Telefonica-Dakar 2004

Stage-1, Stage-2, Stage-3, Stage-4, Stage-5, Stage-6, Stage-7, Stage-8, Stage-9, Stage-10,

Stage-11, Stage-12, Stage-13, Stage-14, Stage-15, Stage-16, Stage-17


Stage 1 - 1 January 2004 - REGION D'AUVERGNE > NARBONNE 
Special 1 km Liaison 395 km Total 396 km 

Standings TEAM N° Name Time
144 174 服部 泰 02' 15"
148 148 堀田 修 02' 17"
154 130 田中 ユキ  02' 24" 
157 108 風間 深志 02' 26"
171 129 佐野 真司 02' 41"
176 128 杉村晋吾  02' 50" 
177 127 河合  02' 51" 
178 175 藤田智由紀 03' 12"

Stage 2 - 2 January 2004 - NARBONNE > CASTELLÓN 
Liaison 6 km Special 25 km Liaison 532 km Total 563 km

降雪は朝までだったらしく、今のところ順調、問題ないとのことです。

General TEAM N° Name Time
90 174 服部 泰 30' 34"
128 130 田中 ユキ  32' 59" 
159 148 堀田 修 36' 12"
173 108 風間 深志 40' 04"
185 129 佐野 真司 46' 53"
186 128 杉村晋吾  47' 06" 
189 127 河合  47' 33" 
193 175 藤田智由紀 55' 57"

Stage 3 - 3 January 2004 - CASTELLÓN > TANGER 
Liaison 4 km Special 9 km Liaison 852 km Total 865 km 

General TEAM N° Name Time
88 174 服部 泰 39' 54" 
130 130 田中 ユキ  43' 33" 
142 148 堀田 修 44' 33"
166 108 風間 深志 50' 30"
185 128 杉村晋吾  59' 09" 
186 127 河合  1h 00' 38" 
188 129 佐野 真司 1h 01' 21"
191 175 藤田智由紀 1h 12' 45"

Stage 4 - 4 January 2004 - TANGER > ER RACHIDIA 
Liaison 233 km Special 75 km Liaison 444 km Total 752 km

No.174 服部 泰 はSSで106位。No.148 堀田 修はSS129位。
他の日本人選手はリザルトに掲載されてないので現在不明。
SSのタイムアウトか不通過?それとも・・・・。(日本時間4日23:00)

日本時間4日23:30  PIYOKO隊と藤田選手が帰還しました。佐野君と
杉ちゃんはペナルティ 30' 00"のおまけ付き・・・・。風間氏と田中ユキちゃん
は帰還してないのかな?

General TEAM N° Name Time
94 174 服部 泰 1h 40' 21"
132 148 堀田 修 1h 48' 49"
185 127 河合  2h 56' 37"
186 175 藤田智由紀 3h 03' 28"
187 129 佐野 真司 3h 25' 23"
188 128 杉村晋吾  3h 29' 40" 
189 130 田中 ユキ 3h 43' 33"

風間氏、無念のリタイア 転倒し看板に激突 左ひざ骨折の模様

風間深志(ヤマハ)が4日、第26回ダカール・ラリー第4ステージのリエゾン中に転倒事故を起こし、重傷を負ってリタイアした。大会主催者は「風間深志はこの日のSS(スペシャル・ステージ)をスタートできなかった」としか発表していないが、関係者によると、モロッコ・タンジールを定刻に出発したものの、5km地点付近の舗装道路で車線を越えて接近してきた大型トラックをよけようとして転倒、滑りながら道路脇にあった看板に激突したという。後ろを走っていた「チーム・スガワラ」のアシスタンス・カーに乗っていた風間の浅井明メカニックが発見し、大会のメディカル・スタッフを呼んで病院に搬送したが、左ひざの粉砕骨折もしくは複雑骨折の可能性が高く、今大会日本人選手初のリタイアとなった。
モト(2輪)で22年ぶりの参戦を果たした風間だが、思いがけない事故でアフリカの砂漠を走れないまま今回の挑戦は終了。総合18位と健闘した前回の再現はならなかった。    (中日新聞)

Stage 5 - 5 January 2004 - ER RACHIDIA > OUARZAZATE 
Liaison 56 km Special 337 km Liaison 182 km Total 575 km 

日本時間5日23:15 約80名がゴールしているが、PIYOKO隊はCP1をまだ通過していないようです。頑張れ〜!

