幸運の朝

 

 

あ…朝〜朝だよ〜。えと…朝ご飯食べて学校行くよ〜』

 

男にしては珍しく整頓された部屋に、少女の幾分緊張した声が響く。
その声に部屋の主である少年が目を覚まして、枕元に置かれた声の発生源を手に取った。

 

あ…朝〜朝だよ〜』

「そうだな…朝だ」

えと…朝ご飯食べて学校行くよ〜』

「朝飯…今日は、食べれると良いな」

 

カチッ!

 

薄暗い部屋に流れる従妹の声に一通り返事をすると、少年はその頭に付いているボタンを押して、従妹にメッセージを入れてもらった彼女と御揃いの白い目覚まし時計を止めた。
そして、欠伸を噛み殺しながらカーテンを開き、ベランダへのサッシを開ける。

 

シャッ!

カラカラカラ…

 

「ふぅ…」

 

今日は快晴。
正面の少し上から射し込む朝の太陽が眩しいらしく、少年は目の上に手を翳して日光を遮る。
そして、朝の新鮮な空気を胸いっぱい吸い込み、まだ冷たい空気の中に桜の香りを見付けた。

 

「…今日は和食か?」

 

ついでに、一階から味噌汁の香りも流れて来たらしい。
その香りから、朝起きたら美味しい朝食が出来ていると言う事の有り難さを、少年はひしひしと感じた。
そして、そんな日常がどんなに貴重で、いつ壊れるか分からないほど脆い存在である事も…

 

「……」

 

少年…いや、この家を襲った一つの悲劇と、訪れた一つの奇跡…
今となっては、まるで夢の様に現実味の無い過去。
しかし、それは確固たる存在としてこの家に在る…
叔母の身体に残った傷痕として…

 

「…着替えるか」

 

そう呟くと、軽く伸びをしながら少年はクロゼットに向った。

 

「…さて」

 

寝間着を脱ぎ、すっかり体に馴染んだ制服を着ながら枕元の目覚まし時計で時間を確認する。

七時三十二分…

のんびりしていた割には、結構時間が余っている。
とはいえ、以前の様に寝坊が多くなった従妹を起こす為にどれほど時間を要するか判らない以上、油断は出来なかった。

 

「宿題のプリントと…ノートと…」

 

真面目な従妹とは違い、必要最低限な物以外は持ち帰らない所為で殆どカラッポな鞄に、プリントとそれをやる為に持ち帰ったノートを適当に放り込むと、少年はコートを手に取って、自室を後にする。

 

「早起きが身に付いたかと思えば、一週間と持たなかったもんな…」

 

従妹の部屋の前でそうぼやくと、少年は一つ溜息を吐いて、大きく息を吸い込んだ。
そして右腕を振り上げると…

 

ドンドンドンッ!

 

「名雪ー!起きろー!」

「ひゃっ!」

 

それは、桜舞う春の街に流れる、儚く脆い幸せのひととき…

そして、季節は巡る…


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