Happy Christmas

 

 

十二月…
もうすぐクリスマス。
街にはクリスマスソングが溢れ、店を赤と白の飾りが彩る。
その中を一人で歩く私…いつも隣に居てくれる人は居ない。
ひゅうひゅうと吹き荒ぶ風に身を竦めながら、あの人に会えない寂しさを紛らわす為に来た商店街を歩く。
ふと見たショウウインドウに飾られた薄桃色のドレス…
到底似合いそうに無いけれど、私だって女の子だ。やはり着飾って、あの人と腕を組んでパーティーというのにも憧れる。
だけど、今一番欲しいモノはもっと些細な幸せだった。

 

はぁ…

 

音も無く吐き出した白い息が、私と豪奢なドレスとを仕切るガラスをもまた白く曇らせる。

 

あいたいの

 

 

「スマン…これから暫らく一緒に帰れない…」

 

ほへ?

 

突然だった。
いつもの放課後にいつもの様にあの人の教室へ迎えに行って、いつもの通りにあの人と一緒に帰る…はずだった。
もちろんクラスが違うから、一緒に帰れない日が無かったわけじゃない。
でも、何日も連続して断わられるのは初めてだった。

 

『いつまで?』
「それは…言えない」

 

私から窓の外へと視線を外しながら答えるあの人…
何かを隠しているのが、ありありと窺えた。
心当たりが有るとすれば、あの事…
あれは、一週間ほど前…

 

ガチャンッ!

 

冷てっ!…って、ああッ!

 

私は、また失敗してしまった。

 

澪ッ!どうしてお前はそう…いや、もう良い。

 

そして、そんな私をいつも温かく見守ってくれるあの人も、あの日だけは許してくれなかった。

 

もう…駄目だな…コレ。

 

甘えているといえば、そうなのかもしれない。
でも、あの人にだけは許してもらえると思っていた私にとって、それは大きな衝撃だった。

 

 

ごそごそ…
…ぴっ

 

鞄からあの人と御揃いの携帯電話を取り出してメール受信画面を呼び出し…

 

受信メッセージ…0

 

液晶画面に表示された文字に、また音無しの溜息を
吐く。

 

アナタの姿を見ていたいの
アナタの声を聴いていたいの
アナタの温もりを感じていたいの

 

携帯電話のストラップにプリントされたあの人の名前を眺めながら、私を好きでいてくれるはずの男性(ヒト)の事を想っていると…

 

「メリークリスマ〜ス」

 

ぼうっとしている私にサンタクロースの恰好をした男の人が何やら宣伝ビラを差し出してきた。
ビックリしながら、反射的に受け取る私。
宣伝ビラは、いつも演劇部の衣装で御世話になっているブティックの物だった。

 

『クリスマスセール!生地・毛糸20〜30%引き!』

 

と大きく書かれた赤文字が、白い雪を被っている。

 

はぁ…

 

もう何回目だか判らない溜息を吐きながら、宣伝ビラを畳んでポケットに仕舞うと、私はもう一度サンタクロースの方を振向いた。

 

あなたが本当にプレゼントをくれるなら、時間と勇気が欲しいの
ほんの少しで良いから、あの人との時間を…そして正面から謝れる勇気をプレゼントして欲しいの

 

§

 

はぁ〜…

 

「澪ちゃん大丈夫?」

 

お昼休み
自分の席でお弁当を突付きながら溜息を吐くと、隣で小さいけれど凄く手が込んでいて美味しそうなお弁当をちょこちょこと食べていた『遠
藤こずえ』ちゃんが、眼鏡の隙間から上目遣いに私の顔を窺いながら心配げに訊いて来た。

 

うん…

 

「ウソツキね。全然元気が無いじゃない」

 

心配してくれるこずえちゃんに私が生返事を返すと、今度は後ろに座っている『二ノ宮朝姫(あき)』ちゃんがコロッケパンを手に、片眉を釣
り上げる。
こずえちゃんも朝姫ちゃんも入学以来の友達だ。

 

うん…

 

生返事ばかりを返す私に顔を見合わせる二人。

 

「どこか悪いの?保健室行く?」

 

ふるふるふる…

 

「こらッ!」

 

がしぃっ!