日本時間6日01:10 PIYOKO隊はCP2を通過してCP3へ向かっている模様。

General TEAM N° Name Time Penalty
87 174 服部 泰 7h 13' 40"
114 148 堀田 修 7h 40' 42"
162 130 田中 ユキ 9h 48' 17" 3h 00' 00"
171 127 河合  12h 56' 37" 10h 00' 00"
172 129 佐野 真司 13h 25' 23" 10h 30' 00"
173 128 杉村晋吾  13h 29' 09"  12h 30' 00"
177 175 藤田智由紀 15h 03' 28" 12h 00' 00"

Stage 6 - 6 January 2004 - OUARZAZATE > TAN-TAN 
Liaison 176 km Special 351 km Liaison 276 km Total 803 km 

PIYOKO隊 リタイヤ! 詳しい情報は分りませんがリタイヤしたようです。

藤田氏も・・・・。SSは通過したようですがリザルトに掲載されていません。

General TEAM N° Name Time Penalty
88 174 服部 泰 12h 34' 01" 11' 00"
96 148 堀田 修 12h 45' 30"
139 130 田中 ユキ 15h 19' 06" 1h 00' 00"

Stage 7 - 7 January 2004 - TAN-TAN > ATAR 
Liaison 345 km Special 701 km Liaison 9 km Total 1055 km 

日本時間 8日 02:05 全員CP3は通過しております。今日は長い・・・。

General TEAM N° Name Time
67 148 堀田 修 22h 19' 07"
76 174 服部 泰 23h 19' 21"
125 130 田中 ユキ 31h 36' 10"

Stage 8 - 8 January 2004 - ATAR > TIDJIKJA 
Liaison 34 km Special 355 km Liaison 4 km Total 393 km 

パリダカ情報 投稿者:杉ちゃんの弟  投稿日: 1月 8日(木)18時18分44秒

兄から連絡ありましたのでお伝えします。
リタイヤ後ダカールを目指して砂漠ツーリングしているみたいです。
転倒で足の骨2箇所骨折した風間選手は現地の情報によると骨折ではなく断裂(鉄柱ではなく看板のような物に激突しちぎれたようです。)のようです。(まだ正確な情報ではないのでここだけの話にしといてください)

General TEAM N° Name Time
67 148 堀田 修 32h 23' 26"

Stage 9 - 9 January 2004 - TIDJIKJA > NEMA 
Liaison 3 km Special 736 km Total 739 km

日本時間 9日 23:00 リザルトに服部と田中が掲載されてないので順位不明。

General TEAM N° Name Time
60 148 堀田 修 52h 23' 26"
71 130 田中 ユキ 31h 51' 24"

服部選手 リタイア!Stage-9のスタートが出来ずにリタイアとなった模様。
日本人ライダーが2名になってしまいました・・・。
田中ユキさんのStage-8のリザルトが出てないけどこれってタイムオーバーとかなんかあるの?

