この緑の丘に滲む少女の涙は冷たくて

 

 

 

さんさんと降り注ぐ日の光に照らされた緑の草海…

青く澄み渡った空に浮ぶ綿雲…

囀りながら弧を描いて飛ぶ小鳥達…

遥か彼方に連なって構える山々…

その間を縫うように此方へと広がる街…

 

「……」

 

そして、その光景の中心にいる者の姿に、少年は目を疑った。

『何故?』と問えば、「有り得ないから…」と答えるだろう。

『嫌か?』と問えば、「むしろ嬉しい…」と答えるだろう。

 

「うそ…だろ…」

 

腰まである長い髪…

傷一つ無い白い背中…

腕の中に収まりそうな程に小さな躰…

少年の目の前で、眼下に広がる町並みを眺めている者は…

 

「真琴ッ!」

 

あの日、少年の腕の中で溶けるように消えて行った少女の姿をしていた。

 

「あぅ…」

「真琴ッ!真琴ッ!」

 

少年が腕の中にすっぽりと収まる少女の躰を、その背中から思いっきり抱きしめる。

春の香りがする髪に顔を埋める。

そして、ただひたすら少女の名を呼ぶ。

 

「ま…こと?」

「ああ、そうだ。お前は真琴だ」

「うん…」

 

おそらく記憶が、消えた時と同じ程しか残っていないのだろう。

少女は少年の腕に抱かれたまま、不思議そうに首を傾げる。

しかし、少年にとってそれは、さほど重大な事ではなかった。

記憶など、これから作っていけば良いことなのだ。

それに覚えていない分は、教えてやれば良い。

少年は…いや少年達家族は、その為に少女を待っていたのだから…。

 

「さあ、帰ろう真琴。秋子さんも…名雪も…天野だって待ってる」

「あぅ…」

 

一糸纏わぬ姿の少女に、少年は自分の上着をかけてやると、その細く小さな肩を抱き、我家へ…

家族の住む場所へと、帰り道を歩き出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

少年と少女が去った丘。

一見すると判り辛い少し窪んだ場所。

そこに一つ、小さな狐の躯が横たわっている。

かつて少年に『真琴』と呼ばれ、愛された存在が…

その命の灯火を失い、生まれた場所の土に還ろうとしていた。


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