風邪を引いたら…

 

 

……暇だ。

 

ベットに体を横たえたまま天井を見上げる。
元気な時は風邪でも引いて学校を休みたい思うのに、いざ病気になってみるとあの賑やかさが恋しくなるのは何故だろう?
まあ、共働きの両親が夜遅く間で帰って来ずに独りで家に居た頃に比べれば、秋子さんや名雪に看病してもらえる分、格段に快適と言える。
だが、やはり部屋で寝ているだけというのは暇である。

 

ごろごろ…ご〜ろごろ…

 

暇潰しにベットの中で転がってみるが、全然暇が潰れない。

 

……

と言うか、節々が痛い。

 

「…はぁ」

 

寝ようと目を閉じてもコチコチという時計の音が耳障りで、益々目が冴えるばかりだ。
万年眠そうにしている名雪が羨ましく思える。

 

どたどたどたっ!

 

「ぐわっ!」

 

突然聞こえてきた足音が頭の奥に響いて、その鈍痛に両手で頭を抱える。
唯でさえ頭の中が『がんがん』するというのに、真琴のヤツがドタドタと足音を立てて走るモンだから、耳元でシンバルでも鳴らされてるみたいに『ぐわんぐわん』する。

 

「ぐぅぅぅぅ・・・オレ病人なんだから、もうちょっと静かにしてくれ…」

 

どんどんどん…どだんっ!

 

「ぬぐわっ!」

 

俺の願いも空しく、今度は階段を飛び降りやがった。
その振動と音が激痛となって俺を襲う。

 

元気になったら、絶対に仕返ししてやる…。

 

 

 

「あぅ〜…」

 

ばたばたばたっ!

 

焦る気持ちを抑えながら冷蔵庫を漁る真琴、自分でも「何やってるんだろう?」と思う。
いつも意地悪な裕一…別にアイツが風邪で寝込んでいても、真琴にはどうでも良いはずなんだ。
でも、胸から湧き上がってくる気持ちはとても強くて、じっとしていられなくて…

 

がさごそがさごそ…

 

「うーっ、冷たいもの、冷たいもの・・・。あ!」

 

ぱたん

 

真琴はとりあえず冷蔵庫から『つめたいもの』を探し出して、再び階段を駆け上がった。
とりあえず熱が下がれば、少しは楽になるんだと思う。

 

だんだんだんっ…

ぱたぱたぱた…

きぃ…

 

扉をそっと開けると、ベットの上で裕一が眠っていた。
おかげで、見つかって追い出される事もなさそう。
早速、少し苦しそうな顔をしている裕一のオデコに『つめたいもの』を乗せてあげる事にする。

 

ぴりり…ぺちょ。

 

そして『それ』が入っていた袋をベッド近くのゴミ箱に捨てると、裕一が起きない内に部屋を後にしようと、ドアへと向おうとして…

 

「…んん〜」

「ッ!?」

 

後ろから聞えてきた裕一の声に驚いて、真琴は体をびくりと震わせた。
振向くと、裕一が眉に皺を寄せて何だか苦しそうにしている。
その顔を見て、さっき治まったばかりの胸のざわめきがまたぶり返してきた。

 

どうしよう?

裕一、苦しそう

…どうしよう?

 

はやる気持ちを抑えながら、真琴はまた一階へと下りて行く。

 

ばたんっ!

 

 

 

「……」

 

眠れないと思っていたが、何時の間にか眠っていたらしい。
そう言えば、『眠ろうと意識するほど眠れなくなる』という話を聞いた事が有る。
多分、他の事に意識が向いている内に、眠ってしまったのだろう。

 

しかし…

 

「……頭が冷たい」

 

と言うか『痛い』。
『痛み』の原因を探ろうと、俺は目を開け、まだ気だるさの残る体を起こそうとする。

 

…ぽとっ!

