another face 〜電網の恋人〜

最終話・新始

 

 

「おはよう、お兄ちゃん。」

 

病院の正面玄関に出ると、病棟の中庭に生える木の下に出来た日陰で乃絵美が待っていた。
その内、菜織も来るだろう。
太陽の眩しさに目を細めながら見上げた九月の空は気持ち良いくらいの快晴、まだまだ涼しくはならない様だ。

 

「おはよう。迎えに来てもらって悪いな。」

「いいんだよ。…少しでも、お兄ちゃんの側に居たいから…。」

 

俺のところまで駆け寄ってきた乃絵美は、鞄で顔の下半分を隠しながら頬を染めなつつそう言い、上目遣いで俺を見る。

……。

真奈美ちゃんが帰ってから二週間の間で、俺と乃絵美は『奇跡的』な回復を見せた。
元々背中の傷以外は軽傷だった乃絵美は、五日ほど前に退院している。
しかし俺の方は、乃絵美が軽傷だった分、かなりの重傷だった。
落下時に乃絵美を庇った両腕は折れていたし、限界以上の負荷をかけた右足の骨は折れ、筋は切れていたらしい。
その上、全身に軽い火傷を負っていて、見舞いに来た柴崎に自分の上を行く奴がいたと笑われてしまった。
しかし、今では杖を突きながら学校に行くまでに回復している。

 

ここまで早い回復を見せたのは、やっぱりコレのお陰なんだろうな…。

チャリ…

胸のポケットから『宝珠』の付いたペンダントを取り出す。
絆の精霊の片割れ…『レナン』だ。
真奈美ちゃんとの恋人関係が無くなった時点で、俺達の『恋人の絆』を守護していたペンダントは二つに分かれてしまった。
その事で、みちる先生には無茶苦茶怒られたけど、二人がそれぞれを大事に持っているという事で、何とか納得してもらっている。

 

「おはよう。乃絵美、今日も早いわね。」

「あっ!おはよう菜織ちゃん。」

 

掌の上でペンダントを玩んでいるうちに、菜織が来た。
本当は乃絵美と二人きりで登校したいのだが、それでは俺に何かあった時に心許ないので、菜織も一緒に登校してくれる様、乃絵美が頼んだらしい。

 

菜織にはこの頃、迷惑かけっぱなしだな…。

 

 

 

「よう。まだ足の方は治らないのか?」

 

学校に行く途中でスポーツバッグとネットに入ったサッカーボールを肩に掛けた柴崎に遇った。
ぺこりと頭を下げる乃絵美の横で、一旦杖を放して左手を上げつつ挨拶を返す俺。

 

「ああ…お前は調子良さそうだな?」

「まあな。」

 

以前より遥かに好意的な笑みを浮べてそう答える柴崎は、全身ボロボロの俺とは違い、いたって元気そうだ。
薬の後遺症も無く、再びサッカー部のエースとして活躍しているらしい。

 

 

 

「good morning!」

「あっみち…天都先生、おはようございます。」

 

「先に行く。」と言って走っていった柴崎と入れ替えに、俺達の後ろから声を掛けつつ今度はみちる先生が現われた。
久しぶりのスーツ姿に少し違和感を覚える。

 

「ちゃんと『宝珠』は持ってる?もし忘れたりなんかしたら……本気で怒るわよ。」

 

足早に俺達へと追い付き、そう言って睨むみちる先生に、俺はポケットから取り出したペンダントを見せた。

 

「チョット、そんなトコに入れて落としたりしたらどうするの!?ちゃんと身に着けときなさい。」

「……みちる先生。それは校則違反になるんじゃ…。」

 

俺がポケットから無造作に宝珠を取り出すのを見て、目を吊り上げながら俺の首にペンダントを掛けようとするみちる先生。
その教師らしからぬ発言に突っ込む菜織。
そんな俺達を見ながら、乃絵美はにこにこと笑っていた。

 

装飾品類を『身に着ける』のは校則違反だよな…。

だからって、『持っている』のは良いと言うわけでもないと思うけど…。

 

 

 

「おはよんよ〜ん☆乃絵美ちゃん、今日もお兄ちゃんと仲良く登校?」

「バーカ…菜織がいつも一緒だろ…。」

 

みちる先生も加えて学校に向かっていると、今日も『元気』…というか『能天気』を絵にした様なミャーコちゃんと、そんな彼女を呆れ顔で見る冴子が合流してきた。
それぞれ適当に朝の挨拶を交わす。

