夏の空を見上げる貴方の心は果てなくて…

 

 

鈍色の雲の浮かぶ夜空に銀の輪を描く月。

満天の星空。

サワサワと乾いた夜風に揺れる木の葉。

ススキの穂。

湿った草と土の香りを含んだ空気。

ひんやりとした風。

 

ジーーーーーーーーーーー

コロコロ…

ーンリーンリーン…

 

夏の虫が音を奏でる木々の間を、二つの影が連れ立って歩いている。

ひとりは陽炎。

ひとりは陰密。

「うわあ、すごおい」

「そうね。きれい…」

その小さな身体とほぼ同じほどの長髪を藤色のリボンで頭の左右に結った少女が、星空を抱えるように両腕を広げて、もう何十回目かになる感嘆の声をあげる。

それに対して、もう一人…こちらは背中まである黒髪の女性が、肩に掛かる鬢鴉を掻き揚げながら、また何十回目かの返事を静かに返した。

てくてく…

かこかこ…

少し泥汚れの付いたスニーカーと、白く底の厚いサンダルの足音が陰々に流れ、草の隙間に消えてゆく。

「ねーねー。美凪ぃ」

「なに?」

「あのヘンテコなの、なに?」

暫く星空を眺めていた少女が、突然、前を歩く女性の横に並ぶと、その白いワンピースの裾をくいくい引っ張り、北の空を指差して、そう訊ねる。

問われた女性は一旦足を止めると、少女が指差す方角に目を向け、そこに浮かぶ星々の配置を頭の中の天球儀と照らし合わせた。そして、小さな溜息と共に答えを口にする。

「カシオペア座…ずっと前に教えたと思う…」

「あはは…ゴメン」

悪びれず頭を掻きながら謝る少女を横目で見ながら、彼女はそのまま夜空に指を走らせ、軽く講釈を始めた。

「北極星を挟んで反対側が大熊座…」

「それは覚えてる。たしか、北極星は中心で動かないんだっけ?」

「そう…太陽も含めてすべての星々は…見かけ上…北極星を中心にした回転運動をしているの…だけど、それは…北極星が、たまたま地軸の北の延長線上にあるから…そうみえるだけ…でも星空の中で、北極星さえ捜しだせれば…正確な方位と自分のいる場所の緯度がわかるから…昔から船乗りたちにとってはとてもありがたい存在だったの…大海原の真中にいて自分の位置がわかるから…」

「へぇー…」

日頃より格段に饒舌になった女性の話に、ただひたすら感心する少女。

その視線の先では、少女と同色のリボンが揺れる髪を押さえた女性が、「わかった?」と首を傾げ、少女以外にはめったに見せない微笑みを浮かべていた。

「うん。もう忘れない」

「本当に?」

「…たぶん」

そう言って笑い合いながら、また歩き出すふたり。

再び虫の音と二人が歩く音だけが、木々の間に流れる。

 

ジ…

コロコ…

ーンリ....

 

がさがさがさっ!

と、その刹那、虫達の声が止み、横の茂みが音を立てて揺れた。

「わわわっ!」

「……」

とっさに、その場から離れて、お互いを庇い合うように寄り添う二人。

真夏の夜の森、特にこの辺りならば、人よりは野生動物の可能性の方が大きいだろう。しかも、それが自分達に害を与えないと言う保証は無い。

ふたりの背中に冷たいものが流れる。

「うぅーっ!美凪はみちるが守るんだからッ!」

女性を守るように両腕を広げて、ガサガサ揺れる茂みに向かって叫ぶ少女。

しかし、頼もしいその言葉とは裏腹に、彼女の腰はかなり引けている。

「……」

一方、『守る』と言われた女性は、少女の肩に手を置きつつ揺れる茂みを鋭い眼で見て、冷静にそれの出方を観察していた。

がさがさがさ…

がさがさ…

ばっ!

「わぁぁぁっ!」

「……」

茂みから飛び出してきたそれに驚き、女性へと飛び付く少女。

飛び付いて来た少女を抱きとめながら、飛び出してきたそれに目を凝らす女性。

…ぽてっ

ぷるぷるぷる!

ふたりの前で茂みから飛び出し地面に落ちた白く丸いそれは、そのふわふわとした表面に付いた土やら木の葉やらを振り落とすと、ふたりへと近づいて来た。

暗がりで良く分からないが、とりあえず人間では無いらしい。

そしてそれは、目の前の二人を見上げると…

「ぴこ」

と、一声鳴いた…

いや、吠えた。

一応…

「……」

「…」

「ぴこ?」

瞳をまん丸に開いた少女。

珍しく口をポカンと開けた女性。

ふたりの目の前で、その『犬』が器用に首を傾げる。

「ポテト…」

「ポテトーっ!驚かせるじゃなーい!」

女性の腕から、『だだだっ』と飛び出して、ポテトと呼ばれたそれの頭をポカリと叩く少女。

「ぴこっ!ぴこぴこー!」

今度は叩かれたそれが女性の方へと逃げ、少女がそれを追いかける。

いつの間にかずり落ちていたベージュの下着の肩紐を直しながら、ふぅと胸を撫で下ろす女性を中心に、暫くの間、少女はそれを騒々しく追いかけ回していた。

 

ジーーーーーーーーーーー

コロコロ…

ーンリーンリーン....

