朱の絆<FRIENDS>【T】
ダイジェスト版

 

 

「早く!早く!」

「これでも精一杯だ!」

 

結局、三十分間風呂を占拠していた名雪が用意を済ませて俺と一緒に出掛けた頃には、おやつ時になっていた。
いつもより、二時間は遅い。
その為か、ロングスカートにも関らず俺の前を走る名雪の顔にも余裕が感じられなかった。
何処か追い立てられているような印象を受ける。

 

「そんなに走ると…コケるぞ」

「転んでも良いよ。祐一が負ぶってくれるから…」

「行きも負ぶわせる気か……お?」

 

走りながら、名雪と言い合いをしていた俺は、不意に足を止めた。
そして、そんな俺を不思議そうに見る名雪の後ろ…つまり俺達の進行方向に目を凝らす。
昼下がりの商店街…
春休みの為か、遊びに来た子供が比較的多く見られるメインストリートの向こう側に、一瞬それが見えた様な気がした。

 

「祐一!止まらないで走ってよ!」

「あ?…ああ…」

 

しかし名雪の声に現実に戻され、俺は生返事を返しながら、また雪の残る商店街を走り始めた。

気の所為…か?

 

 

かぜ…

窓の黄色いカーテンを揺らめかす風

冷たい風が花瓶の枯れた花びらを散らす。

 

 

十分間の全力疾走の末、俺達は秋子さんの入院する病院に到着した。

入り口の上に一文字ずつの看板。
積雪用に斜面が付いた屋根。
白いコンクリートの壁。
消毒薬などが交じり合った、独特の甘ったるい匂い。
待合室でテレビを見ている爺さん婆さん。

この辺で一番設備の整った病院は、土地の安さからか、結構大きな建物だった。

 

「早く!早く!」

「気持ちは分かるけどな。病院内は、走ったら駄目なんだぞ…危ないから」

「…うん」

 

優しく、だがしっかりと肩を掴みながら注意する俺に、名雪は渋々ながら頷く。
でも、その表情が緩む事はなかった。

 

「…大丈夫だ」

「ウン…」

 

名雪の髪を一撫でして俺が言うと、名雪は俺の手を握り、一歩一歩踏みしめる様にして、再び秋子さんの病室へと歩き出す。

俺は名雪のしなやかで少し冷たい手をしっかりと握り返してやった。

 

 

 

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パタパタパタ…

 

十分ほど立ち読みをしていると、不意にウチワで扇ぐ様な音が聞こえた。

まだウチワを使うには涼しすぎる気候だが、最近聞いた覚えのある音でもある。

不思議に思った俺が本から顔を上げると、一瞬、向こうの廊下にそれが消えるのが見えた。

 

「……」

 

 

あんなモン生やしている奴なんて、アイツぐらいだろうけれど…

でも、何でこんなところに居るんだ?

流行っていると言ってたが、実際、背中にあんな物を着けた奴なんて、アイツくらいしか見掛けなかった。
それに、もしも流行っているのだとしても、名雪や香里があんなカッコしている姿なんて、想像しただけで頭が痛くなってくる。
俺は先程まで読んでいた週刊誌を陳列棚に戻すと、ジロリと睨む売店のおばちゃんを尻目に、それを追い掛ける事にした。

 

 

「お?」

 

角を曲がると、またその向こうの角にそれが消えるところだけが見える。
走って追い掛けようかとも思ったが、ちょうど目の前にある看板が目に入り、先ほど自分が名雪に言った言葉を思い出して、苦笑した。

 

「『病院内を走らないで下さい』って、書いてあるだろうに…」

 

とはいえ、あいつが静々と歩いてる姿なんて、想像するだけで笑いが込み上げてくる。

やっぱりアイツは、パタパタ走り回ってる方が、似合ってるな…

そんな事を考えながら角を曲がると、そこは二階と地下に続く階段だった。
床の『1』と書かれた部分を踏みながら耳を澄ますと、上の方で階段を上る音と共にパタパタという音が聞こえてくる。

 

「…追い掛けるか」

 

 

作品は、『パンドラの虜』発行↓に掲載