朱の絆<FRIENDS>【U】
ダイジェスト版

 

 

「祐一く…手…ぎって」

「あっ?ああ…」

 

もう思い出せる物が無くなって話が途切れた頃、彼女が白いシーツの下から雪白の小さな手を出してきた。

それを繊細で壊れ易いガラス細工を触れる様に、無骨な両手で包み込む俺。

冷たい風に晒された小さな手は驚くほど細くて、血がっているのか疑問に思うほど冷たかった。

 

「名雪さん…支え…げてね」

「…突然、何を言い出すんだ。お前?」

「名…さん…大事…してね」

 

白い手の冷たさを確かめ、それを暖める様に自分の頬へと触れさせる俺に、最後の別れとも取れる言葉を紡ぎ出す彼女。

その言葉があまりにも今の彼女に相応し過ぎて、俺は胸の奥から込上げる熱いものを感じた。

 

「ばか!悲しい事言うな!」

「や…く…そ…く…」

 

だけど、そんな事は認めたくなくて、声を荒げながら、か細い手を力一杯握り否定する俺。

その手が儚い声と共に、ゆっくりと弱々しく握り返される。

 

「するする。約束するから!だから、お前も悲しい事言うな」

「や…くそく…だよ」

 

不思議なほど強く約束を求める彼女に、俺は握っていた手を放して、左の小指を絡ませ、右手でやつれた頬を撫でながら指切りをした。

少し乱暴に上下する右手を見つめながら、儚い微笑みを浮べる彼女。

その目に、みるみる涙が溢れてきて、頬を伝い、俺の手を濡らす。

 

「ボク…大丈夫…だよ」

「全然大丈夫に見えないから言ってるんだ!」

「あはは…心配…てくれ…んだ…嬉しい」

 

次から次へと零れ落ちる涙を右の人差し指と中指で拭ってやる。

だが、その行為は彼女に更なる涙を流させる事にしかならなかった。

 

「一応、大切な幼なじみだからな」

「祐一君…優しく…てくれた」

 

ぽろぽろと止めど無く涙を流しながら微笑む彼女。

その姿が正視できないほど儚くて…

悲しくて…

気がついた時には、俺は小さな身体を起こして、その驚くほど軽くて華奢な彼女を包み込む様に抱き締めていた。

そして、ついに堪えきれなくなった涙を見られない様に彼女の耳元で囁く。

 

「本当に約束だからな」

「うん…やくそく…だよ」

 

俺の言葉に何度も息を整えながらそう答えると、彼女はぐったりと全身の力を抜いた。

 

「疲れたか?」

「久しぶり…だから」

 

そう訊きながら、彼女の身体をベッドの戻して、その上からシーツを掛けてやると、彼女は閉じていた目を薄く開いてそう呟くように言った。

 

「そうか…じゃあ今日はゆっくり休め。明日も来てやるからな」

「おや…すみ…なさ…い…ゆういちくん。夢で…逢えたら…嬉しいな」

「…そうだな」

 

病院生活の為か、バリバリになった彼女の髪を撫でてやりながら、別れの挨拶を交わすと、そうされる事が気持ち良いのか、彼女は目を閉じたまま笑顔を浮べる。

そして、そのまま安心しきったように深い眠りに落ちていった。

 

「……」

「寝たのか?」

「……」

「おやすみ…」

「……」

 

彼女が安らかな寝息を立てているのを確認すると、俺は夕日の差し込む窓を閉めて黄色いカーテンを引き、病室を後にした。
そして部屋を出る時にもう一度後ろを振向く。
しかし、俺をここまで案内した物は何処にも見付からなかった。

 

 

 

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暖色系の照明に照らし出された店内。

良く磨かれた窓ガラスを透かして見える商店街には、会社帰りのサラリーマンや買い物帰りの主婦が歩いている姿が見える。

一口琥珀色の液体を含みコーヒーカップを置いた木目調のテーブルには、砂糖等が入った幾つかの小瓶と銀色のケースに入った紙ナプキンや灰皿。

 

「ねえ?」

 

そして目の前には、目を閉じたままふわふわ揺れる名雪のイチゴサンデーを、横から俺のティースプーンで拝借している私服姿の香里がいる。

何でも待ち合わせていた人間が遅刻するそうで、そいつとの待ち合わせ場所をここに変更したらしい。

 

「それで、どうなの?」

「…相変わらずだ」

「そう…」

 

店内に居た俺達を見付けて席に着くなり、名雪のイチゴサンデーを突付きながら、言葉少なに秋子さんの事を訊いて来る香里。

少し不謹慎とも見えるその態度に、俺が些か反感を覚えつつ一言で答えると、また沈黙が降りた。

 

 

作品は、『パンドラの虜』発行↓に掲載