 

「ネエネエみちるセンセー……今週で最後ってホント?」

「えっ!?」

「『最後』って何が最後なのミャーコ?」

 

そんな中、ミャーコちゃんが珍しく悲しみを帯びた目で、みちる先生に訪ねた。
その言葉を聞いた全員の目が、一斉にみちる先生とミャーコちゃんへと集まる。
そして、驚きと疑問の声を上げる俺達に、ミャーコちゃんではなくみちる先生が、少し憂いを帯びた表情で答えた。

 

「さすがミャーコちゃんね…本当よ。私の臨時講師の期間は今週でお終い。来週からは芝浦先生が元通り、英語担当に着任されるわ。」

「そうなんですか…。」

「まあ、出会いがあれば別れもあるわ。そのうちまた会えるわよ。」

 

そうみちる先生が締め括ったところで、ちょうど校門に到着する。

 

今日で最後か…何だか寂しいな。

…それだけみちる先生にインパクトがあったって事かな?

ペンダントの事とか、個人的にも付き合いがあったし…。

 

 

 

始業チャイム前に、教室のほぼ中央に在る自分の席に就く。
ふと前の席を見ると、そこに少し萎れた黄色いキクの花が生けられた白い陶器の花瓶があった。

 

宗一郎…。

お前ともう一度、話がしたかったな…。

人と人の『信頼』…

そして、『愛情』を教えてやりたかったな…。

 

「おはよう。」

「えっ?おう…。」

 

物言わぬ花瓶に向かって挨拶をすると、その前の席に座っている男子生徒が、戸惑いながら挨拶を返す。

……。

学校側の発表では、宗一郎は旧校舎で火遊びをしていて、火事を起こし、焼死したとなっている。
そして、俺達が現場にいた事については、事実の口止めと引き換えに不問となった。
私立高校の『企業』としての面を見せられて少し反感も覚えたが、余計な波風を立てたところで宗一郎が生き返るわけでもないので、俺達は他の生徒達と同様に『学校に来て、初めて事件の事を知った』事にしている。
また、燃えた旧校舎は近日中に片づけられ、計画通り、新しいクラブハウスを建てるらしい。
事件は闇へと葬られた訳だ。

 

 

 

カランカラン

「いらっしゃいま…あっ『WIND』さんお帰りなさいませ。」

「ただいま。仕事には慣れたかい?」

「はい。少しずつですが…。」

 

一昨日と昨日は検査で病院泊りだった為、二日ぶりにl’omelletteへ帰ってきた俺を、ウェイトレス姿の輝砂姫ちゃんが、丸いトレイを抱えてパタパタと駆け寄り出迎えてくれた。
少し引込み思案なところがあるけど、それ以外は何の問題もないだろうと判断した俺は、しばらくの間俺の代理として使ってくれるように親父に頼んだのだ。
菜織は夏休み中だけの約束だったし、人手が足りなくなっていたので、親父もOKしてくれた。
と言ってもまだ見習い期間中なので、失敗する事も時々ある様だが…。

 

「まあ、分からない事があったら、乃絵美に遠慮せずに聞いて覚えていくと良いよ。」

「はい。」

「乃絵美、頼むな。」

「うん。」

 

俺の言葉に、乃絵美と輝砂姫ちゃんが顔を見合わせて微笑み合う。

 

…何だか妹が二人いるみたいな感じだな…。

まあ、悪い気はしないけど…。

 

 

 

「さてと、二日ぶりの俺の部屋だな…。留守中に何か来たかな?」

 

留守中の着信メールをチェックする為に、パソコンラックの前まで椅子を持ってきて座ると、キーボードの上に一通の葉書が置いてあった。
差出人は翔兄、裏返してみると…

『結婚式のお知らせ』

結婚式の招待状だった。
しかも既に『出席』の欄にインクでマルが付いている。
多分、摩耶さんがやったんだろう。

 

…俺は強制参加ってことか…。

俺に招待状が来てるって事は、菜織達も招待されてるのかな?