 

箸を止め、私の顔を覗き見ながら聞くこずえちゃんに首を振って答えると、突然、朝姫ちゃんが私の頭を脇に抱え込んだ。

 

「隠し事なんて、許さないわよ。吐きなさい!吐いて楽になりなさーいッ!!」

 

そして、そのままグイグイと首を締め付ける。
余りの苦しさに、手を振って暴れる私。

 

ぐぐぐぅ…
じたばた!じたばた!

 

「あ…朝姫(あき)ちゃん。可哀相だよ」
「いーえ!この娘、絶対何か隠してる!ほらッ!降参しろ!」

 

立ち上がり、おろおろと止めに入るこずえちゃんにそう言って、私の首を絞め続ける朝姫ちゃん。
本人は半分ふざけているつもりなのだろうけれど、やられてる私は本当に苦しい。

 

ぎりぎりぎりぃ…
じたばた!じたばた!

 

げ…限界なの〜
降参なの〜

 

ぐて〜

 

 

「……要するに、今年のクリスマスは澪だけ抜け駆けして、彼氏と一緒にあま〜い聖夜を過ごしたかったんだけど、その彼氏とケンカしち
ゃって、どうしたら良いか困っている。と…はぁ…何かと思ったら、唯の痴話ゲンカじゃない」

「ふふっ…羨ましいな」

 

とりあえず昼食を済ませてから理由を話すと、朝姫ちゃんは肩伸ばした黒髪を掻き揚げながら片眉を上げて呆れ、こずえちゃんは机に両
肘を突き、絡ませた指の上に顎を乗せて、私を羨ましそうに見つめた。

 

「んで?原因は?」
『あのね』

 

腕組みをして訊いて来る朝姫ちゃんに、一週間前の事を話す。
もちろん、こずえちゃんも隣で聞いている。

 

『お気に入りのセーター汚しちゃったの』
『だから、一生懸命洗ったの』
「もしかして、ボロボロにしちゃったとか?洗い過ぎて…」

 

うん…

 

片眉を上げて話の展開を言い当てた朝姫ちゃんに頷くと、彼女は大きな溜息を吐きながら『あちゃ〜』と顔を被った。

 

「折原さんは、それで怒っているのね」

 

一方、こずえちゃんは顎の下に右の人差し指を当てて、小首を傾げる。

 

『たぶん』
「案外、心の狭い奴ね。セーターの一着くらいで…」
「でも、朝姫ちゃん。物の価値なんて人それぞれだよ。何か理由があるのかも…」

 

不機嫌そうに口先を尖らせる朝姫ちゃんを、横から窘(たしな)めるこずえちゃん。
確かにその通りだと思う。
私もあのスケッチブックを汚されたら、例えあの人でも許さないかもしれない。

 

「ふ〜ん……あっ!それじゃあさ。それ以上に価値のある物をプレゼントするっていうのは?」
『?』

 

一方、こずえちゃんの話に簡単に納得した朝姫ちゃんは、今度は突然私に指を突きつけて、よく分らない事を言い出した。相変わらず行
動が唐突だ。

 

「ふふっ…朝姫ちゃん。それは、良いアイディアだね」

 

でも、勘の良いこずえちゃんには朝姫ちゃんの言いたい事が解るみたいだった。
私の話なのに、その私だけ意味が解からない。

 

「クリスマスプレゼントって事で渡して…」
「んで、そのまま謝っちゃう♪これで彼のハートは、澪に釘付け!…って、死語ねコレ。」

 