 

すると、額から何かが滑り落ちた。
それと左手で摘み上げながら、右手で後頭部を探る。

 

「…コンニャクと氷?」

 

左手で摘み上げたのは、見た目も感触もそのまんまな『コンニャク』…
そして、右手で触れた自分の後頭部は氷の様に冷たかった。
混乱と当惑の中、次第に意識がハッキリして来て…

 

「ぐぁぁぁ!後頭部が氷だぁぁ!血が凍るぅぅぅっっ!」

 

頭を抱えながら俺はベッドの上を転げ回った。

 

…ぶぢゅ…べぢょ

 

すると今度は、冷たい何かに顔を突っ込んで、ぶちぶちと潰した。
顔がべちょべちょになる感触がする。
はっきり言って、かなり気持ち悪い。

 

「一体、何なんだ〜」

 

もう何が何やら解からないまま俺はベッドを転げ落ちて、何やら障害物の多い床を這って行き、手探りで電灯を点けた。
そこにあったのは…

 

「…何なんだ…この状況は?」

 

ベッドを囲むように置かれたマンガの山…
ベッドの上には、潰れた肉まんやミカンに俺が投げ出したコンニャク…
更に枕はタオルも巻いていないアイスノンがそのまま置かれていた。

 

「…こんな事するヤツは一人しかいないか…」

 

俺は肉まんの肉やらミカンの汁やらが付いた顔をとりあえずティッシュで拭くと、紺色をした俺用のどてらを羽織って、悪戯の張本人を問い詰める為に廊下に出る。
今度という今度は、アイツを許す気になれなかった。

 

「ったく!人が病気の時ぐら……へ?」

「…すー」

 

しかし、廊下に出た俺を待っていたのは、アイツ…真琴本人だった。
小さな体を更に縮こまらせ毛布に包まったまま、壁に凭れ掛って安らかな寝息を立てている。
そして、その傍らには、体温計やポット…薬などが乗せられた盆が置かれていた。

 

「…すー」

 

本当は心配なくせに子供っぽい意地を張って、こんな所にいる。
そんな真琴の姿を見て、俺は先程までの怒りが一気に冷めてゆくのを感じた。

 

「看病する奴が、風邪引いたらどうするんだよ…ばか」

「…あぅ〜」

 

そう言って俺が軽く頭を小突くと、真琴が眠りながら非難の声を上げる。
その様子に苦笑しながら、俺は真琴を暖房の効いた自分の部屋まで引っ張って行った。

 

世話の掛かる介護人だ…

 

 

 

「あら?祐一さん、もう起きても平気なんですか?」

 

翌朝、食堂に降りてきた俺を秋子さんが柔和な笑顔で迎えてくれた。
やはり、朝の挨拶に返事が有るというのは良い。

 

「ええ、もうすっかり。・・・すみませんご心配をおかけして。」

「ふふふ、それは名雪と真琴に言ってあげて。」

「あ、はい。」

 

俺の為に雑炊を用意してくれる秋子さんと話をしながら席に着く。
風邪を引いても自分の食事は用意しなければならなかった実家に比べると、座っているだけで美味しい朝飯が出てくるのだから格段の差だ。
もっとも、ウチは両親共に忙しく、その給料でこうやって育ててもらっているわけだから、文句を言える立場ではないくらいは解かっている。

 

「あれ、祐一もう起きても大丈夫なんだ。」

「あ…」

「おう、さすがに丸一日寝てたら治った。」

 

暫らくすると、制服を着た名雪と、昨晩の盆を持った真琴(眠っている間に部屋に戻ったらしい)が居間に姿を現した。
雑炊に海苔をぱらぱらとかけながら返事をする俺。

 

「よかった。昨日の分のノートあとで見せてあげるね。」

「悪い、助かる。・・・っと、それと・・・、真琴。」

「うー…なによぉ?」

 

元気そうな俺の姿を見て笑顔を浮べながら近寄ってくる名雪とは対照的に、真琴は俺に見つからない様に視界の隅から、コソ〜ッと二階に上がろうとしている。
その背中に声を掛けると、真琴は警戒するように眉を下げ上目遣いに俺を見上げた。

 

「ありがとうな」

「えっ?…な、なんのこと?」

 

そんな真琴に俺が真っ正面から礼を言うと、少し頬を染めて賢明に惚けようとする。
解かり易いヤツだ。

 

「おかげで、早く良くなった」

「あ、真琴が祐一の看病してあげたんだぁ」

 

俺達の顔を見比べながら嬉しそうに微笑む名雪。
一方、真琴は益々顔を真っ赤に染めて落ち着き無さそうにすると…

 

「あれは…真琴の部屋と間違っただけよっ!」

「?」

 

顔を真っ赤にして両腕を上下に振りながら、そう捲くし立てて、ドタドタと二階に駆け上がっていった。

 

あんなもん自分の部屋に持って行ってどうするんだか…

 

終わり

原案・『La omelette&パンドラの虜の掲示板』及び『Delivery's HOMEPAGE』より


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