―この空の向こうには、翼を持った少女がいる―

―それは、ずっと昔から―

―そして、今、この時も―

「…同じ大気の中で、翼を広げて風を受けつづけているの」

「『いた』の間違いじゃ無いの?」

「ううん…今もいるんだよ」

 そう言って、彼女が空を見上げる。

 近く──草むらから流れる夏虫の鳴き声。

 遠く──山の中腹から聞こえる祭囃子。

「…そうだね。そうなのかもしれない」

 続いて僕も空を見上げる。

 闇色の天涯。

 月が掛かり、星は瞬く。

 明るい夜空だった。

―そこで少女は、同じ夢を見続けている―

「これはね。そのひとつなんだよ」

……

―魔法の、羽根だあ…―

―んしょ…あれっ?もうちょっとなのに〜―

―ほら…―

 刹那、淡い月の煌きで作られたかの様な羽根がざわり…と波打ち、黴の匂いが立ち込める社殿内に、白とも銀色ともつかない光が強く激しく満ち溢れた。

……

 宮司に叱られた姉妹が、手を繋ぎ、肩を落して去って行った境内。

 無人の社に夏虫が寂しい音色を奏でる。

 満天の星空の下、一片の葉が夜風に吹き流され、ひらひらと空中を舞っていた。

 と…

 突然、ピタリと風が止み、夏虫達も黙りこむ。

 暫しの静寂。

 その中で、支えを失いひらひらと舞い落ちる葉だけが、時の流れを示している。

 ……かさ。

 再び風が吹き、葉がまた風に乗って何処かへと運ばれていった境内。

 その中央に、小さい何かがポツンと立っていた。

 

 

  ぬくもり みちる 願いを

 

 

─夜明け。さあ、あなたの望んだ夢が目覚めます─

「にゃは…」

 光。

 音。

 香。

 味。

 涼。

 この感じをどう言えば良いのかな?

 みちるの身体ぜんぶが、初めての世界を…光と風の世界をずっと伝えてくれている。

「にゃははは…」

 あいたくて、あいたくて…

 約束と引き換えに分けてもらった夢。

「にゃはははははははははははー!」

 そこに今―

 立っていた。

「…ふぅ」

 ひとしきり笑うと、硬い『いしだたみ』の上へ、大の字にごろんと寝転ぶ。

 尖った石が刺さって、ちょっと背中が痛かったけど、痛みを感じられる事もまた楽しかった。

「……」

 しばらく周りの林にこだましていた笑い声は風に流されて、めいっぱいの青空に浮かぶ真っ白な雲がゆっくりゆっくり流れてゆく。

 風に乗る鳥さんが、とても気持ち良さそうだった。

 あの向こうにあの子がいるんだ…。

 お空の向こうにずっと独りでいて…ずっと、悲しい夢を見てるんだ…

 両手を空へ突き出して『ぐー』『ぱー』と何回かやってみる。

 …約束…したもんね。

「…よしっ!いってきまーすっ!」

 掛け声と一緒に勢いよく起きあがると、ちょっとだけお祭りの跡が残る境内に『いってきます』を言って、大好きな人が一人ぼっちで待つ場所へと走り出した。

 ―夢が…始まりました―

 ―どうか、幸せな記憶を―

 

作品は、『大帝國書房』発行↓に掲載