でドバイは深夜12頃着。ドバイは午前3時頃発って関空に夕方5時ごろ着だ。時差もあって夜間飛行で時間の感覚がめちゃくちゃになりそうだ。空港に着いてカッフェですごしたりして、搭乗の時間を待った。来た時と同様に機内で過ごし、ドバイ空港に到着。夜中なのになんなのこの人って感じで大賑わい。

 

5日目   ドバイから関空、帰宅

 

ドバイ空港は何度来ても楽しい。マクドナルドやショップを回って過ごす。その後、フランクフルト行きの搭乗口のいすに座って時間をすごす。だんだんとドイツ人?らしい人たちが増えてきたので関空行きの搭乗口近くに移動する。イギリス行った時(約10年前)の成田行きの搭乗口はほとんど日本人らしい人ばかりだったが、インバウンド政策の成果かここでは欧米人が多い。さっき見かけたイタリアからの乗客もここで見かけた。さかんに『SUSHI,SUSHI』とかいっている。詳しい内容はわからないが日本に行って本場の寿司を食べようとかいう話だろう。どうやらインバウンドと和食ブームは本物らしい。帰りの飛行機で前の白人のおねえさんが、横の連れに日本のアニメを見ているとか言っていた。アニメもブームだ。ドバイから関空へ映画や音楽で時間をつぶし、帰国の途へ。

日本上空へは九州上空から四国南部から淡路上空から関空へ。

関空に着いてそこからバス予定だったが、乗り遅れたので帰りもJRで京都へ。そこからはタクシーで帰宅した。

 

  最後に

 

 

5日間の弾丸ツアーだったが非常に楽しく充実した旅だった。反省としては食に対してもっと事前に調べて行くべきだったこと、ポケトークでも持参して会話を楽しむべきだったと思う。また、次回はフィレンチェに泊ってじっくり楽しみたい。

 また、ベネチア、ピサ、シエナや南部や島も行きたいものだ。

 

 

 

 

20 台湾 台北 花蓮

 

  花蓮はきれいな名前の街なので一度行きたかった。

 台北から列車で日帰りで行った

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

まとめ これから行きたいところ、全体的な感想

 

 一回目の釜山、一回目のシンガポールとヨーロッパは鮮明に記憶しているが、2

回目以上のシンガポール、台湾や韓国は記憶があいまいだ。もっと早いうちに記録

すべきだった。しかしながら、ヨーロッパは鮮明に記憶しているのは期待値と感

動が大きかったからだと思う。いずれにしても、1枚目のパスポートを見て行った順

番くらいは一覧表にしたい。

 

 

 

 

 

 最近は2−3日で行ける台湾が多い。韓国も近さと手軽さでたびたび行っていた

が昨今、日韓関係悪化もあり控えている。一番行きたい欧州は弾丸でも最低5日

はかかるのでここのところ行けていない。欧米はコロナ終息後もしばらくは行かな

いほうがよさそう。香港も政治情勢が悪化したのでいけないなあ。で、どこへ行く

か?  台湾かシンガポールになるだろう。行ったことの無い所ではマレーシア、

タイ、ベトナム、インドネシアとかのアジアになりそうだ。

 しかし、はるかに前でも初海外とか2,3回目までとドバイとか特徴のある街の

訪問は10年以上前でも記憶が鮮明だ。台湾4回目とか韓国3回目とかは記憶があ

いまいなことも多い。前のパスポートとかを見て正確な期間を推敲するつもりだ。

しかし数えてみればもう20回以上も海外に行っている。初心者は脱したようには思

うがまだまだだ。更なる進化を目指したい。