明日聞いてみるか…。

 

【puipui】

そう言えば、あの娘に彼氏が出来たらしいですよ。残念でしたね。>神影

 

【ごませんべー】

昔、メニューにあった『大きいパフェ』が復活したそうですね>OTOMI

【ハニーレモンπ】

気を落とさない事ね>神影

 

【あめんぼう】

えっ!何ですかそれ?今度、注文してみようかな?>ごませんべー

 

【ピアニッシモ】

夢が一つ叶いました。

これからよろしくお願いしますね。>アプリコット

 

【OTOMI】

そうですか。懐かしいですね。…こんな事言ってると歳がばれそうですね。(笑)>ごませんべー

 

【アプリコット】

こちらこそ、WINDさんがいない分、一緒に頑張りましょうね。>ピアニッシモ

 

 

平和…だな。

 

あれ以来『@』の書き込みはなくなった。
やっぱり、宗一郎が『@』だったのだろうか?
今となっては、確認のしようが無い。

コンコン

「お兄ちゃん、ちょっとお店に降りて来てくれないかな?」

「んっ?何かあったのか?」

「うん、実はね。『大きいパフェ』の注文が来て…。」

 

右足に負担を掛けない様に立ち上がりながら返事をすると、ドアの向こうで乃絵美がちょっと息を弾ませて答えた。

 

『大きいパフェ』を注文するなんて、誰だろ?

『今度、注文してみようかな?』って伝言板に書き込んでた人かな?

 

 

 

「なっ!」

 

一階に降りた俺はその光景に絶句した。
そこに居たのは…

 

「ふふっ…ただいま。」

 

見覚えのある旅行鞄を足元に置き、青いリボンの付いた麦藁帽子を白いワンピースの胸に抱えた真奈美ちゃんだった。
こんなに早く帰ってくるとは思わなかった。
と言うより、こんな所に居て良いのだろうか?

 

「真奈美ちゃん…なんでここに?」

「うふふっ…あのね、お父さんが日本に呼び戻されたの。」

「へっ?」

 

と言う事は、真奈美ちゃんの家族は日本に帰って来たって事か?

でも、そんなに急に転勤って決まるものなのか?

転勤なんて無い自営業には分からないな…。

 

「でも、ビックリしちゃった。突然、真奈美ちゃんが来るんだもの。」

「ゴメンね。驚かせようと思ってわざと教えなかったの。」

 

まだ驚きを隠せずに、トレイを抱えたまま目を丸くしている乃絵美に謝りながらも、相変わらず真奈美ちゃんは笑顔のままである。
俺達の驚きぶりが、相当可笑しいらしい。
そして、状況が飲み込めず隣でオロオロしている輝砂姫ちゃんに真奈美ちゃんを紹介すると、俺はキッチンへ入った。

 

さて、怪我を押して特別メニューを作りますか…。

 

 

 

「……。」

「……。」

「……暑くないか?」

「ううん…暖かいよ。」

「そうか…。」

 

夜、ピンク地にたくさんの白いフリルの付いたネグリジュ姿の乃絵美が俺の部屋に来て、ベットに腰掛ける俺の側に寄り添って来た。
風呂上がりらしく、纏めていない乃絵美の髪から良い香りがしてくる。
その髪を一房手に取って、甘い香りやさらさらとした手触りを楽しみながら、俺は肩に寄り掛かる柔らかで温かな存在と話を続けた。

 

「真奈美ちゃんには驚いたな。」

「うん。」

 

真奈美ちゃんが戻ってきた。
と言う事は、俺、乃絵美、真奈美ちゃんの三角関係が始まる訳である。

 

まあ…俺がハッキリしなかった所為で二人には随分迷惑かけたんだし、二人が納得いくまで付き合うつもりだけど…。

 

「お兄ちゃん…。」

「んっ?」

「大好き…。」

 

俺の肩から顔を上げた乃絵美が、上目遣いに俺を見上げながら頬を染めてそう言った。
そんな『妹』の仕草が、表情が、どうしようもなくを愛しくて、俺は何も言わずに『恋人』を抱き寄せ、その温もりを求めた。

 

「あっ…」

 

少し乱暴に抱き寄せた所為か、乃絵美が少し体を堅くする。
そして、俺を映すその瞳をゆっくりと閉じた。

 

「俺はずっと乃絵美の側に居るよ。」

 

それに応えて、俺は乃絵美の小さな背中と細いうなじに手を当てて支えると、その小さく濡れる桜色の唇に自分のそれを重ねた。

 

長く…

深く…

永遠の時間を祈りながら…。

 

another face 〜電網の恋人〜 Fin

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