微笑みながら、胸の前で手を合わせて言うこずえちゃん。
私を指差したままウインクをした後、『へにょっ』と表情を崩して、こずえちゃんの後を続ける朝姫ちゃん。

 

ほへ?
きょろきょろ…

 

まだ意味が解からなくて、何だか盛り上がっている二人の顔を交互に見る私。
何だか不公平な気がする。

 

「そういう事だから、明日から特訓よ!」
『何を?』
「手編みのセーターだよ」

 

わたわた…

 

いきなり『特訓』だなんて言い出す朝姫ちゃんに首を傾げ、考えもしなかったこずえちゃんの言葉に、慌ててスケッチプックにペンを走らせる。

 

『ムリなの』
「ほら!やりもしないウチから諦めない!」
「大丈夫。一生懸命やれば…ね」

 

でも結局、二人がかりの説得には敵わなくて、私は作った事も無い手編みのセーターに挑戦する事になってしまった。

 

うにゅ〜

 

§

 

翌日から、放課後、休み時間と空き時間をフルに使っての『彼のハートをも熱くするセーター手編み大特訓(朝姫ちゃん命名)』が始まっ
た。
編むべき毛糸に絡め取られて身動きが取れなくなったりしながらも一生懸命頑張る私に、朝姫ちゃんとこずえちゃんは付きっ切りで教え、
励ましてくれた。
あの人と会えない時間は、ただひたすらそれに打ち込み、あの人への愛しさと切なさを毛糸に込めて、一回一回丁寧に編み込む。
あの人の為にやっているのだと思うと、逢えない寂しさを感じる事はなかった。
学校で教えてもらって、夜遅くまで頑張る。時には深夜に眠れなくて、スタンドの明かりでやる事も有った。
そして…

 

§

 

「やっぱり、澪ちゃんって努力家だね。短時間でここまで上達するなんて…」
『そんなことないの』

 

揃えた人差し指と中指で、眼鏡をずり上げながら努力の成果を褒めてくれるこずえちゃんに、私は少し照れながらスケッチブックを向ける。

 

「でも、これって長すぎない?3m以上有る様な…。自分で踏んでコケなきゃ良いけど…イタッ!」

 

一方、こずえちゃんとは違って酷い事を言う朝姫ちゃんをスケッチブックで叩くと、彼女はきゃあきゃあ言いながら、こずえちゃんの背中に隠れた。

 

む〜!
ずるいの

 

「ふふっ…じゃあ後は、綺麗に包装して渡すだけだね」

 

うん…

 

「大丈夫だぁって!コレ渡して、素直に謝れば」
「折原さんを…そして、今日まで頑張った澪ちゃん自身を信じて…ね」

 

あの人にこれを渡す事を考えて不安気な顔をする私を、こずえちゃんはプレゼントを綺麗に畳みながら笑顔で、朝姫ちゃんはこずえちゃ
んの背中から顔だけヒョコっと出して励ましてくれる。

 

うんッ!

 

迷惑ばかり掛けている私を最後まで励ましてくれる二人を見て、彼女達に感謝しつつ、この人達に逢えて本当に良かったと心から思っ
た。

 

§

 

ほへ?

 

家に帰ると、郵便受けに『上月 澪様』宛ての封筒が届いていた。
裏返すと、『折原 浩平』と書かれている。

 

あっ!
あの人からの手紙なの!

 

私は靴を脱ぐのももどかしく家に上がると、自分の部屋へと走って行った。

 

ゴンッ!

 

はうっ!