 

「もう!だいたい、何でポテトがこんな所にいるんだよ?」

「ぴこぴこ」

一通り追い掛けっこをした後、少女が腰に手を当ててそれを見下ろしながら訊ねると、それは、踏み固められた土の上で回ったり前足を振ったりといったジェスチュアを交え、説明を始めた。

「へ?」

「ぴこ。ぴこぴこ!」

「おおぉぉぉーー!」

「ぴこぴこ♪」

「ほうほう。それで?」

それの説明に、ややオーバーアクション気味の反応をする少女。

なおも少女に説明を続けるそれ。

見た目には会話が成立している様に見えない事も無い。

「…わかるの?」

「ぜーんぜん!」

「ぴこ〜」

しかし、傍らでその様子を見ていた女性が尋ねると、少女は得意げに胸を張り、満面の笑顔と共にそう答えた。

懸命な努力が無駄になったことを知り、横倒しにコロンとこけるそれ。

「ポテト…」

「ぴこ?」

予想通りな少女の返答に女性がふぅと息を吐き、それを呼ぶと、道に転がったままのそれが、そのワタアメの様な耳をぴょこんと持ち上げた。

「霧島先生は、一緒じゃないの?」

「ぴこぴこ」

そして、起き上がりながら、ぷるぷると首を横に振る。

「じゃあ、何でこんなとこいるの?」

「ぴこぴこ。ぴこ?」

少女の再びの質問に、二人を交互に見て、また器用に首を傾げるそれ。

おそらく、二人こそ何をしているのだと訊いているのだろう。

「私とみちる?星を見に…あなたも一緒に見る?」

「ぴこ!ぴこぴこ」

女性の誘いを受けて、それは嬉しそうにぴょんっと跳ねると、首を何度も縦に振った。

「…いこ」

「ポテト!ポテト!『ほっきょくせー』はねぇ…」

「ぴこぴこ」

先導を切って歩き、先ほど教えた事を得意げに語る少女。

尾をひょこひょこ振りながら、少女の後を追い掛けるそれ

彼女達の後ろを歩く女性が、再び上空へと視線を戻すと、先程から少しだけ配置の変わった星空が雲の隙間から覗いていた。

その満天の星空を映す彼女の瞳に、微かな憂い…

そして、愛しさが浮かぶ…

「いつまで…続くの?」

 

§

ぽこぴこぽこ…

ぼこぼこ…

べこべこべこ…

一緒に乗っている西瓜の一つを食べながら、周りの西瓜を一つずつ叩いて選ぶ。

早朝、まだ暗い山道を走る軽トラックの荷台。おそらく何処かへ、こいつらを売りに行くのだろう。

だが、どうせ手掛かりなど、皆無に等しい旅だ。

このまま騒がしい都会へ向かおうが、寂れた田舎に向かおうが、対して変わらない。

行く先を教えてくれるものと言えば、的中率の低い直感ぐらいなものだ。

「……」

もぐもぐと西瓜を咀嚼しながら、道端の光景に目を向ける。

朝焼け雲の浮かぶ東の空。

涼しい緑風に揺れる葉。

朝露を湛えた草と湿った土の香りを含んだ大気。

何気なしに山の方を見ていた俺は、不意に眼を見開くと、いいかげん汚れの目立つ荷物と先程選んだ西瓜を持って、素早く荷台から飛び降りた。

俺が飛び降りた事はおろか、今まで居た事さえも気付かずに走り去って行く軽トラック。

それが残していった灰色のガスを避け、俺は昇り始めた朝日と睨みつけるように、眼を凝らした。

「…まだ、なのか?」

 

東の空

明けの明星と木星が並んで昇る空

大気に抱かれた翼を持つモノが、地上へと縛られた翼を持たざるモノを見下ろしていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

後書き

はい。ミカドでございます。

まずは一言

はっきり言って、この作品で語りたい事などありません。本編が出る前に書いたもので何かを語るというのも変な話なので…。

雰囲気だけ楽しんで頂ければ、それで良いのでは無いかと。だいたい、元絵がそうなのだから…。

ちなみに気付いているでしょうが、このSSの挿絵(?)は、カラピュア八月号12〜13ページにあります。(笑)

つまりは、『SSの挿絵』があるなら、『挿絵のSS』(挿SSって言うのかな?)もありだろうと書いたわけですな。

出来が良かったら、カラピュアに送ろうかと思ったけれど…ダメだなコリャ。

まあ、当時の情報とミカドの力ではこんなモノなのでしょうねぇ…はい。

星の知識に関しては、みちる並(?)なのでご容赦を…。というか、基本的過ぎだな。書かなきゃ良かった。

ポテトが出てきたのは、ミカドの趣味。

ぴこぴこ

ああ…可愛い。(笑)

では、次回作にてお会い…出来るといいなぁ(笑)

 

ちょっと説明(今回は言葉が難しいので…)

陰密(いんみつ)…心に深く隠して表面に出さない事

鬢鴉(びんあ)…黒く艶やかな女性の鬢(びん)

陰々(いんいん)…木が茂って暗いさま


戻る感想を書く