どこまでも続く青い空に白い雲が浮かんでいる。

陽光を照り返す白い家の壁。

夏風に揺れる緑の街路樹。

視線を上げれば遠くに列をなす山々が見える。

見慣れたいつもの道。

妬けたアスファルト。

その真中に薄汚れた黒い羽根が落ちている。

それを拾うと、僕はまた歩き出した。

 

陽の音―

雲の音―

空の音。

どこまでも―

どこまでも続いてゆく青い大気の中で、空の果てを目指す。

痛む全身―

途切れかける意識―

それでも両翼は羽ばたき続ける。

――あそこだ

あの雲を突き抜ければ―

それは直感だった。

 

 

…きぃーこ

…ぎぃーこ

小さな公園で子供が遊んでいる。

…きぃーこ

…ぎぃーこ

満面の笑顔を浮かべて遊んでいる。

…きぃーこ

…ぎぃーこ

とても楽しそうに、青いペンキの剥げたブランコで遊んでいる。

 

それは私の我が侭――

だから手を伸ばせない。

それは哀しみの始まり――

だから触れられない。

それは新たな一歩――

だから失わない。

―ともだち。

ともだちがほしい

 

 

廃線された駅前

少女が一人、ベンチに座ってシャボン玉遊びをしている。

その隣りの自販機で缶コーヒーを買うと、生温い缶紅茶が出てきた。

もちろんボタンは押し間違っていない。

だけど…

そんな事に腹を立てるくらいなら、僕は最初から缶紅茶が飲みたかったのだと思う事にする。

そのほうが幸せだった。

 

朝ごはんがおいしい

昼ごはんもおいしい

だから、夕ごはんもおいしい…と思う。

誰かと一緒に

とりわけ、大好きな人と食べるごはんはおいしい…と思う。

うん。

おいしい。

 

 

海沿いの学校前

開放された校門から、緑の多い校内を覗き込む。

白く四角いコンクリートの校舎

先を争う様にヒマワリが伸びる花壇。

鉄柵とコンクリートの動物小屋。

その小屋の前に一人の少女が座りこんで、足もとの雑草を引き千切っては、フェンス越しに中の白ウサギに与えていた。

 

いま三つの魔法が使えたら

一つ目は…

ナイショ

二つ目は…

空が飛びたい。

ぴゅーっと飛んで、遠くにいるあの人にあいたい。

だけどもう、飛べなくて良いや。

だから二つ目は保留。

三つ目は…

ずっとこの夢が覚めませんように…

 

 

どさっ

だだだだだっ

突然、坂の横に作られた石垣から少女が飛び降りてきた。

地面に落ちると、首を傾げながら坂を駆け上がる。

…どさっ

だだだだだっ

そして再び少女は僕の前に降ってきて、また坂を駆け上がる。

危ない遊び。

だけど、放っておく。

…どさっ

だだだだだっ

 

ずっとずっと― 見上げてた―

ひろいひろい― 夏の空―

たかくたかく― どこまでも―

とおいとおい― 丘の向こう―

あおいあおい― 風の中―

つよくつよく― 願い抱き―

きっときっと― 辿り着く―

──―とびたい。

 

 

夕焼け色の風が吹き始めた商店街

藤の籠を腕にかけ、夕飯を買い求める主婦。

ただ一心不乱に、本屋の店先で立ち読みに耽る学生。

濡れた水着の入ったバッグを放り出して、道端に落書きをする子供達。

港町らしい大きめの魚屋の前を通ると、お客の女性が綺麗な魚を買い求めて嬉しそうにしていた。

だけど、僕にはあまり美味しそうには見えなかった。

 

ウチは何でも出来る。

ウチは何でも知ってる。

ウチは何でも持って来れる。

ウチは何でも耐えれる。

ウチは何でもしてやれる。

だって…

ウチにはごっつ可愛い子がおるんやもん。

 

 

少し進むと小さな診療所。

そのガラス戸を開きっぱなしにして、白衣の女医がじっと学校の方を見つめていた。

だが暫くすると、何かを思い出した様に建物の中へと姿を消す。

ここからは聞こえなかったが、電話でも鳴ったのだろう。

ふと学校へと続く道を振り返る。

灼けたアスファルトに逃げ水が見えた。

 

あの子が望む事を何でも叶えてあげる

それが行動原理。

あの子が笑顔を浮かべる

それが存在価値。

あの子が良い一日を過ごす

それが評価基準。

鏡を覗けば…少し疲れた表情。

 

 

商店街を抜けると、一組の母娘がいた。

両手いっぱいに紙袋を持った女性と、小さな体で米袋をよいしょよいしょと抱える女の子。

時折、心配顔で振りかえる女性に、遅れ気味の女の子が汗いっぱいの笑顔を返す。

ただ…

幸せそうだった。

 

いるひと

いないひと

いてはいけないひと

いないといけないひと

いることのできないひと

いることをのぞんだひと

いることをのぞまれたひと

だから―

―ね…

いまだけは、ばいばい。

 

 

潮騒

目の前に広がる夕映え

遥か水平線に見える赤く染まった雲

その上にぼんやりと見える月。

堤防から夕焼け色の砂浜に下り、寄せては返す白い波打ち際まで歩いて行く。

さあいこう―

僕が付いて行ける所まで―

砂で出来たお城が―

波ニ攫ワレタ。

 

――あそこだ

あの雲を突き抜ければ―

それは直感だった。


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