 

途中で何かに頭をぶつけたけれど、今はそれどころじゃない。
急いで机からペーパーナイフを取り出して手紙の封を切ると、中には良く見知った字で書かれたクリスマスカードが一つ入っていた。

 

あの人の字なの!
大好きなあの人の…

 

そこに書かれた一文字一文字をドキドキしながらじっと読む私。
でも、何故だか書いてある内容が理解できなくて、『これは、大好きなあの人が送ってくれた物』という事だけが頭の中をぐるぐる回ってい
る。
何度も何度も穴が空く程繰り返して読んでいると、やっと書いてある文章の意味が理解できた。

 

X'MASパーティーの招待
日時―─―12/24 午後17:00〜
(今回は時間がシビアなので、一時間前には出ること!)
場所──―商店街入り口(雨天決行)

若サンタ

 

§

 

十二月二十四日十六時三十分
私はカードに書いてあった通りの場所に立っていた。

 

「……」

 

赤いリボン
白のブラウスに赤のカーディガン。
その上に新しい白のコート
カーディガンと同じ色のスカート
寒いから少し厚手の白い膝上ソックス。
パーティーと書いてあったから、自分なりに精一杯のお洒落をして、胸にプレゼントを抱きながら、白地に赤のラインが入ったブーツで冷
たいコンクリートの地面をコツコツと叩く私。
落ち着かない気持ちを抱えたまま、昨日何度も練習した段取りを思い出す。

 

まずは、挨拶…
次にクリスマスパーティーに誘ってくれたお礼
そして、プレゼントを渡して…あとは、ひたすら謝るの
許してくれるまで…
一生懸命謝るの

 

「悪い遅れた…って、まだ十五分も有るな」

 

驚くほどいつも通りなあの人の声に振向くと、そこには紺のロングコートに黒の手袋を填めたあの人が立っていた。
その姿を見た途端、私の頭は真っ白になり、顔はカアッと熱くなって、自分でも不思議なくらい心臓がドキドキと早鐘を打ち始めた。

 

えとえと…

 

まずは、挨拶

 

『こんばんは』
「ん?どうした?顔が赤いぞ?」

 

震える手でスケッチブックを見せる私の額に、不思議そうな顔をして、あの人が手を伸ばす。

 

ふるふるふる…

 

『何でもないの』

 

自分の手から逃げる様に後ずさりする私を見て、手を引っ込めるあの人。
ちょっと、残念だった様な気もする…。

 

「そうか…じゃあ、行くぞ」

 

あ…
待ってッ!

 

少し納得いかなそうな顔をしながらも、歩き出そうとするあの人…

 

がばッ!

 

伝えるなら今しかない様な気がして、私は大好きな人の背中に勢い良く抱き着いた。

 

「ととっ…澪?!」

 

えとえと…

 

大丈夫だぁって!コレ渡して、素直に謝れば
折原さんを、そして、今日まで頑張った澪ちゃん自身を信じて…ね

 

たたらを踏んで振り返るあの人の顔を見て、また真っ白になった私の頭に親友の声が過(よ)ぎった。

 

「やっぱり、具合が悪いのか?」

 

心配そうな顔で私を見つめるあの人…

 

「……」
「今日は、止めとくか?」

 

ドキドキと早鐘を打つ胸を抑え…
からからに乾いた唇を噛み…
私は…

 

ばッ!

 

『ごめんなさい』

 

頭を下げて、破れるくらいの勢いでスケッチブックを開いた。
見開きいっぱいに使った文字…
私が伝えられる精一杯の『声』…

 

「澪…」
『本当は、セーターを返したかったけれど』
『作れなかったの』
『だから代わりなの』

 

理由を書いたページを捲り終え、脇に抱えていたプレゼントを差し出す。

 

「…お前…あの事、まだ気にして…」
『ごめんなさい』

 

戸惑いながらも、受け取ってくれるあの人
また深々と頭を下げる。

 

「…澪」

 

膝をついて、開いたスケッチブックの下から覗き込む様にして、私を見上げるあの人。

 

「ありがとう」

 

大好きな人の笑顔に胸の奥がどうしようもなく切なくなって、気付いた時にはあの人の首に腕を巻きつけ、抱き締めていた。
飛び込んで来た私を受け止めてくれるあの人。
私の体を少し強めに抱き返して、背中を撫でてくれる

 

「ゴメンな…俺の所為で、変な勘違いさせたみたいで…」

 