Stage 10 - 10 January 2004 - NEMA > MOPTI 
Liaison 4 km Special 345 km Liaison 561 km Total 910 km

 安全問題で2ステージ中止 [ 2004/01/10 ]  フランス&マリ政府が勧告〜強盗団など多数出没

10、11日は移動のみ

ダカール・ラリーを主催するアモリー・スポール・オーガニゼーション(ASO)は9日、モーリタニア・ネマのビバーク地で記者会見し、安全上の理由から、ネマ〜マリ・モプティ間の第10ステージとモプティ〜ブルキナファソ・ボボデュラソ間の第11ステージをキャンセルする、と発表した。これにより両ステージのスペシャル・ステージ(SS)は中止され、ルートも変更。10日はネマからマリ・バマコ、11日にバマコからボボデュラソへ、リエゾンとして移動する。ネマ〜バマコ間はオート(4輪)とカミオン(トラック)、アシスタンスカーは舗装路を通るが、モト(2輪)は主催者が用意した飛行機で全てのバイクと競技者を運ぶ。バマコ〜ボボデュラソ間は、全参加者が舗装路を移動する。

 ステージのキャンセルは00年以来のこと。ASOや大会関係者によると、フランス内務省がモプティ周辺に多数出没する誘拐専門のゲリラや強盗団の一部がモプティまで約300km地点まで迫っていることを確認。フランス外務省とマリ政府がASOに対して「ラリーの通過時に選手が襲われる危険性が高い」と勧告した。これを受け、協議した結果、モトの選手が被害に遭う可能性が高く、ラリー参加者を危険にさらすわけにはいかないとして勧告を受け入れ、モプティを通過しないことを決定。バマコ〜ボボデュらソは主催者が「ストレートに向かうので危険性は少ない」と判断、すべての参加者が舗装路を通ることになった。

 今大会は、最も危険とされるマリ北部を回避するルートを採用したが、第7ステージで増岡浩(三菱)らがモーリタニア軍兵士らしき人物に銃を突きつけられて通行料を要求される事件も発生していた。    (中日新聞より)

Stage 11 - 11 January 2004 - MOPTI > BOBO-DIOULASSO 
Liaison 63 km Special 448 km Liaison 236 km Total 747 km 

SSキャンセルで移動

モト(2輪)の日本人勢は、堀田修(KTM)がただひとり生き残った。第8ステージまで順調に通過したが、第9ステージで大苦戦。砂丘越えに苦しみ、何とか午前5時にネマのビバーク地に到着したほどだったが、途中のCP3で2ステージ中止の知らせ。現在も両肩にテーピングが巻かれるなど満身創痍の身には、まさに“天の助け”となりそうだ。

逆に女性ライダーの田中友紀(KTM)は、第9ステージで全てのCPを通過しなかったとして失格。砂丘越えに苦労して疲れがたまり道に迷ったようで、主催者から裁定を聞かされた時は目に涙さえ浮かべていたが、最後は気を取り直し初挑戦に満足そうな表情をみせていた。    (中日新聞より)

Stage 12 - 13 January 2004 - BOBO-DIOULASSO > BAMAKO 
Liaison 85 km Special 213 km Liaison 368 km Total 666 km 

General TEAM N° Name Time
60 148 堀田 修 56h 12' 51"

▽堀田修
 まあまあの走りができたんですけど、スピード違反を見つかっちゃったんです。どれくらいのペナルティーになるのかなあ。
(中日新聞より)

1時間のペナルティが課せられていました・・・。

Stage 13 - 14 January 2004 - BAMAKO > AYOÛN EL ALTROÛS 
Liaison 230 km Special 478 km Liaison 26 km Total 734 km 

General TEAM N° Name Time
60 148 堀田 修 65h 53' 00"

Stage 14 - 15 January 2004 - AYOÛN EL ALTROÛS > TIDJIKJA 
Special 547 km Liaison 4 km Total 551 km 

General TEAM N° Name Time
1 004 ROMA 46h 16' 24"
2 001 SAINCT 46h 26' 04"
3 002 DESPRES 46h 57' 49"
58 148 堀田 修 77h 14' 58"

残すところ3ステージとなりましたがリザルトを見ると KTM が目立ちますね。TOP〜29位まで KTM (中に1台YAMAHAが居ますが)総勢72台のうち KTM がなんと47台!サポートが良いのでしょうか?ちなみに堀田選手も KTM 660 RALLY。

