或る兄妹の物語

導入部のみ

 

 朝

 一日で一番眠い時間

 その時間に惰眠を貪って何が悪かろうか?

 しかし世の中とはなかなか残酷なものである。

 今日も俺の平和な睡眠を終わらせようとする人物が現れた。

「ほらっ! 朝だよっ!」

 ノックも無しに俺の部屋に踏み込んできた少女が、弾んだ声で俺を起こす。

 しかし、俺は布団をしっかりと握り締めたまま、まどろみの海でたゆたい続けようとした。

「もう…あっさだよーっ!」

 どさっ!

 声と共にいきなり少女の体が俺の上に降って来る。

 遠慮も何もあったもんじゃない。

「ぐえっ…っと、跳んだ分倍加された少女の一瞬の重さに断末魔を上げる俺」

「そんなに重くないもん! 起きてるんなら、起きてよっ!」

「言っている事が意味不明なので却下…」

 そう言って、また眠りの深淵へと沈もうとする俺。

 しかし俺の上に乗った少女は、そのままピョンピョン跳ねて、俺を起こそうとする。

「起きて! 起きて! 起きて! 起きて! 起きて! 起きてってばーっ!」

 そして、最期の『ばーっ!』で俺の腹部に肘討ちを入れてきた。

「ぐえっ…」

 本日二度目の断末魔を上げる俺。

 そのしつこさに仕方なく目を開けると、ちょうど目の前に少女の顔が在った。

「やっと、起きたぁ」

 一言で言うと童顔。

 クリッした黒目がちの瞳に小さな鼻。

 飛跳ねたからだろう。肩口で揃えられた淡い色の髪は少々乱れ、前髪が白い額に張りついている。

「誰だおまえ?」

「もう…やっぱり、お兄ちゃんばかだね」

 朝の寝ぼけた頭にその顔の記憶が無くて、片眉を吊り上げながら俺が問うと、彼女は胸の上で頬杖をつき、呆れた顔で答えた。

 その小さな桜色の唇から、歯磨き粉の匂いがする

「『やっぱり、ばか』だとぉ?! みさおのくせにぃ!」

「イタタタタタッ! お兄ちゃんが苛める〜」

 少女…みさおの言葉にぼんやりとしていた記憶が一致すると、俺は平和な眠りを妨げたお仕置きとして、みさおを胸の上に乗せたまま、そのこめかみに握り拳を当てて、ぐりぐりと圧迫した。

 堪らずみさおが身をよじって、俺のお仕置きから逃れようとするが、俺の上に寝そべっている体勢ではどうすることも出来ない。

 結局、隣の世話好きな幼馴染が、心配気な顔つきで部屋に迎えに来るまで、それは続いた。

 

作品は、『パンドラの虜』発行↓に掲載