淡雪の唇

 

良く磨かれた窓から射し込む休日の朝日が、埃一つ無いフローリングに反射し、温かな木目で統一された居間を照らし出す。

木製の椅子が三脚ずつ向かい合うダイニングテーブル。

その上に置かれた一輪挿しには、淡く甘い香りのする花。

かちゃかちゃ…

丸く黄色いラジオの置かれたカウンターを挟んで向こう側にあるキッチンからは、陶器を重ねる音。

レンガ調の壁に囲まれたキッチンの中、独りの女性が、水を切り布巾で拭いた朝食の食器を、三つずつ食器棚の定められた場所に収めている。

白く張りのある肌

強さと優しさを備えた目元とそれを彩る長い睫毛

背中まである髪は家事をしやすいように三つ編みにされている。

『若奥様』と言っても差し支えない容貌を備えるこの女性に、十七の娘がいると言っても、誰も信じないだろう。

 

「ふぅ…」

 

食器を片付け終え、次は洗濯物を干そうと洗面所へと足を向ける彼女。

その耳にぱたぱたと階段を駆け下りる音が聞こえた。

 

「あら?」

 

その聞き慣れた足音から思い当たる人物の存在に彼女は首を傾げつつ廊下に出ると、案の定、そこには白いワンピースと薄青紫のチョッキに身を包んだ彼女の娘がいる。

「てっきり祐一さんと一緒に行ったのかと思っていたけど」

「わ、おかあさん」

 

後ろから呼びかけられて、自室から持ってきたらしい真新しい箱より水色のミュールを取り出しながら、驚いたように振り向く娘。

この世に誕生した瞬間から、ずっと見てきたその目元と唇に、少しだけ手を加えた後がある。

目立たない様に、でも好きな男性(ヒト)の前では少しでも綺麗でいたいという気持ちの現われに、少女の母親は薄い微笑みを浮かべた。

 

「忘れ物はない?」

「あ、えっと…」

 

ミュールを履き終え、つばの広い帽子を手に取りながら返事をする娘。時間が無さそうに見えるのに、傍らに置かれた籐の籠を覗き込んでいるのは、おっとりとした彼女らしいと言える。

 

「うん。だいじょうぶだよ」

「午後までは快晴だけれど、夕方から雨が降るから、気をつけてね」

 

先程ラジオで言っていた天気予報を伝えながら、母親は、娘の胸元に咲く赤いリボンを結びなおした。

その仲睦まじい姿は、親子というより、年齢の離れた姉妹と言った方が、ふさわしいのかもしれない。

 

「うん。いってきます」

 

微笑みと共に手を振って送り出してくれる母親に笑顔を返すと、少女は胸元とお揃いの赤いリボンがついた白い帽子と籐の籠を手に、母親の前から彼女を待つ者の元へと飛び立って行った。

パタン…

 

「…少し寂しいわね」

 

娘が出掛けた後も、そのままドアを見つめ続ける母親。

その呟きが、広い家に流れ、消えた。

 

作品は、『パンドラの虜』発行↓に掲載