Stage 15 - 16 January 2004 - TIDJIKJA > NOUAKCHOTT 
Liaison 2 km Special 579 km Liaison 70 km Total 651 km

General TEAM N° Name Time
1 004 ROMA 55h 39' 22"
2 001 SAINCT 55h 44' 24"
3 002 DESPRES 56h 26' 10"
51 148 堀田 修 91h 58' 27"

Stage 16 - 17 January 2004 - NOUAKCHOTT > DAKAR 
Liaison 60 km Special 191 km Liaison 396 km Total 647 km

General TEAM N° Name Time
1 004 ROMA 53h 15' 29"
2 001 SAINCT 53h 22' 36"
3 002 DESPRES 54h 01' 58"
51 148 堀田 修 87h 38' 57"

今年のダカールラリーも明日最終日。ヴィクトリーランでダカールにゴールですね。

Stage 17 - 18 January 2004 - DAKAR > DAKAR 
Liaison 42 km Special 27 km Liaison 37 km Total 106 km 

General TEAM N° Name Time
1 004 ROMA 55h 56' 28"
2 001 SAINCT 56h 09' 06"
3 002 DESPRES 56h 40' 59"
50 148 堀田 修 92h 21' 57"

堀田さん 完走おめでとう!


PIYOKO隊 報告会 

2004年2月5日 福山の某所にて

帰国したPIYOKO隊 河合氏・杉村氏・麻生氏によるパリダカ報告会が福山のとあるお店で開かれました。
数千枚の写真とともにいろいろなエピソードやら苦労話などなど行って見なけりゃわからない話で大いに
盛り上がりました。報告会の後は宴会に突入!相変わらず脱ぎップりの良い杉ちゃんでございます。

  


風間、リベンジに意欲満々 [ 2004/02/07 ]

MainPicture風間深志が7日、東京中日スポーツのインタビューに応じ、第26回ダカール・ラリー(1月1〜18日)で見舞われた事故の状況を生々しく語った。事故が起きたのは大会4日目(1月4日)のアフリカ最初のスペシャル・ステージ(SS)に入る直前。交通量の多い対向車線からいきなりトラックがはみ出し正面衝突、左ひざの粉砕骨折を含めて計7カ所を骨折するというひん死の重傷で、一時は足の切断の可能性もあった。

 しかし、転院したフランスの病院が幸い。整形外科の高度医療技術を持っており、サッカーのロナウドやF1フェラーリのM・シューマッハーらもそこでリハビリを受けて復活を果たしている病院だった。通常の病院なら、選手人生に終止符を打つ事態に陥ってもおかしくない状況だったようだ。

 現在は最悪の事態から何とか脱出、徐々に足の感覚も戻っている状態。全快までは約1年を要するようだが、22年ぶりに訪れた懐かしのアフリカはわずか1.3kmを走ったのみで終わってしまい、出場していないのと同じことだっただけに、早くもリベンジに意欲をみせていた。

 ▽風間深志
 僕だけ“パリダカ”が終わっていないんです。夏頃には南極に行こうと思っていたんですが、医者からは絶対ダメだと言われてしまって……。(全快までは)あと1年はかかるみたい。でも、日本の病院食はおいしくていいよ。フランスにいたときは餌を食っていたようなような感じだったから。(事故は)モトクロスようのブーツが外れるくらいだから相当だったんでしょう。救急車が来るまでの30分が本当に長かった。足が痛くて痛くて痺れが胸のあたりまで来ていた。意識を失うまいとずっと頑張っていたんですが、「ピーポーピーポー」という音が聞こえた途端に気が遠くなった。気付いたらヘリの中。今回はとんでもないコース設定の大会で地に足がついていなかったのも確か。こんな(体の)状態では来年は出られないよね。でも、バイクの方は無傷でいつでも出られる状態。もう1回やりたいよ。


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