Kanon 美坂 栞SS

願い事のキャパシティ

 

 

長かった冬が終わり、春が来た。

暖かい空気の中、俺と栞は同じ時間を過ごしている。

「出来ました」

「これ、俺か?」

スケッチブックに、栞が書いた似顔絵。

相変わらず、お世辞でも上手とは言えない代物だった。

「上手くできました」

「これのどこが?」

「そんなこと言う人、嫌いです」

いつもの会話。

本当に幸せな日々・・・。

「次は、俺に書かせてくれ」

栞の手からスケッチブックを奪い取り、栞をモデルに似顔絵を描こうとした。

「あ、駄目です!」

だけど、栞は嫌がって逃げ回る。

「たまには良いだろ?」

「嫌です。祐一さんの似顔絵、私の絵よりひどいです」

「ほーう、そう来たか・・・。なら、それを証明するためにも、栞の似顔絵を描かせてくれ!」

「絶対に、嫌です」

「・・・なら、香里でも書いてみるか」

「お姉ちゃんですか?」

「よく見れば、お前達姉妹似てるからな。栞見ながらあとは自分の記憶で修正すれば、何とか書けるだろう」

「お姉ちゃん、このスケッチブックたまに見ますよ」

「本当か?」

「はい。最近は、祐一さんばかり書いてますから、呆れてますけど」

「呆れる?」

「はい」

栞は、少し照れた風に笑っている。

「お姉ちゃん、これ見て、相沢君ばかりね。あんた達、仲良いねって、言ってます」

「・・・、もしかして、香里の奴寂しいのかな?」

「え?」

「いや、何でもない・・・」

大切な妹を、俺に取られて、もしかしたら寂しいのかも知れにない。

「祐一さん、何を書いてるんです?」

「ちょっとね。思い出した顔を書いてるんだ」

俺の書いた似顔絵を、香里が見ると思うと、恐ろしくて書けない。自分の命は大切だからな。下手な絵が描けないので、もっと安全な人物の顔を書いてみる。

「確か、こんな感じだったよな・・・」

記憶の中の存在・・・。

最近すっかり姿を見せなくなった奴の顔。

「あゆさん?」

「解るか?」

「その、カチューシャで、何となく・・・」

そう言う栞の表情は、なんだか寂しそうだった。

「どうかしたか?」

「・・・何でもないです」

「本当か?」

「・・・はい」

栞の様子が気になったけど、俺は描いている絵を完成させることに集中した。

「祐一さん、今幸せですか?」

「何だ、急に変なこと聞いて」

スケッチブックに絵を描いている最中なので、栞の表情は解らない。

「祐一さんの、幸せって何です?」

「ん?」

声の様子から、なんだか栞の様子がおかしいと気づき、顔を上げる。

「どうかしたのか?」

栞は、凄く真剣な表情で俺のことを見つめていた。

「前にお話ししたこと、覚えてますか?」

「何のことだ?」

「奇蹟のお話です。私達の夢を見ていた女の子のお話・・・」

「あ、たった一つの願い事とか言う話か?」

「はい」

「それがどうかしたのか?」

「もし、そのお願いが、祐一さんの幸せを願ったとしたら、どんなことが叶うと思います?」

「つまり、その子は俺の幸せを願ったというのか?」

「もしも、のお話ですけどね」

「俺の幸せね・・・。名雪が毎日早起きしてくれれば、ゆっくり出来てしあわせだと思ってたけど、最近寝起きが良くなったみたいだしな」

これは、春が来て暖かくなってきたからだろう。そんな事を考えながら、再び絵を描く。

「よし、出来た!」

絵はすぐに完成した。

「似てるだろ?」

出来た絵を栞に見せる。

「あゆさんですか?なんか、目つきが悪いです」

「あいつは、連続たい焼き食い逃げ犯なんだぞ。極悪人だ」

「それって、ひどいですよ」

「そんな事無いぞ、あいつは今日もどこかで罪のないたい焼きやの親父を悲しませているに違いない」

「もう、たい焼きと言う季節じゃないです」

「いや、あいつはたい焼き好きだったからな・・・」

最近めっきり姿を見せない女の子。

「そうだな・・・。今の俺幸せかな?」

「え?」

「さっき、聞いてきただろ?今幸せかって」

「はい」

「目の前に栞がいて幸せだけど、あのうぐぅを最近聞いていないのがちょっと寂しいかな」

「なんです?」

「うぐぅの事か?」

「はい」

「それは、秘密だ」

「そんなこと言う人、嫌いです」

「これは、うぐぅマスターじゃないと使いこなせない」

「あーー!!」

栞が大声を出す。

「どうかしたのか?」

「そんな事したら、可哀想ですよ」

「そうか?」

「なかなか、似合うと思うけど?」

「いくら何でも、髭書くなんてひどいです」

俺はつい悪戯心で、あゆの似顔絵に髭を描いていた。

「うぐぅ・・・、意地悪だよ」

「え?

「え!!」

俺達の声が、見事にハモった。

「久しぶりだね、お二人さん」

俺達の後ろから聞こえる声。

「それは、ちゃんと買ったやつか?」

「うぐぅ・・・、せっかく再会を記念して奮発したのに、ひどいよ」

「あゆさん・・・」

そう、後ろにいたのは間違いなくあゆだった。

「あのね、私がここにいることも、幸せの中に入ってたみたいなの」

「なんの話だ?」

「乙女の秘密です」

いつものように、口元に指を当てて、栞が微笑む。

「祐一君」

「祐一さん」

あゆと、栞が同時に聞いてくる。

「今、幸せですか?」

なんのことか解らないけど、間違いなく言えることが一つだけある。

「勿論、幸せだとも」