マチビトキタラズ

総集編

 

 

「ふぁ〜、いい天気だね」

温かい陽光の降り注ぐ公園で、散った桜の花びらを踏みしめて歩きながら、アクビ混じりに詩子が言った。

「…もうすぐ春ですから」

若葉の間から射す日の光を眩しく思いながら、踏まれた花びらでマダラになった道を詩子と一緒に歩く。

「そうだよね、もうすぐあたしたちも卒業だし」

そう…もうすぐ卒業…

アイツとの絆がまた一つ無くなる。

「はい…」

「これでまた新しい学校だね」

私を元気付けようと、詩子は明るい話題を振ったつもりだったのだろうけど、私にとって、その言葉は痛かった。

「…はい」

「クラスの人たちを別れるのは寂しいけど…」

私は…あまり寂しくない…

アイツがいない事に比べれば…

「でも、また何処かで合えるから良いよね」

「……」

そう、卒業してもまた会える…

アイツとは違って、この世界にいる限り…

「そうだ、瑞佳さんとか澪ちゃんとか元気にしてる?」

「はい…」

長森さんも澪も、元気に過ごしている…

アイツの事を知らないのを除いて…

以前と変わらず…

「よかった…。最近会ってなかったからね」

「みんな寂しがってました」

今日、詩子が来たのも三ヶ月ぶりくらいになる。

アイツがいた頃に、よく学校を抜け出していたツケが回って来たのだろう。

「嘘でもそう言ってくれると嬉しいなぁ」

「…本当です」

嬉しそうに言う詩子に私は本当の事を伝えた。

「ありがとう」

三ヶ月ぶりに現われた詩子を、長森さんも澪も、七瀬さんでさえ覚えていた。

でも、アイツは一瞬で忘れられた…

「そう言えば、瑞佳さんとは三年に上がってもまた同じクラスだったんだよね」

「…私の学校は三年にあがるときにクラス替えないから」

そう、だから長森さんとも一緒だった。

詩子と同じように、幼なじみを忘れたあの人とも…

「ないの?」

詩子がこちらを向いて、不思議そうに訊ねてくる。

「…ないです」

「そっか、なんか変な学校ね」

有っても無くても私には関係なかった…

アイツとは一緒になれないのだから…

「…そう?」

「だって、新しい人がいたほうが絶対に面白いよ」

「…はい」

詩子らしい意見に、私は少し微笑みながら答えた。

「…でもさぁ」

ベンチの前まで来ると、腰掛けながら詩子は眉をひそめた。

「クラス替えが無いって事は…またアイツと同じクラスだったの?」

「……え」

いま…なんて…

…忘れたはずの名前…

「そういえばさ、ずいぶん長いことアイツの顔見てないよね」

「…アイツ…」

…出るはずのない言葉…

しいこ…

おもいだした…

「そう。賑やかで、自分勝手で…」

「……」

ゆめじゃない…

「いつも顔合わせたら私に文句ばっかり言ってたけど…」

…一緒にいたい人…

きずなが…きおくが、もどってゆく…

「…いないと…寂しい…?」

出した私の声が微かに震えている。

…本当に好きな人…

「ううん、わたしは全然寂しくない」

笑顔で嘘を言う詩子…

……

わたしは…

「…私は…」

声が震えて、涙が浮かぶ…

「…私は…寂しいです」

「…茜…?」

そう言って涙を流す私を、詩子が驚いた顔で見つめる。

「……」

諦らめないで良かった…

「…茜、泣いてるの…?」

「…はい」

「ど、どうしたの?」

心配した詩子が、私の顔を覗き込む。

アイツが居るのが『当たり前』に戻った詩子には分からない…

何故、私が泣いているのか…

「…嬉しいから」

待っていて良かった…

「…約束守ってくれたから」

忘れないで…本当に良かった…

「…帰ってきてくれたから」

もう、私は溢れ出す涙を止める事は出来なかった。

「ああっ!」

詩子が私の後ろを指しながら、驚いた声を上げる。

「やっぱりねぇ」

呆れたような…でも、何処か嬉しそうな顔で詩子が言う。

「アイツは噂をすれば現われるようなタイプだと思ってたのよ」

振り返ると、そこにはアイツが立っていた。

そして、ばつが悪そうに照れ笑いを浮かべながら、私に言ってくれた。

「ただいま」

って…。

だから私も精一杯の笑顔で…。

お帰りなさい……

 

End of a Eternaly

 

 

 

 

ざーーー……

「茜…まだ待ってるんだ…」

「…はい」

「その人が好きなんだね」

「…はい」

「あの…さ…その人も茜の事が好きなのかな?」

「……」

「茜?」

「…愛していると言ってくれました」

ぽろぽろぽろ

「…ずっと、側に居てくれると言ってくれました」

「うそつきだね」

「…はい」

「でも、好きなんです」

「どうしようもなく」

「…詩子」

「何?」

「…ありがとう」

「…良いのよ。茜の気が済むまでやってみたら」

「……」

「じゃあ、また明日学校でね」

 

 

「里村さんっ!」

「…はい」

「一年の頃から好きでした。付き合って下さい」

「…嫌です」

「ぐあ〜ん」

ぽろぽろぽろ…

「あーっ!!南が里村を泣かせたーっ!」

「なっ何故なんだー!!!俺は無実だー!!」

「…待っている人がいるから、駄目です」

 

 

SHRが終わってしばらくすると、詩子が来た。

「茜ッ、一緒に帰ろ」

「…アンタ、また来たの…」

ニッコリと笑って私を誘う詩子に、近くにいた七瀬さんが呆れた顔をする。

「幼なじみに会いに来ちゃいけないの?」

「いけなくはないけど…」

七瀬さんが口篭もる。

多分、受験の方はほっといて良いのかと言いたいのだと思う。

もっとも、詩子は去年の内に推薦を受けて合格したらしい・・・

「じゃあ、いいじゃない」

「ハァ…私が悪かったわ…」

七瀬さんは、肩を落とすと酷く疲れた顔をして帰って行った。

半年前に詩子が私の学校に来ていた頃も、何度かこんな光景繰り返されていた。

「七瀬さん、どうして私に突っかかるのかな?」

「…分かりません」

卒業しても、二人が理解し合うのは無理だと思う。

「まいっか。じゃあ、茜、一緒に帰ろ」

「…はい」

この頃は、受験の為に学校が自主登校を許可しているので、詩子は自分の学校が終わった後、わざわざ私を迎えに来たらしい。

詩子なりに私を心配してくれているのだと思う。

「今日は公園に寄ってこ」

近頃詩子は、私にアイツの事を忘れさせようとするようになった。

……

詩子は悪くない…

だけど、私はアイツの事を忘れられない…

多分…

「茜は、振られたんだよ」

と言われても…

 

 

 

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