ふるふるふる…

 

「大事にするから…」

 

ぎゅぅ…

 

大好きな人の声が耳元でするのが涙が出るほど嬉しくて、私はあの人を抱き締める腕に一層力を込めた。

 

……

 

どれくらいそうしていただろう。
少し周りの視線が痛くなってきて、私達はどちらからとも無く体を離した。

 

「開けて良いか?」

 

そう訊いて来るあの人に、私は涙を拭いながら元気良く頷くと、開けられて行くプレゼントをじーっと見つめる。

 

しゅるるる…

 

何度も結び直したリボンが解かれ…

 

がさがさ…

 

たくさんの中から選び出して、一生懸命包んだ包装紙が剥され…
そして…

 

「へぇ…温かそうじゃないか」
『がんばったの』
「…相当がんばったみたいだな」

 

ズルズルとプレゼントを伸ばしながら、苦笑するあの人。
やっぱり、少し長すぎたみたい。
顔を赤く染めながら包装を受け取って俯く私。

 

「おっ…凄く温かいぞ!ほれ…」

 

あ…

 

そう言って、あの人は私の首にもプレゼントを…3m以上あるマフラーの三分の一程を巻いてくれた。
その結果、二人で一つのマフラーを巻いている事になる。
恥ずかしいけれど、それ以上に嬉しい。

 

「んじゃ、行くか。時間もヤバイからな」

 

うんッ!

 

元気良く頷くと、私はあの人の腕に飛びついた。

 

 

「スマン。まさか、セーターの事を気にしているとは思わなかった」
『でも、私が悪いの』

 

商店街をあの人と腕を組んで歩きながら、あの日の話をする。
あの日、あの人が怒ったのはお気に入りのセーターを汚されたからじゃなくて、クラスで嫌な事があったかららしい。

 

「ゴメンな。お前に当たって…駄目だな。知らない内に甘えていたみたいだ」

 

ふるふるふる…

 

『もういいの』
「まあ、その詫びというわけじゃないが、今夜はホテルのクリスマスパーティーに招待してやろう」

 

そう言って、私の頭に手を置くあの人。

 

ほへ?

 

『クリスマスパーティー?』
「あぁ…なんと商店街の福引きで当たった」

 

煌(きら)びやかなパーティーを想像しながら、自分が着ている服に目を落す。

 

「ドレスじゃないの」
「その点は心配するな。用意してある…っと着いた」

 

あ…ここ…

 

着いた所は、いつも演劇部の衣装でお世話になっているブティックだった。
その中へと、先に入って行こうとしていたあの人が、立ち止まる私に気付いてマフラーを外しながら振り返る。

 

「ん?どうした?」

 

ふるふるふる…

 

『そんなこと』
『高いの』
『似合わないの』
『悪いの』
『駄目なの』

 

慌てて断わりの言葉を書き連ねると、あの人は私からスケッチブックを取り上げて、大きな両手で優しく私の頬を撫でながら…

 

「文句は、後でまとめて聴く。今夜は俺だけのお前でいてくれ…」

 

と言った。
その瞬間、胸の奥がキュンッと締め付けられるような感覚がして、あの人の顔がまともに見れなくなってしまう。

 

うん…

 

あの人に聞こえそうなくらいドキドキする胸を抑えながら、私は小さく頷いた。

 

 

……

信じられないの

夢…みたい…なの

 

ブティックに入った私達を待っていたのは、すっかりドレスアップの準備を整えた顔なじみの店長さんだった。
店長さんは、あの人と二言・三言言葉を交わすと、私を奥へと引っ張って行く。
そこにあったのは、首周りにはバラが…袖の部分には白地に赤いラインの入ったリボンが…そして裾には白・桃・朱、三種のフリルが飾り付けられ、後ろの大きな結び目が特徴的な薄桃色のドレスと御揃いの手袋…
あの日私が羨望の眼差しで眺めていたドレスだった。
思ってみなかった展開にただ呆然としている私を、店長さんがニコニコしながら着飾らせてゆく。
着ていた服は、殆ど脱がされ…
体には、驚くほどしっくりとなじむ豪奢な薄桃色のドレスを…
髪には、花を象った緋色のラメ入りリボンの周囲に白く透き通ったヴェールを…
耳には、雫の形をした蒼い石のイアリングを…
胸には、銀のチェーンに紅く半透明な石の飾られたペンダントを…
足には、ドレスと同じ色のヒールを…
そして…

 

「う〜ん…やっぱり、御化粧もしておきましょう」

 

顔には、初めての御化粧を施してもらった。

 

「はい。出来上がりよ。どおかしら?」

初めての事ばかりで呆然としたまま、店長さんに鏡の前まで引っ張られて行くと、そこには一人の『お姫様』がいた。
全然『上月澪(わたし)』には見えないけれど、『上月澪(わたし)』がぎこちなく微笑むと、鑑の中の『お姫
様』も不安げに顔を綻ばせて、不器用な笑みを浮べる。
自分で自分を見違える程の変わり様だった。あの人に気付いて貰えるかさえ心配になってくる。

 

「さぁ、皇子様がお待ちよ」

 

そんな私の気持ちを知ってか知らずか、店長さんは私の手を引いて、あの人の待つ店内へと連れ戻した。

 

 

「……」
「……」

 

出てきた私を見るなり、あの人が目を見開き、動きを止めて言葉を失う。
そのまましばらく沈黙が続いた。

 

どんっ!

 

「ホラッ!最高に綺麗になった彼女が目の前にいるんだから、何とか言ってあげなさい。黙ってるのは彼氏失格よ!」

 

…と、その沈黙を破るように、店長さんがあの人の背中を叩いて叱る。

 

「えっ?ああ…」

 

店長さんに叩かれたあの人は、我に返ると、私の姿を頭から足の先まで見て、頭を掻きながら口を開いた。

 

「え…っと…スマン。月並みな言葉しか出てこない。…綺麗だ。澪」
「……」

 

あの人にまっすぐ正面から褒められて、顔がカァッと熱くなるのを感じる。

 

「じゃあ、行くか…」
「行ってらっしゃいませー」

 

ブティックの入り口で、店長さんに見送られてタクシーに乗る。
もちろん外は寒いから、着てきた白いコートをドレスの上に羽織り、そして再びあの人と同じマフラーを巻いた。

 

 

窓の外を流れる夜の街…
パーティー会場に向うタクシーの中、あの人の腕を抱いて、外を眺める。

 

いっぱい訊きたい事は有るけれど、今夜は忘れるの
でも、一つだけあなたに伝えたい気持ち。
それは…

 

はぁーっ…
きゅっきゅっ…
くいくい…

 

「何だ?」

 

袖を引っ張って窓を指差すと、あの人が窓に書かれた文字を読もうとして、私の前に身を乗り出す。
その横顔に薄桃色の絹手袋に包まれた手を添えて、私はあの人の頬に口付けをした。

 

「……」
「……」

 

暫らくどちらも動かずに、やがて私が唇を放すと、あの人はそっぽを向く。

 

怒った?

ううん…恥ずかしがってるの

 

キスをした頬を人差し指で掻く後ろ姿に、、あの人が恥ずかしがっているのを確認して、私が文字を消そうと窓の方をむくと…

 

あ…

 

十二月二十四日
まだ職場で仕事を抱えてる人…
もう自宅でケーキを囲んでいる人…
そして、愛しい人の隣で幸せをかみ締めている人…
聖夜を過ごす全ての人達にこの曲を贈ります
『HAPPY CHRISTMAS』

 

 

I LOVE YOU
(だいすきなの)

ME TOO
(あぁ、ずっと一緒だ)

 

Happy Christmas FIN


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